第48話 幼かったあの日⑦
リオンと一緒に過ごした時間の余韻を残したまま部屋で就寝準備をしていた時だ。
「ケリード! 大変だ、スチュアートが……!」
バタバタと慌てて部屋に飛び込んできた伯父から聞かされた内容にケリードは愕然とした。
急いで伯父と共に馬車に乗り込み、スチュアート家まで馬車を走らせた。
邸の周りは人で溢れていて、暗闇の中でスチュアートの邸だけが明るくなっていた。
人混みを縫って邸の門の側まで辿り着くと、警羅隊が規制線を引いていた。
そんな……リオンは……⁉
炎に包まれた邸を目の当たりにし、ケリードは反射的に燃え盛る門の向こうへ飛び込もうとした。
「駄目だ! ケリード!」
伯父に腕を掴まれ、警羅隊と接触する寸前のところで引き止められる。
「大丈夫だ、きっと当主達とどこかに避難しているさ」
そう言ってケリードを宥めようとしているのは分かった。
その言葉に期待するも、邸の側にはスチュアートのお仕着せを着た使用人が誰一人としていない。
きっと大丈夫、そう思いたいのに心臓が嫌な音を立てて鳴り響いている。
消火活動は行っているはずなのに、魔力による妨害のせいで火がなかなか消えないようだった。
もし、あの中にリオンがいたらと考えると、身体が恐怖で震える。
自分が助けに行ければ……邸の中を確認するだけでも…………。
ケリードは掛けていた眼鏡を外す。
強くはないが、透視の力があるケリードは目を凝らした。
だが、広い邸と魔力の妨害でそれも難しい。
必死に目を凝らすと、一つの部屋の隅に何かが動いた。
何かと何かが激しくぶつかり合っている。
あれだ!
「ラウ!」
ケリードは条件反射でラウを呼び寄せ、防除魔法を掛ける。
ケリードの意志を汲み取った白い兎はケリードの腕から飛び出し、門を潜って燃え盛る炎に飛び込んでいった。
「あれは…………」
伯父が驚いた様子でケリードと門の向こうを交互に見やるが、気にしている余裕はなかった。
消火活動は朝までかかった。
白い兎、ラウは火が消え、警羅隊が邸へ足を踏み入れるまで戻って来なかった。
警羅隊に付き添われ、邸の中へ入ると透視で視た部屋を目指した。
ラウの気配を感じ、足早になる。
焦げ臭い建物の中を歩き、その部屋の前まで辿り着く。
「リオン!」
ケリードはその部屋に飛び込んだ。
白い兎と誰かが小さく丸まって泣いている。
しかし、その人物はリオンではなかった。
リオンよりも小さくて幼い、男の子だったのだ。
てっきり、ラウはリオンを守っていたと思っていたケリードは愕然とする。
しかし、すぐ気付いた。
『リドお兄様、シオンがね……』
度々会話に出て来るシオン。
リオンが溺愛している歳が三つ離れた弟。
ケリードは己を奮い立たせて、幼いシオンに歩み寄る。
「もう大丈夫だよ。こっちへおいで」
ケリードの声を聞いたシオンは泣きじゃくりながらケリードの手を取った。
その手はリオンよりもずっと小さくて弱弱しい。
近くにいたから分かる……リオンの魔力だ。
シオンに施された防御魔法からはリオンの魔力を感じる。
しかしこの場所からはリオンの気配は感じない。
もう既に近くにはいないことが分かる。
自分は一足も二足も遅かったのだ。
あまりにも無力な自分が情けなくなる。
今、自分ができることといえば、この小さなリオンの宝物に寄り添うことぐらいだろう。
結果として邸は全焼、当主と妻、使用人全てが殺害され、生存者はシオン一人だけとなった。
幼過ぎるシオンに聞き取り調査は難航した。
記憶もなく、犯人に関する有益な情報はなかった。
しかし、『ねー様は?』としきりに繰り返すことから、直前までリオンと一緒にいたことが予想できる。
きっとどこかで生きている。
そう願って祈るしかできない自分が惨めだった。
リオンの遺体は発見されておらず、捜索をしているが手掛かりはない。
そんな報告ばかりが届くある日のこと。
ケリードの元へ二通の魔法郵便が届いた。
どちらも封筒に宛名はない。
ケリードはナイフで指先を少しだけ切り、一滴だけ封筒に血を垂らした。
魔法陣が現れ、ケリードは名乗る。
「我が名はケリード・ウォーマン。閉ざした封、解かれたし」
すると封筒がはじけ飛び、手紙がはらりと宙を舞う。
手紙を手にして目を通して、驚きで言葉を失った。
『拝啓、ケリード・ウォーマン殿』
書き出しから最後まで内容を取りこぼさないように目を通した。
夢かもしれないと思い、頬を抓ってみるが夢ではない。
正直、内容もさることなが、色々と混乱している状況でこの申し出に応じて良いものか困惑している。
だが、身体は即座に動いた。
ケリードは手紙をテーブルに置いて、ナイフを再び手に取り、反対の手の平を大きく切った。
赤い鮮血を充分なほど手紙の差出人の名前に向かって落とした。
差出人の名前が書かれた最後に押された印がケリードの血に反応して強く発光する。
すると心臓に向かって矢のようなものが放たれた。
「うっ……!」
一瞬、鋭い痛みが起こり、ふらついて机に手をついた。
自分の心臓と手紙が糸で繋がり、弛みなく張られた光の糸は溶けるように消えていく。
これで血と血の契約がなされた。
破られば自分は死に、欲しいものは手に入らなくなる。
ケリードは端から消えかけている手紙を見つめた。
まるで溶けるように形を崩し、小さくなる手紙の差出人には『ロナウス・スチュアート』の文字が記されていた。
*************************************
「君が望むままに」
リオンの強気な発言にケリードは答えた。
ようやく、舞台が整った。
この日をどれだけ夢見て、この十三年を過ごして来たことか。
「私が生きていることは既に向こうは知っているもの。なら私をリオン・スチュアートだと認識してもらおうと思うの」
「悪くないね。王宮警吏のリオンがリオン・スチュアートだと同一視してもらうなら、適任がいるから、明日連れて来るよ。昼に食堂で落ち合おう」
リオンとケリードは人に聞かれても問題ない会話を交えて今後について相談しながら寮まで戻って来た。
都合の悪いことに、知っている顔がいる。
非番の警羅隊員達だ。
「じゃあ、ここで分かれて別々に入りましょう」
変に噂されても面倒なのでリオンはそこでの解散を提案する。
「別に良いでしょ。一緒でも」
「え、でも…………へ?」
ケリードはリオンの手を強く握ってつかつかと歩き出す。
警羅隊員達の視線はガン無視して目の前を通り過ぎ、女子寮の前までやって来た。
「じゃあ、また明日」
「また明日、じゃないわよ。変な噂が立ったらどうするの?」
「言わせておけばいいでしょ」
唖然とするリオンの頬にもう一度唇を寄せてみる。
「じゃあ、またね」
日傘の下でリオンが顔を真っ赤にしているのを見て、ケリードは思わず頬を緩めた。
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