第39話 君に見せる素顔
腕を組んで余裕のある笑みを浮かべてケリード言った。
声も仕草も視線の動きすらも色香が宿っている。
元々の端麗な顔立ちのケリードが色香を纏うと破壊力が凄まじい。
色事に無縁なリオンですらもドキッとさせる。
「な、なんででそんな話になるのよ」
「そういうことでしょ? 僕には優しい言葉を欲しがってるように聞こえたけど?」
ケリードはからかうような口調で言う。
「どんな風に優しくされたい? 君が望むならとびっきり優しくしてあげる」
まるで蜜のような甘い声がリオンの耳に絡み付く。
知的な黒縁眼鏡のレンズ越しに見えるアイスブルーの瞳が妖しく細められ、リオンを釘付けにさせる。
「わ、私じゃなくて……恋人にってことよ」
リオンは絡みつくようなケリードの視線を振り切って言った。
「恋人?」
何のことかと言わんばかりにケリードは首を傾げている。
「医務室の美人と付き合ってるんでしょ?」
何もリオンは女の子が泣いていたら必ず優しくしろと言っているわけじゃない。
好きな女性には冷たい態度を取るなと言っているだけだ。
彼女が今のリオンのように泣いていたら素っ気ない態度を取るなってことで。
「優しくするのは彼女だけでいいのよ。あなたが優しく振舞えば変な勘違いする子も多いだろうし」
なにせ、王宮警吏随一の顔面だ。
この顔に優しくされたらもしかして自分に気があるのかも、なんて勘違いする女の子だっているだろう。
誰にでもベタベタに優しくする必要はない。
それは恋人だけで、それ以外には適度な親切で十分だが、『せっかくの顔が不細工になる』などという発言は全くこの状況に適していないわけで。
「恋人に誤解されるようなことになったら困るでしょうし」
口を開けば嫌味ばかりだが、顔と雰囲気だけ物語に登場するような王子である。
その時、ダンっと軽い音が響いた。
その音にリオンは驚く。
「あぁ、もう……いい加減にしてくれない? 本当に勘弁してよ」
ケリードは机を拳で叩き、整った顔をめい一杯歪めて心底迷惑そうに吐き捨てる。
本当に、心底、本気で、といった具合にケリードはげっそりとしていた。
「誤解だよ。何がどうしてそうなるの」
「だって、医務室でイチャイチャしていたし、庭先で親し気にしていたじゃない」
リオンの目にはそう映った。
思い出すと胸の中がモヤモヤとするし、こんなことを口に出すだけで不愉快な気持ちになる。
リオンの言葉にケリードは顰めた顔を手で覆い、俯いた。
そして一呼吸おいてから、居住まいを正してリオンに向き合う。
「あれは姉だよ。アイリーン・ホースマン。僕の実の姉だ」
「え……でも、姓が……」
リオンは目を丸くする。
ホースマン家といえば治癒術を得意とする七大貴族の一つだ。
優れた治癒術と医療技術で代々王家の主治医を務めている名家だ。
「ウォーマン家は母の実家でね。僕は養子に入ったんだ」
リオンが訊ねる前にケリードは答える。
養子縁組は珍しくないが、王宮医を担う大貴族から下位貴族への養子縁組となると、複雑な事情がありそうだとリオンは察する。
「あぁ、そんな深刻そうな顔しなくてもいいよ。僕が望んだんだ」
「そうなの? どこにいたってホースマンの姓の方が都合が良さそうなものだけど」
「そうでもないよ。実際、僕が一番望むものはホースマンの姓じゃ手に入らなかったからね」
リオンはきょとんとした表情を浮かべる。
姓を変えてまで欲しいものって何なのかしら?
リオンの中で好奇心が膨らんでいく。
この顔面でも、能力の高さでも、大貴族の姓でも手に入らないもの……。
彼は結局、欲しいものが手に入ったのかしら?
「それで、欲しいものは手に入ったの?」
「もう少しで手に入る。すぐそこまで来てるから」
ケリードは嬉々とした表情でリオンに言う。
そこまでして望んだものが何なのか、リオンは気になった。
だが、どうせ聞いたところで素直に教えてくれるとは思えないし、お決まりの台詞を言われて終わりそうなので聞かないでおくことにした。
「とにかく、僕に恋人はいないよ。君が見たのは姉に誕生日のプレゼントを催促される憐れな弟の姿だよ」
ケリードの表情に疲労が見えた。
たぶん、度々姉に振り回されているのではないだろうか。
「そう……仲が良いのね」
「まぁ、悪くはないよ」
リオンは胸のつっかえが取れたような清々しさを覚える。
何だかほっとしている自分が不思議だった。
「安心した?」
「な、なんで安心する必要があるのよ」
リオンは指摘されて動揺する。
「そんな風に見えたから聞いてみただけだよ」
そう言ってケリードは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それに、君に言われなくても僕は女性には紳士的に接してるつもりだよ」
「私に対してはそう感じないわね」
確かに、ケリードは女性には紳士的だったと思い出す。
以前、女性達から飲み会に誘われていた時も優しく、笑顔で接して、そつなく断っていた。
ケリードが嫌味や意地悪を言うのはリオンに対してだけだ。
「私、あなたに嫌われるようなことしたかしら?」
リオンは今まで抱えていた疑問をぶつける。
思い返してみれば、ケリードは出会った時から既にリオンに対してだけ当たりが強かった気がする。
その印象が強く残っていて、リオンはそれ以降、ケリードが苦手だし、向こうが自分を嫌っているのなら関わるのは必要最低限に留めておけばいいと思っていた。
それなのに、こんな形で深く関わることになった。
流石に、これからも関わっていくなら原因を聞いておかなければ、今後やりにくくて仕方がない。
リオンはそう考え、思い切って聞いてみた。
「君、僕が他の女子に笑顔で対応しているのを見てどう思った?」
てっきり性格や態度、女だからリオンが気に入らないのだと言われるかと思いきや、何故か逆に質問されてしまう。
「猫被りエセ王子」
「そこまではっきり言われると思ってなかったよ。エセ王子って何さ」
ケリードは何とも言えない表情でリオンを見つめる。
「まぁ、そういうことだよ。僕は元々、こういう性格なんだ。口も悪ければ、すぐに態度にも出る。社会人としてはあまり好ましいとはいえない性格なんだ」
「だから、猫被ってるってこと?」
「そう。愛想が良くて人当たりがいい人間の方が社会では生きやすいからね」
ケリードはリオンの言葉をあっさりと認めた。
「ということは、こっちが素ってことよね?」
「そういうこと」
他の女の子に見せてる姿が猫を被った姿で、自分に見せている姿が素だという。
ということは、どういうことなのだろうか?
リオンは意味が分からない。
「…………君さ、本当に勘弁してよ」
不思議そうな顔をしているリオンにケリードは疲れたような表情で言う。
そして机に向かって顔を伏せた。
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