第23話 百合色の女王エリザベス
「し、シフォンバークをお連れしました」
説明もないままつれて来られたのは職場である。
先輩警吏の震える声に、部屋の中央にいた人物がゆっくりと振り返った。
艶のある葡萄色の美髪、長身で凛とした立ち姿、凛々しく聡明さの窺える整った美貌、老若男女問わず魅了する天性の魔性のようなものを秘めている。
その人物に膝を着き、頭を上げられない警吏達と魔性の餌食となって床に転がる数名の警吏達を見てリオンは溜め息をついた。
「会いたかったわ、リオン」
美しい声でリオンを誘うようにその人物は微笑んだ。
ゆったりとした足取りでリオンに近付き、リオンの手を取った。
「女王陛下……一体……」
何をしているのですか? と言おうとする前に唇にツンと指を押し当てられた。
「悪い子ね? 私のことは何て呼ぶの? 教えたでしょ?」
目元の黒子が色っぽく、甘い香りが鼻孔を擽り、クラクラする。
こんなにも至近距離で甘く囁かれれば男達は失神するだろう色気だ。
「リジーお姉さま」
「よくできました、わたしの可愛い子猫ちゃん」
ちゅっとリオンの頬に唇が押し当てられる。
その光景を控えめに見ていた警吏達が大きくざわついたのが見なくても分かった。
「さぁ、ね?」
キスを催促されているのを察し、リオンも頬に口付ける。
ガタンと後ろで物音が聞こえたがリオンは構わないことにする。
「ところでお姉さま、一体どうされたのですか?」
「あら? 貴女に会いに来たの。それにここは私の城なんだから、私がどこにいようと問題ないでしょ?」
そう言って女王エリザベスは妖艶な笑みを浮かべる。
「男を視界に入れるのも嫌だと仰っていたではありませんか」
各国、国中の貴族の青年を虜にする美貌の持ち主であるが、大の男嫌いで有名だ。
年齢は不詳だが外見年齢は二十代後半の妖艶な美女で求婚も後を絶たないがどの男も相手にされず、今の所跡継ぎが生まれる気配はない。
それどころか美女を侍らせて、国中から美女を集めて後宮を作りたいと高らかに語っている。
「こんな男臭い所嫌なのよ。本当は貴女をここにおいておくのも嫌なの。ここは虫が多すぎるし……もしかして誰かに穢されていないでしょうね?」
エリザベスが鋭い眼光で部屋中の警吏を一瞥する。
その鋭くも甘い毒のような視線の矢に数人が倒れた。
「今の所、穢されていませんのでご心配には及びません」
「本当? じゃあ、確かめてもいいかしら?」
「は? きゃあっ」
口から間の抜けた声を走ったと同時に、すぐ側にあった机に押し倒された。
しっかりと手を取られてエリザベスがリオンに覆いかぶさる。
「ねぇ、リオン。私、一糸纏わぬ貴女と繋がって身も心も混ざぐり合いたいわ」
その色めいた言葉にバタバタと人が倒れる音がしたがリオンは構ってられない。
「それは生物学上無理です」
「机上の空論よ」
「現実論です」
「つれないわねぇ。つれないのに、こんなにも可愛らしいのは何でかしら?」
「とりあえず、起きてもいいですか?」
迫って来る美しい美女の胸を押し返そうとするが、手荒くはできない上に体勢も不利でなかなか起き上がることが出来ない。
そしてエリザベスはリオンの耳元でリオンにしか聞こえないように囁いた。
「聞いて、リオン。ジェイス弁護士が何者かに殺されたわ。奪われたのはスチュアート家の銀行記録よ」
リオンはその言葉に目を丸くする。
「ダメよ、声を出しちゃ。貴女、倒れて意識を失ったんでしょ? 胸に強い痛みはなかった?」
エリザベスの言う通りだ。
何故倒れたことを知っているのだろうか。
胸の痛みもケリードにしか伝えていなかったのに何故それを知っているのか。
「貴女とジェイスの血印契約が破られからよ」
リオンは絶句する。
そして思い出した。声のようなものが頭の中で響いたことを。
その声は『血印契約が破られた』そう言っていたのだ。
「今、調べさせているけど、狼が直接調べた方が速いかも知れないわ。気をつけなさい」
エリザベスの声は至極真面目で緊張が感じられる。
「はい。お姉さま」
声色からエリザベスがこの為にリオンに会いに来てくれたこと、リオンの身を感じてくれていることが分かる。
「ありがとうございます、お姉様」
リオンは自分を大切だと言ってくれるエリザベスが好きだ。
女性が世を作る社会だと謳い、女性が男性に虐げられることがなくなるような社会で女性が自分らしく輝けるようにと今の世の中を変えようと尽くしているエリザベスをリオンは尊敬してる。
今までの王達が何も思わなかった男社会に疑問を持ち、今までの常識を打ち破ろうと戦うエリザベスを同じ女性として誇らしく思う。
「リオンはお姉さまをお慕いしております」
心から、とリオンは告げた。
一瞬、唖然としたエリザベスはリオンの額に口付けを落とし、自分の身体を起こすと続いてリオンの身体も起こしてくれた。
「よく似ているわ……」
エリザベスは小さく呟くがリオンには聞き取れなかった。
「今、何て?」
リオンは聞き返るが妖艶な笑みが返って来るだけだった。
「そろそろ、その世界観を壊してもよろしいでしょうか?」
苛立った声が空間を裂くように入ってくる。
声の方を見ると不機嫌極まりない表情のケリードが腕を組んで机の上に座り込む二人を見下ろしていた。
「空気を読め。邪魔するな」
「知りません。僕らの仕事の邪魔しないで下さい。君も」
そう言ってリオンに手を差し出す。
机から降りろってことね、はいはい。
リオンはその手を取り、しっかりと身体を起こしてそのまま机から降りた。
「どうも」
リオンはケリードの手を放して、乱れたスカートの裾を直した。
正直、ケリードと目を合わせるのが気まずい。
「酷いわ、リオン。そんな汚らわしい男の手を握るだなんて」
その様子をじっとりとした目で見ていたエリザベスが言う。
「男の手を握った私の手はもう握って下さらない?」
リオンは困り顔で訊ねた。
「そんな訳ないわ!」
そう言うとエリザベスはリオンの両手を包むようにぎゅっと握り締める。
「貴女はどこにいようが誰といようが私の可愛いリオンよ」
リオンの顔を包み込むように触れ、エリザベスは微笑む。
「お姉さま……」
「でも男は嫌。リオンに近寄らないで」
虫けらを見るような目でケリードを一瞥するが、ケリードは怯まない。
「用が済んだら公務にお戻りください。こちら以上、被害が拡大しないうちに」
そう言って周囲を見渡せば、鼻血を出してひっくり返っている警吏が何人もいる。
担架ってどこにしまってあったかしら……。
エリザベスとケリードが睨み合う中、リオンは長らく出番のない担架が仕舞われている場所を記憶の中で探していた。
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