第17話 金のジョーカー
夜の闇の中を微かな月明りを頼りに行う戦闘はリオンの得意とするところだった。
しかし、リオンは苦戦している。
先ほどの少年とは違い、油断も隙もなく、戦闘に慣れているようだ。
しかも、本気じゃないのが見てわかるから腹が立つ。
「舐めてるの?」
さっきから拳を突き付けても、蹴りを入れても見事なほどに躱されてしまう。
しかも、相手は躱したり、いなしたりするだけで向こうから仕掛けてくる気配がない。
少年が逃げるための時間稼ぎが出来ればいいようだ。
遊ばれている気がする。
相手の口元に浮かぶ余裕の笑みに、リオンは苛立ちで顔を顰めた。
「腹立つな」
リオンはポツリと呟いた。
いつもよりもしなやかに、早く身体が動いているのに、攻撃が相手に当たらない。
腕や脚が相手にぶつかる音が続くが決定打は打てないのがもどかしい。
リオンは一旦、相手と距離を取り、全身に魔力を循環させるように意識を集中させると身体が沸騰するように熱くなる。
今までよりもずっと身体能力を高めて、より強い一撃を相手に加えるために屋根を蹴った。
正面から相手に向かえば相手はリオンの予想通りに長い脚を振り回す。
リオンはそれを躱して相手の背後に回り込む。
リオンの移動速度にジョーカーはついて来れていないことに、この一撃が決まることを確信した。
しかし、相手がわずかに遅れたがリオンの速度に反応し、振り返った。
噓でしょ⁉
この速度について来れる人間は王宮警吏にも数えるぐらいしかいないのに。
相手は振り返ると同時にそのまま回し蹴りをリオンに食らわせた。
「うっ」
腕で防ぐが軽いリオンはそのまま身体を吹き飛ばせれてしまい、そのまま空中に投出されてしまう。
相手の回し蹴りを不調の左半身で強く受けてしまい、左腕から痺れが全身に伝わり、身体に力が入らなくなる。
マズイ!
宙に投げ出されたリオンは体勢を整えようとするが、身体が上手く動かず、そのまま地上に向かって落ちていく。
落ちている間も身体の左側が痺れ、ズキズキとした痛みに苛まれる。
ああぁ! もう無理!
このままだと地上に大きな穴を空けてしまう。
先日、ピエロとの戦闘の際にも建物を大きく損傷させてしまい、怒られたばかりだ。
さっき壊した警棒も含めて怒られる未来が見え、リオンはげんなりした。
それよりもあの男、一体何なの⁉
王宮警吏にも匹敵する反応速度に、一撃一撃が重い。しかもリオンを相手にして余裕がある。
あいつ、絶対に一般人じゃない。
訓練された人間だ。
もしかしたら、リオンと同じく、警察関係者かもしれない。
そんなことを考えている間にも地上が迫っていた。
もう無理!
リオンは痛む左半身を庇いながら体現術で身体を強化させて目を瞑り、衝撃に備えた。
ぼすっと重いものが落ちるような音と小さな衝撃を身体に感じたリオンは不思議に思った。
もっと強い衝撃を受けると思っていたら、そうでもない。
目を開けるとすぐ目の前に金色の仮面があるのだ。
金色の長い髪が一房だけ肩から滑り落ち、リオンの側に落ちてくる。
リオンはこの仮面の男に抱き留められ、地上に直撃を免れたようだ。
不意に、仮面の男がリオンの顔を除き込む。
その距離の近さが怖くなり、身体震える。
「嫌っ! 触らないで!」
リオンが腕を振り上げるとその腕が男の口元にぶつかる。
そのまま、男から離れて、リオンはよろめいて建物の壁に背中をぶつけて、そのまましゃがみ込む。
リオンに叩かれた男は唇が切れたようで、唇の端から流れた血を手で拭い、リオンに視線を向けた。
そしてリオンに向かって足を踏み出す。
「来ないで!」
リオンが威嚇するように叫ぶと男はそこで足を止めた。
「あんた、何なの?」
リオンは男に問い掛ける。
リオンを助ける意味が分からない。
敵から助けられるなんて屈辱だ。
歯嚙みするリオンに金のジョーカーは小さく息をつく。
そうして近くに聞こえる無数の足音を避けるように壁を走り、建物の上に登っていく。
「おい! 待て!」
リオンが叫ぶと金の仮面がこちらを振り向く。
「リオン、大丈夫か⁉」
現れたオズマーがリオンと向かって駆けてくる。
「オズマー!」
リオンがオズマーに視線を向け、再び建物の上を見上げる頃には既に金の仮面の姿はなかった。
「怪我は?」
「大したことない。一時的なものだから」
気遣うオズマーにリオンは言う。
それでも手を貸してもらわなければならないぐらい、身体がガクガクとしていた。
何とか立ち上がってゆっくりと歩き出す。
未だに痺れる左半身が恨めしい。
「あいつが金のジョーカーだな」
報告によれば今夜現れた金のピエロはジョーカーと逃げた少年の二人だ。
赤のピエロが暴動を起こしているところに現れた金のジョーカーによって赤の集団は半壊状態だったらしい。そこに駆け付けたベネギルとスペンサーの部隊に赤の集団が取り押さえられたが金のジョーカーだけは取り逃し、リオンも取り逃してしまった。
部隊が集合し、リオンは身体が痛むのを悟られないように平生を装い、報告を済ませた。
一方、闇に紛れることに成功した金のピエロ達は約束の場所で落ち合っていた。
「大丈夫? だから接触しない方が良いって言ったのに」
「ジョーカー、あんなに強いだなんて聞いてませんよ」
少年はジョーカーと呼んだ青年に不満そうな言葉を漏らす。
攻撃を受けた手足が痛いと言って痛みを和らげるために患部を擦る。
「あれで手負いなんですか? 信じられない」
彼女は左半身が不調だ。戦闘中のしきりに左側を庇い、右手右足の攻撃ばかりだった。
「そのはずなんだけど、あそこまで動けるとは思わなかった」
正直、あの状態で背後を取られるとは思っておらず、こちらも本気で攻撃してしまった。
庇っていた左腕に直撃したため、少しばかり気掛かりではある。
「しかも、俺の口調が嫌いな眼鏡男似ているって。酷いです。俺は貴方の口調を真似しただけなのに」
俺まで嫌われました、と少年は唇を尖らせる。
「…………」
ジョーカーはその言葉には答えず息をつく。
「いちいち嫌味っぽいのが嫌いらしいですよ」
「嫌味の一つも言いたくなるんだよ」
そもそも、自分も彼女が気に入らない。
自分が近づけばあからさまに嫌そうな顔をするし、ビクビクしていちいち華奢な肩を跳ね上げる。
そんなに怯えさせるようなことをした覚えはない。
自分にはそんな態度なのに、士官学校からの友人であるオズマーには気を許しているのか、ガードが緩いのも不愉快だし、肩や背中に触れることにも寛容な点も腹立たしい。
『嫌っ! 触らないで!』
小さな悲鳴を上げて自分の腕から逃れようとする彼女は酷く怯えていた。
『来ないで!』
華奢な身体は強張り、言葉は微かに震えていて、自分が酷く悪いことをしたような気持ちにさせられる。
自分を睨みつけながら精一杯威嚇する彼女を見たら、それ以上近づくことが出来なかった。
まるで悪党にでもなった気分だ。
泣き出しそうな彼女の顔を思い出し、胸の辺りが締め付けられるような感覚を覚える。
はぁ、と細く息を吐き出して壁にもたれる。
「ラウ」
青年が呟くと白い紋様が出現し、白い兎が現れる。
「行っておいで」
青年に従い、白い兎は窓の外へ飛び出して行った。
「僕らも戻るよ」
「そうですね」
青年は白い毛玉の姿が見えなくなるまで見守り、少年に声を掛け、仮面と金色の鬘を外した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます