第13話 夢の向日葵
煙で視界が霞む。
霞む視界の中に映るのは揺らめく赤い炎だ。
またこの夢か……。
幾度となく見た悪夢。
炎と煙の中で聞こえるのは弟の泣き声と柱や家具が焼ける音だ。
目と鼻の先に両親の死体、腕の中には幼い弟を抱き締めて犯人に見つからないように息を殺して気配を忍ばせる。
父の掛けてくれた魔術で犯人に気取られる事はないと理解しているが無意識に身を固くして震えを誤魔化すように幼い弟を抱き締める。
またいつもの悪夢だ。
早く覚めれば良いのにと願う。
そんな風に思いながら気付くと腕の中に弟がいない事に気付いた。
シオン、シオンがいない。
慌てて顔を上げて周囲を見渡すとそこに広がるのは火の海ではなく、淡い色が可憐な花が咲き誇る美しい庭だった。
池があり、そよ風に水面が穏やかに波打ち、池のほとりに咲いた花が花弁を散らしている様子がとても美しい。
どこだろう……?
見た事があるような、ないような、懐かしさを感じる場所だ。
すると突然、誰かに手を引かれる。
何?
顔が見えない。
見えるのは少し癖のある濃い茶髪が印象的な少年の後ろ姿だ。
年齢は事件当時のリオンよりも少し年上じゃないだろうか。
少年はリオンの手を引いて庭園の奥へと進んで行く。
そして急に立ち止まり、リオンの方を振り返る。
そして何か必死にリオンに伝えているがリオンの耳には届かない。
どこからか取り出したのは一本のヒマワリだ。
ヒマワリが咲く季節ではないような気がするんだけど……。
そのヒマワリをずいっとリオンの目の前に差し出す。
戸惑いながらもリオンはそのヒマワリを受け取る。
そしてヒマワリを眺めてはにかむリオンに少年がくれたのは優しい口付けだった。
頬に贈られた甘くて柔らかい好意にリオンはほんのりと紅潮させる。
すると少年は何故か怒ったように何かを伝えようと必死になっている。
何を言っているのか声が全く耳に入らない。
けれどもリオンは何故がとても嬉しくて、手にしたヒマワリがとても可愛くて、心の底から幸せだと思った。
あぁ、そうだったわ。
リオンは彼の奏でるピアノの音が大好きだった。
しなやかな指が鍵盤に触れることで生み出される美しい音色に魅了され、密かに遠くから彼を見ていた。彼の顔見て、声を聞いて、側にいて欲しいと幼いリオンが初めて強く願った相手だ。
懐かしい夢……。
彼は今、どこでどんな人生を歩んでいるのだろうか……。
顔はもう思い出せない。確か、名前は『リド』。
「リドお兄様……」
リドのピアノとリオンのバイオリンの音色が心地良く絡み、記憶の中に溶けていく。
あの時、あの瞬間だけは彼の全てを自分のものにできた気がした。
幼いリオンは初めて全てを欲しいと思った人を手に入れられて幸せに満ちていた。
辛くて悲しい記憶に塗りつぶされて忘れていたけれどもこんな風に綺麗な思い出もあるのだ。
リオンは飛び上がるように目を覚ました。
三半規管が狂っているのか頭痛に吐き気に眩暈が止まらず、再び身体を横にする。
頬に触れる冷たい夜風と、そよぐ木葉の音が静寂に溶け、リオンの高鳴った心臓と緊張で強張った身体に穏やかさを取り戻してくれる。
大きく深呼吸をして、ゆっくり身体を起こして周囲を見渡す。
西の方に王宮が見える。
自分が今いる場所にも見覚えがあった。
「どうしてこんな所に……?」
自分はここではなく、街中の廃墟が多い地区にいた。
なのに何故、今この場所にいるのだろうか。
「えっと……ホースマンに追い掛けられて……」
あの眼鏡の波動銃の威力が強力過ぎたのだ。
腕と足に被弾し、足が縺れて廃墟に落下。頭をぶつけて脳震盪を起こしたのだ。
『逃がしてあげようか?』
捕縛対象を前に警吏あるまじき発言だ。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
あんなにも腹立たしいと思ったのに、それ以降の記憶がない。
リオンは顔に手を伸ばすと仮面に指先が触れる。
仮面に向かって手を伸ばしたケリードだが、仮面があるということはまだ正体はバレていないはず。
落ち着け、大丈夫だ。
リオンは再び大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「私、どうしてこんな所にいるのかしら……?」
困惑しつつも、いつまでもここにいるわけにはいかない。
東の空が明るくなり始めたところを見ると、自分は相当長く眠っていたらしい。
立ち上がると未だに左半身の動きが鈍いことに気付き、内心で舌打ちをする。
業務に支障が出なければいいんだけど。
王宮警吏は多忙だ。
王宮内の実務に訓練、最近は中央警羅隊の要請に応え、王宮外での任務も多い。
怪我や病気は足を引っ張る原因になる。
とりあえず、外傷はない。
不調を悟られないようにしなくてはならない。
「何も起こらなければ良いんだけど」
頻繁に起こるピエロ達の暴動が今夜だけはないことを祈りたい。
リオンはいつもよりも重い身体を動かして薄暗い夜の闇に溶け込んだ。
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