第11話 危険な状況
リオンは適当な建物の屋上から先程までいた建物の入り口を確認する。
しばらく待っていると女性警吏に支えられながらゆっくりとした足取りで建物から出て来たのは毛布で身体を包んだ金髪の三名の女性だ。
金髪の女性ばかりを狙った誘拐事件の被害者達である。何の罪のない女性達を誘拐し、暴行し、しまいには命を奪う卑劣な事件だ。
リオンは監禁場所に着いて鍵を壊して、彼女達を見つけた時、彼女達は酷い有様だった。
衣類などは身に着けておらず、身体中は痣や傷跡が痛々しく、声も上がらないほど疲弊し、憔悴していた。そんな彼女達を組み敷いて慰み者にしようとする男達にリオンの理性は一瞬で飛んだ。
アルフレッドはリオンを追うことよりも被害者の保護を優先してくれると信じていたのであまり心配はしていなかったが、彼女達が魔の手から解放されたことにひとまず安堵する。
しかし、彼女達の心の傷は一生消えないだろう。
それを思うとリオンは息が苦しくなる。胸が押し潰されるように痛んだ。
「見つけたよ」
考え込んでいたリオンの背後に急に現れた人の気配と風を切るような音に反射的に飛び退いた。
宙を舞うように飛躍し、屋上の屋根に着地する。
「全く、こんな所に来ないでよ。僕の仕事が増えるじゃない」
聞き覚えのある声と嫌味を含んだ言い方にリオンは背筋に嫌な汗が伝う。
何で、この男がここにいるのよ!
目の前に立つのはリオンの苦手とするケリード・ウォーマンだ。
リオンと同じで今の時間は勤務外のはず。
絶対に遭遇することはないと思っていたのに。
手には警棒が握られ、リオンを見つめて目を細めている。
含みのあるその視線に絡めとられ、リオンは血の気が引いた。
この男には絶対に捕まりたくない。
視線から感じ取れる嗜虐性に恐怖を感じ、リオンはゆっくりと後退る。
「何もしないと怒られるからね。適当に遊んでもらうよ」
真剣味に欠ける発言と共にケリードは警棒を持ち直してリオンに向かってくる。
リオンは背を向けて駆け出した。
自分の魔力を術として使用するには三つの方法がある。
一つは言現法。言葉に魔力を乗せて魔術として使用する。
二つ目は体現法。身体全身に魔力を巡らせて肉体を強化する。
三つ目は可視法。視覚から目に映る以外の情報を得る。
警吏に求められるのは二つ目の体現法による魔術の有能性でリオンは他はからっきしだが、体現法に関しては過去に類を見ないとまで言われている実力がある。
普通の警吏には劣らない自信がある。何の心配もいらない。
しかし、この男は例外だ。
建物の屋根から屋根を飛び移り、猛スビードで移動するリオンをケリードは執拗に追い掛けてくる。
「待ちなよ」
気付くとケリードが波動銃を構え、リオン目掛けて引き金を引いた。
「うっ!」
ケリードの波動銃がリオンの左腕をわずかに掠め、左腕が痙攣した。
思わず呻き声を上げ、ケリードに気を取られているうちに足元を取られて建物から落下する。
リオンはそのまま屋根が脆くなった廃墟に転落し、夜の街に木材や鉄筋が崩れる音を響かせた。
打ち付けた身体をゆっくりと起こそうとするが、その時、自分の身体の異変に気付いた。
左腕だけでなく、左足も痙攣している。
ケリードの波動の範囲が思ったよりも広く、腕だけでなく、足も巻き込まれてしまった。
身体に上手く力が入らない。
それだけでなく、頭をぶつけたようで眩暈もするし、左側だけ耳鳴りがして、意識が集中できない。
ケリードの気配がどこにあるか分からないのだ。
このままではマズイ。
廃墟が多いこの地域は住居が少ない。一般人からの通報はないと思うが、アルフレッドとケリードがいるということは他の隊員達も近くにいるはず。
逃げなければ。
リオンは不自由になった身体を起こそうとするが力が入らない。
「あーあ。捕まっちゃうよ?」
薄暗い視界の中にケリードの姿がある。
その声にリオンは危機感を募らせる。
左手には警棒、右手で魔力を封じるための徐石錠を弄んでいた。
カツカツと靴の踵を鳴らして動けないリオンに歩み寄る。
逃げないと……どうにかして逃げなければ……。
しかし、頭が回らない。
眩暈に吐き気、耳鳴り、加えて左半身の痙攣がリオンを床に縫い留める。
ケリードは身動きの取れないリオンの前に屈みこんでにっこりと微笑む。
「良かったね、君を見つけたのがやる気のない僕で」
滾った連中なら問答無用で捕まってるよ、とケリードは恩着せがましい口調で言う。
この男、人が見ていない所ではとことん黒い。
職務怠慢だ。税金を市民に返せ。
リオンは悪態をつきたいのに回らない舌が恨めしい。
「逃がしてあげようか?」
衝撃的な言葉にリオンは仮面の下で目を見開く。
こいつ、何言っているの?
銀のピエロも捕縛対象に入っている。
捕縛対象を見逃すなんて、正気の沙汰じゃない。
人の目がない所でこんな風に犯罪者を見逃すような男だったとは思わなかった。
目の前の男に対して怒りが湧いてくる。
「あぁ、でもただじゃないよ」
しかも強請るつもりだ。
弱みを握って犯罪者を飼い慣らすつもりなら本当に最低だ。
警吏の風上にも置けない。
「あ、勘違いしないでよ。僕は犯罪から善良な市民を守る警吏なんだ。こう見えても士官学校時代の教訓には従順だし。犯罪者は即刻逮捕する主義だしね」
そんなことを言われても信じられない。
相手が誰であろうと、犯罪者を見逃す警吏なんて信じられない。
リオンはケリードへの不信感を募らせる。
「君だから見逃してあげるんだ。条件付きだけどね」
まるで恋人に囁くような甘い声でケリードは言う。
君だけは特別だと言われているような錯覚を起こしそうになるだろう。
彼の裏を知らない女性であればの話だが。
次第に酷くなる吐き気とズキズキと激しくなる頭痛に、眩暈で視界が狭まる。
このままでは自分の身が危険だというのに、身体に力が入らず、身体が大きく傾く。
「あれ? そんなに僕のは良かった?」
波動銃の効果ことを指しているのだろうが、何だかこの男が言うとセクハラめいて聞こえるのは気のせいか。
姿勢を保てず、倒れ込むリオンを見下ろし、ケリードはリオンの仮面に手を伸ばす。
マズイ……このままじゃ……。
不気味なほど心臓が大きく跳ね、身の危険を警鐘が知らせる。
瞼が急に重くなり、意識が朦朧とする。
その時、狭まった視界の中に、赤い炎が揺らめいた。
薄暗い廃墟を明るく照らし、驚いたケリードがリオンから飛ぶように距離を取る。
鳩が豆鉄砲を喰らったようなケリードの表情に少しだけ胸がすく。
燃え上がる赤い炎に飲まれるようにケリードが視界から消え、リオンはそこで意識を落とした。
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