第24話 当たり前じゃない奇蹟

しばらくしてロシュが戻って来た。青い髪で背の高い壮年の神官も一緒だ。


「紹介するよ、この神殿の神官長だ。君達の事も話してあるから便宜を図ってくれるはずだ」


青い髪の神官長は、濃いブルーの瞳を眩しそうに細めながら俺達を見つめ、


「初めまして。至高神エオルの御遣いであられる勇者様方。私はこのケレス神殿の神官長、アルベルト=シュタインと申します。勇者様方が滞在される間、誠心誠意お世話をさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」


そう言って頭を深く下げた。


「よろしくな。でもそんなに畏まらないでいいって」


ヒューゴがそう言うけど神官長は頭を下げたままだった。俺も「よろしくお願いします」と言ったら、しばらくしてやっと頭を上げた。この神官長はジルヴィアの神官長より、転移者に対して畏敬の念が強いように思う。


俺達なんて、あいつのゲームの駒でしかない、ただの人間なんだけどな。


「それでは、早速ですが勇者様方に使って頂く部屋に、案内させて頂きます」


そう言って歩き出すアルベルト神官長に続いて、俺達は部屋を移動した。

2階に上がると窓に面した長い廊下があり、窓と反対側にはいくつもの扉が並んでいた。


その並んだ部屋の隣同士を、俺とヒューゴが使う事になった。こじんまりした部屋で、一つある窓からは遠くの草原までよく見渡せた。


置いてあるベッドやテーブルは綺麗に整えられていたが、簡素な感じだ。


ジルヴィアの神殿と比べると、このケレスの神殿は質実剛健というか、シンプルで無骨に感じる。


「夕食の時間になりましたら、遣いの者を寄越します。皆様はどうぞご自由にお過ごし下さい」

「ああ、どうもありがとう」


ロシュが答えると、


「それでは私はこれで失礼させて頂きます」

アルベルト神官長はそう言って、丁重に礼をして去って行った。


「僕の部屋はユキトの隣だよ。何かあったら訪ねて来て」

「ああ、分かった」


俺がロシュにそう答えていると、窓から外を見ていたヒューゴが振り向いて言った。


「そういえばさっき夕食の時間って言ってたけど、昼飯はどうするんだ?」

「ああ、この神殿の人達は昼は簡単に果物とか、干した芋なんかで済ませるみたいだ」


ロシュの答えに驚くヒューゴ。


「ええっ、そんなんで足りるのか?」


俺はその様子を見て笑った。


「まあヒューゴは、それくらいじゃ足りないよな。ロシュはいつもどうしてるんだ?」

「僕は『無限収納』に入ってる物を食べてるよ。神官長も神官達も作ってくれるって言うんだけど、そこまでして貰わなくても、どういうわけか、この無限収納に入ってる物は食べても減らないんだ」


へえ、初めて知ったな。無限収納の物を食べた事がなかった。ジルヴィアでは朝昼夜と神殿で食事が出されていたしな。


「無限収納の飯かあ~。なーんか味気ないんだよな。俺はやっぱりちゃんと作って貰った飯の方がいいな」


ヒューゴが頭の後ろで手を組んでそんな風に言う。ふと、食事の話で思い出した。


「そういえば、俺達をここまで案内してくれたアインっていう男の子、あの子の家が宿屋で美味い食事を出すって言ってたよな。赤い馬亭だっけ?昼はそこに行ってみないか?」

「おー、そういえばそうだったよな。いいな、行こうぜ!」

「ロシュも良かったら一緒に行かないか?」


俺はそう言ってみた。


まだ、ロシュがどんな人間かもよく知らないんだ。もっとしっかり話をしたいと思った。


「そうだね。この世界では僕は目立つし、普段はあまり出歩かないんだけど、君が誘ってくれるなら行こうかな」


ロシュはそう言ってふんわりと笑みを作った。


…うん、確かにこんな美貌の人間がいたら、周りから注目され過ぎてゆっくり食事もできないかもしれない。


☆☆☆



「えーー!ほ、ほんとに来てくれたんですか!?すげえ!おい、とーちゃん、かーちゃん!勇者様が来てくれたぞ!一番旨いもん出してくれよ!」


アインは俺達の顔を見るなりそう叫んで、父親らしい、宿の主人に小突かれていた。


「何言ってんだ!うちの飯はどれも旨ぇだろが。けど、とっておきを出してやるぜ。勇者様、こんな汚ねえ店に来て下さってありがとうございます。味だけはいいんで、楽しみにしといて下さいよ」

「おう、俺もう、すげえ腹減ってるからな!」


ヒューゴが笑うと、顔の半分が髭に覆われている宿の主人もニカッと笑った。


「落ち着いたとこがいいですよね?こっちの奥にどうぞ!」


アインが跳ねるように奥の席に案内してくれた。


ちょうど昼時だったせいか結構な人がいて、俺達に注目していたから、少しでも静かな席は助かる。

俺の髪色と目の色がこの世界では珍しいと言われていたのもあって、俺も相当注目を浴びていたけど、やっぱりロシュは凄く見られていた。

当の本人は全く気にしていないように涼しい顔をして、俺と目が合うとにこやかに微笑んでいるが。


「そういえばロシュは、どういう経緯でこの世界に連れて来られたんだ?元々の世界で死の間際にある人間だけを連れて来る、って聞いたけど」


席について、俺は気になっていた事を聞いてみた。


「ああ…あの、いけ好かない奴にそう説明されたけど、僕は死の瞬間を覚えていないんだよね。ちょうど国境近くで敵国の兵士と小競り合いをしている最中に、気が付いたら一人で真っ白な世界にいたんだ。その直前の記憶を呼び起こしてみても、致命傷を負ったりだとか、死ぬような危機になかった気がするんだけど」


そう言って首を振るロシュ。


「へえ、そうなのか。俺なんかは、ハッキリ死んだって思えるような致命傷を負っちまってたから、間違いなく死んだ筈が死んでないって、驚いたな」


ヒューゴが自分の時を思い出してそう言うと、ロシュも興味深そうに聞いていた。


「ユキトは?ユキトも死ぬような目にあったの?」

そう、ロシュに聞かれて、俺は頷く。


「ああ。俺のいた世界は、ヒューゴやロシュの所みたいに何かと戦ってるような世界じゃなかったけど、俺は自暴自棄に生きてたから人から恨みを買って、それで刺されて死んだんだ」

「えっ、ユキトが!?そんな風に見えないのに」


ロシュが驚きで目を見開く。


「…色々あったんだ」


一言では言えなくて、そんな風に言ったところで、アインが湯気の立つ食事を運んで来た。


「お待たせしましたー!ちょうど昨日獲れた赤鹿の、天火焼きを作ってた所だったんです、これ、めちゃくちゃ旨いんで食べてみて下さい!」

「へえ、美味そうだな!」


ヒューゴが、テーブルに置かれた赤身の肉の塊を早速ナイフで切って、口に運ぶ。


「んー、美味いな、これ!」

「このタレを付けて食べるともっと旨いんですよ」


アインが勧めてくれる茶褐色のタレを俺も付けて食べてみるが、コクがあって甘みと酸味がバランスよく、味の濃い肉によく合って本当に美味かった。

というか、この世界の肉そのものが美味い。


「へえ、これは美味しいね。僕の世界じゃ食べた事のない味がする」


ロシュは興味深そうにナイフで切った肉を見つめたあと、口に入れて頷いていた。


他にもスープや根野菜の蒸し物、黒っぽいパンなどが並べられていて、どれも美味そうだった。


「じゃ、ゆっくり食べて下さいね!」

「ああ、ありがとう」


立ち去るアインにそう言って、俺はスープを口に入れた。白いミネストローネみたいな感じだ。ちょうどいい塩加減で美味い。


「なあ、ロシュのいた世界ってどんな世界なんだ?」


ヒューゴが肉を口に頬張りながら尋ねる。


「ああ、僕の世界はレスディアルというんだけど――――」


ロシュの世界、レスディアルは中世ファンタジーのような世界だった。王制で王を中心として貴族達が国を治め、魔法が存在し、他国と覇権を争ったりしている。


ロシュは元々貴族の生まれだったが、13歳の頃友人と一緒に生まれた国を出奔し、別の国に移り住んだそうだ。そしてこの世界に連れて来られるまでその国の中枢にいて、敵国と戦っていたらしい。


「はぁ~、貴族だとか王だとか、まるでおとぎ話みたいだなあ。俺の世界じゃそんな制度はとっくに廃れて消えてるからな」

「ヒューゴの世界は、そういう仕組みはどうなってるんだ?」


そう言えば、前に聞いた時はそこまで詳しい話は聞かなかった。俺が尋ねると、ヒューゴはまた肉を口に入れてもぐもぐと嚙みながら答える。


「んー、エクシリアは国民が国の代表を選んで、代表は皆の為に働く。そんで、軍隊が国と国民を守るんだ。俺らの世界はラプターどもの脅威に晒されてるからな、そんな国同士で争ったりしてる暇はねえんだ。エクシリアにある人間の国は、手を組んで一致団結して、ラプターと戦ってる。それでも奴らを根絶することが出来ねえんだから、やんなるよなあ」

「へえ、その仕組みはいいね。腐った貴族に牛耳られて国民が疲弊する事もなさそうだ。でも、そのラプターっていうのは何なんだ?魔物か?」


ロシュが興味を持ったようで、そう尋ねる。

ヒューゴは「いーや」と首を振って言葉を続けた。


「ラプターは、ぱっと見、俺達人間と似てるが、肌が青くて爬虫類みたいな奴だ。他の世界から侵略して来た奴らだからな、異世界人って事になるんじゃねえか?こいつらとにかく好戦的で支配欲が強くて、エクシリアを俺ら含めて支配しようってうぜえんだ。冗談じゃねえ、支配なんかされてたまるかっての」


エクシリアの事を話している内にその時の感覚になって行くのか、ヒューゴは荒々しくジョッキから葡萄酒を飲むと、ダン、とテーブルに置いた。


「異世界からの侵略か…僕達の世界よりも大変そうだな。言葉は通じないの?」


ロシュの問いにヒューゴは言った。


「元々の言葉は勿論、全然別物だから通じねえが、俺らの世界にゃ、自動的に別の言語を翻訳してくれるレヴァリア(キカイ)があるからな」

「レヴァリア……?と聴こえるが、意味は分からない。僕の世界に無い物だから、スキル『自動翻訳』でも変換できないのかな?」


ロシュが不思議そうに言って、俺は面白いな、と二人のやり取りに興奮していた。


「俺の耳には、キカイ、って聴こえるよ。意味は分かる。そういう目的の為に人工的に作られた『道具』だろ?俺の世界にも言葉は違うけど同じような物があるからかな」


俺の言葉に、ロシュはその琥珀色の瞳を煌めかせた。


「へえ、すごく面白いな。そういえば僕らは元々全然別の世界から来ているから、本当なら言葉も通じない筈だったんだね…スキルのお陰で、こうして意思疎通が出来ているけど、そう考えると不思議だね」

「確かにな。けどラプターどもは言葉が通じても、ぜんぜん話にならねえからな。こっちの提案や交渉は全部突っぱねやがる。言葉が通じるからって心が通じ合うって事はねえんだよな」

「そうだね。どれだけ相手と歩み寄ろうとするか、そういう気持ちがあるかないかだものね。結局は」


うんうん、と頷き合う二人を見て、俺は何だかこの話はタイムリーというか、今の俺達にも通じるような話だな、と思いながら聞いていた。


思えば、これまで俺の周りにいた奴らは、みんなヒューゴの世界のラプターみたいな奴らばかりだった。

高校の頃、俺とあいつが別れさせられた時もそうだったな。はなから俺達の話を聞こうだとか、気持ちを汲んでやろうなんて、全くなかった。


けど今は、ヒューゴはいつでも俺の気持ちを汲んでくれるし、ロシュも、少なくとも横暴なふるまいは、しないでくれている…


そんな、当たり前じゃない奇蹟に、俺は今更ながら心が暖かくなるのを感じた。

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