顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。
第2話 プロレス大好き暴力系女子は、清楚可憐な美少女になりました
第2話 プロレス大好き暴力系女子は、清楚可憐な美少女になりました
おいおい。落ち着けよ、俺。
どう考えても聞き間違えだろ!
とはいえ一秒でも早く確信を得たい。
ゴクリと息を飲み、配られてから一度も目を通すことがなかった入学式のしおりを開いてみる。
……まじかよ。
新入生代表挨拶【常夏 花火】と、書いてある。
一語一句違わず、漢字まで同じ。
いやいやいや! そんなはずないだろ!
これってあれだろ? あれだよあれ! 同姓同名ってやつな! 珍しい名前だけど、世界は広いってやつ!
あいつはバカでオテンバで食いしん坊で!
その上、プロレスが大好きでヘッドロックが十八番の暴力系女子だ! 進学校の代表挨拶をするような玉じゃねえよ!
かつてガキ大将と呼ばれた俺様がガリ勉メガネ君にジョブチェンジして補欠合格だぞ? おバカな常夏じゃ入学すらできないだろって!
当時のあいつを知っているからこそ、胸を張って否定できる!
──結論。同姓同名!
それを根拠づけるように、静かな入学式に変化が起こっていた。
皆が一点を見つめ、ポカンとしている。
視線の先は名前を呼ばれて壇上へと向かう常夏花火さん(同姓同名)だった。
その姿は花のように美しく、礼節を重んじるばかりに閉鎖的だった入学式に文字通りの花を咲かせた。
清楚な出で立ちにも関わらず、抜群に実り実ったプロポーション。
可愛いと綺麗の両立を実現するだけに止まらず、人々を魅了するエロスさえも纏っていた。
清楚可憐でエロスをも兼ね備えているとなれば、もはや規格外だった。
まごうことなき『絶世の美少女』──。
ってことは、つまり!
俺の知っている常夏ではない! まったくの別人!
あいつはプロレス大好き暴力系女子だからな! 似ても似つかない!
……ふぅ。確証を得て、心の中でホッとひと息ついていると──。
「……えっ。可愛い過ぎるんだけど……!」
思わず口走ってしまった女子生徒の声を皮切りに、続くようにざわざわと女子たちが声をあげ始めた。
「嘘でしょ……? あの子が新入生代表の挨拶をするの? なんの冗談?」
「待って。あんなに可愛いのに入試の成績トップですの? ……本当に同じ人間かしら? 不平等の申し子よ。神様ひどいわ!」
「お名前は? お名前はなんて言うの? 誰? 誰なの? 至高の御方のお名前を教えて!」
さすがは県内で有数の進学校。口調がお上品かつ小賢しい者も若干名混じっているな。しかしそれは男子とて同じこと。
「天使が、地上に舞い降りた……!」
「女神様だ……。なんと神々しくお美しいお姿……!」
「まさしく彼女こそ、天界の御方……!」
もはや人間扱いをしていなかった。
だからなのか、男子の中には感極まって意識を手放す者まで現れた。
──お通夜な雰囲気から一変。体育館は騒然と化した。
「静かに! 静かに!」
教師たちが場の抑制を図るが、収まりは効かない。
無理もない。
ここは県内でも有数の進学校。今まで机や参考書を恋人と思って過ごしてきた生徒も少なくないはずだ。
すべてを投げ打って、ガリ勉メガネ君として中学三年間を過ごした俺だからわかる。
クラスのマドンナと称される女子や、イケイケな今を煌めくギャルがワイシャツの第二ボタンをひけらかし、更には透けブラで平然と学校に来ようとも、参考書だけを見つめ続けたんだ。
校則を逸脱した短いスカートにだって欲情しないさ。
休み時間に蠢(うごめ)くパンチラチャンスに時間を割くなど言語道断。
そんなものには目もくれず、参考書だけを恋人にしてきたんだ。
その勝者たる強者たちが此処(県内で有数の進学校)には集結している。
そうして辿り着いた、頂の儀式。
──県内有数の進学校の入学式。
それらが根底から覆されてしまった。
絶世の美少女を前に目が離せない。視線が釘付けになってしまう──。
それは今日までの自分の否定。即ち、参考書を恋人にしてきた男にとっては禁断の恋。浮気と言っても過言ではない一大事。
だからこその、天界人認定。
人間であることを否定しなければ、この先やってはいけないのだ。
とはいえ──。
とてもじゃないが、新入生代表挨拶ができる状況ではなかった。
「天界の御方……!」
「おぉ! 天界の御方……!」
「祈りを捧げねば……!」
もはや神を崇めるかの如く、狂信者のような者まで現れてしまった。
しかしそれらを一掃するかのように、わざとらしく咳払いをする声が体育館に響いた──。
「ごほんごほんっ」
マイクを通してスピーカー越しから放たられる咳払いに、皆がハッとし我にかえる。
その声の正体は、天界の御方と崇められる彼女だった。
すると彼女はマイクをOFFにする素振りを見せると、この場に居る誰にも届かぬ声量で『ナニカ』を喋り笑顔で首を傾げた。
その姿に、俺の知っているかつての常夏花火が重なった──。
なにを喋ったのか、唇が読めてしまった──。
──『ヘッドロックカマすぞバカ野郎』
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