第7話 ハンバーグ召喚術式、展開!
常夏の住む家は綺麗な二階建だった。
庭には花壇があって、色とりどりの花が咲いている。
その隣には学校の授業で育てたチューリップの鉢植えも置かれていて、ちょっぴり羨ましくなった。
鬼が取り憑いた母ちゃんは花が大嫌いになっちまったみたいで……。家に持って帰ったら、次の日にはなくなっていたんだよな。
がんばって育てたのに。来年も咲くから大切にしなさいって先生に言われたのに……。
……はぁ。嫌なことを思い出しちまったぜ。なんて思いながら、常夏の背中を追いかけるように玄関へと入った。
「たっだいま〜」
常夏が元気よく言うと、廊下の先からから声が返ってきた。
「おかえり〜。ちゃんと手洗いとうがいしなさいよ〜」
なんだかそれは、とても懐かしい響きだった。
……ただいまって言うと、おかえりって返ってくるのか。
そういえば、鬼に取り憑かれる前は母ちゃんもおかえりって言ってくれていた気がする……。
常夏は手洗いもうがいもする様子はなく、そのまま廊下を駆け抜けて行った。俺はさらにその背中を追いかける。
リビングと思しきドアを開けると常夏はハンバーグ召喚の呪文を唱えた。
「ママー! 今日はハンバーグでよろしく~!」
……すごい。なんだよそれ。
こんな簡単にハンバーグを召喚しちまうってのか? なんて思っていると──。
「またそんなに汚れて帰って来て! お風呂湧いてるから入っちゃいなさい。それから今日は
「え、えぇー?!」
「なにをそんなに驚いてるのよ? おかしな子ね。ハンバーグなんて作りません。もうお夕飯の買い物もしてきちゃったし。いいから早くお風呂に入って来なさい!」
お、おい常夏……。お前、嘘つきやがったな。
なにが神だよ。ハンバーグの召喚くらい余裕とか豪語してたくせに! ピーマンってなんだよ! 勘弁してくれよ……。俺、ピーマンなんて食べられないぞ……。
しかしもう既に、玄関を跨いでいてリビングのドアの前に立つ俺は挨拶をするほか、選択肢はなかった。
「お、お、おじゃまします……!」
頭の中でピーマンが無限増殖してしまい、震える声でどうにか挨拶をする。
「あら。お友達が来てるなら先に言いなさいよ……って、男の子?!」
常夏ママは俺をみて驚くも、すぐに何かに気づくような素振りを見せた。
「もしかして翔太くん?」
俺の名前を一発で言い当ててしまった!
す、すごい。この人は魔法使いかなにかか?
「な〜に〜花火〜? それならそうと先に言いなさいよ〜!」
「ま、ママ! 余計なこと言わないで! も、もういいから! ハンバーグじゃないなら帰ってもらうし!」
「あら。今晩はハンバーグだって言わなかったかしら?」
「あ!! うん! 言った言った! ママ言ってた! 今晩はハンバーグって!! 絶対言ってた!」
え、えぇ……。言ってなかったよな……。
「ってことで翔太くん、今日は遠慮せずいっぱい食べていってね!」
「は、はい!!!!」
とはいえ本当にハンバーグを召喚してしまった。
俺の頭の中のピーマンはすっかり消え去り、ハンバーグが踊り出していた。
「ふふん。言った通りでしょ?」
常夏は当たり前のようにドヤってきた。
なんか少し、違うような気もするんだけど……。まっ、いっか!
「おう! さんきゅーな!」
☆ ☆
常夏ママはスーパーに『ひき肉』とやらを買いに出かけ、その間に俺と常夏はお風呂に入ることになった。
身体を洗っていると、常夏が突然声を荒げた。
「えー! 背中にアザがいっぱいある! わたしとの喧嘩の傷がこんなにあるなんて! ど、どーしよう……!」
なにを言い出したかと思えば。本当に馬鹿な奴だな。
「なにばかなこと言ってんだよ。これは鬼にやられた傷だっつーの! お前のへなちょこパンチでこんなんになるかよ! 寝言は寝て言え!」
「あーッ! すぐそうやって! でも鬼ってなあに? なんかさっきも言ってたような……。なんだっけ?」
「俺ん家には鬼が居るんだよ。そいつの機嫌が悪くなると、まあ背中がこんなんになっちまうってだけだ」
「なにそれ。やっつけちゃえばいいじゃん! 翔太はわたしに負けず劣らず、そこそこ強いんだから! なんなら鬼退治、手伝ってあげようか?」
「ばーか。俺が本気になれば、鬼なんかワンパンに決まってんだろ!」
とはいえ鬼は厄介なことに母ちゃんに取り憑いちまってるからな。パンチなんてまさかにもできない。
「じゃあなんでやり返さないの? ……あ! やっぱりそのアザ、わたしとの喧嘩でついたんでしょ? あーあ。こんなの見ちゃったら手加減してあげるしかないじゃない!」
だからなんでそうなるんだよ……。
「もう勝手に言ってろ! まっ。負ける言い訳ができて良かったな! これで心置きなく負けられるじゃねえか!」
「あーッ! もう! せっかく心配してあげてるのに! バカ翔太!」
言いながら浴槽のお湯を顔に掛けてきた。
「ちょっ! やったなこの野郎!」
負けじと俺も反撃をする──。
でも熱々お風呂のため、すぐに息が上がってしまい──。一時休戦となった。
「バカ翔太。ところ構わず、すぐに手を出してくるんだから!」
「何言ってんだよ! お前からやってきてんだろ!」
「そうだっけ? もう覚えてない! 忘れちゃった!」
本当に良い性格してるよな、こいつ……。
でも、それを差し引いても──。
学校から帰ってきてすぐに、お風呂に入れるってのはいいもんだな。
「お前ん家の母ちゃんってすごいよな。もう夕方だってのにお酒飲んでないし、おまけに風呂まで沸かしてくれるんだもんな。神かよ」
「えー。そんなわけないじゃん! ママが神ってなにそれ! こんなの普通だし! なーんか今日の翔太、少し変だよ? どうしちゃったの?」
「べ、べつにどうもしねえよ」
つーか変なのは俺じゃなくて、お前だろ。
慣れ慣れしいというか、なんというか。調子が狂うんだよな。
「うーん。じゃあ、しょうがないからシャンプーをしてあげましょー!」
そう言うと俺の頭にシャンプーハットをつけてきた。
「ばっか! 俺はそんなの付けなくても平気なんだよ! ていうかなんでそうなるんだよ!!」
「いーからーいーからー! お姉さんのいうこと聞きなさーい!」
「おい、なんで急にお姉さんヅラして来てんだよ! おかしいだろうが!」
「だってこうしてると翔太って弟みたいじゃない?」
「どう考えても俺がお兄ちゃんだろ! 俺がシャンプーしてやるから、常夏が付けろ!」
「まったくもう。わがままな弟くんだな〜。じゃあここはお姉ちゃんとして弟くんにシャンプーをさせてあげましょー!」
言いながら常夏は自らの頭にシャンプーハットをセットすると「はいどーぞ」と笑顔で頭を向けてきた。
いや、なんでそうなるんだよ……。
本当に調子が狂っちまうよ。なんなんだよ、今日のお前……。
完全に常夏のペースに乗せられているような気がするも、俺は断ることができなかった。
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