第806話 アンケート結果から考えてみよう
翌日、不銹鋼模型船の位置を少しだけ変えて、その場所にプリペイド式ドリンクカップ『タッス』の自販機を作りました。
「お船がなくなった!」
いつも不銹鋼船を見に来ていたルエルスの声に、食堂のみんなが振り返る。
いやいや、なくなってはいないぞ、ルエルス。
そんな、泣きそうな顔をするなって。
「場所をちょっと変えただけだよ」
「どこーぉっ?」
俺は物販スペースの上を指差す。
在庫補充の関係で天井までびっしり自販機で、なんか上の方がつまんないなーって思ったんですよ。
いや、物販スペースなんで、つまらないも面白いもないんだけどさ。
だから、置き場所のないお船を動かすレールをくっつけてみました。
遊文館に置いてもいいかなとも思ったんだけど、この不銹鋼船はセラフィラントから俺個人宛に戴いたからそういう訳にもいかなくてねー。
磁石を使ったリニア式と魔法の掛け合わせなので、速度の変更も可能ですよ。
いつもいつも動いているという訳ではなく、一日に数回だが物販スペースの上から下までぐるりと二周。
時間はランダムで、上の方を走っている時は船の底も見えるし、下の方を走っている時は小さい子でも真上から船が見られるって感じです。
部屋の下の方を通る時は、直接触れないように硝子チューブにしちゃったけどね。
実は偶に食堂側にも行くように、数パターンのルートが設定してあるのだ。
だけど、食堂内に入るのはお食事中ではなく、スイーツタイムの終わり頃に設定してある。
食べ終わった子供達が一緒に動き回るのも、まぁ、許容範囲だ。
おお、ルエルスの瞳がキラキラと輝きましたよ。
動く船なんて、シュリィイーレの子供達は見られないもんなぁ。
……今度ガイエスに魔導船とか漁船の映像、撮ってきてもらおうかなぁ。
そしていつの間にか側にいたアフェルが、俺のズボンを掴んだままぴょこぴょこ跳ねている。
あ、ずり落ちちゃうから、手を放してね、アフェル。
アフェルとルエルスは、船が大好きだもんなー。
楽しんでもらえれば俺も嬉しいよ。
んっふっふー、こういう魔法は楽しいねぇ。
さてさて、本日は『まふまふタオル』のモニターさん達の使用状況確認の日です。
予め配ってあるアンケート用紙と、今使っている分を一旦全部を回収して改善点などありましたら『ホット』と『クール』のふたつを売り出そうかと思っておりますよ。
いや……売るっていうより、厳密には『レンタル』が近いかも。
シュリィイーレでは、必ず全部を回収するからね。
これって、飲食店におしぼりをレンタルしている業者さんみたいなものだね。
他領で作ってもらう分には、売り切りでも良いと思うんだ。
布製品も多いだろうから、回収しなくても不足することがないだろうし。
だけどシュリィイーレでは布製品は結構貴重で、今回柔らかさと保持魔力に拘ったタオルは使い捨てにできるほど、ぽこぽこと複製したくないのだ。
そして全員分を回収して、アレルギー症状の出る包膜魔毒の改善状況を確認したいという目的もある。
なので『いくらでも買えるから捨ててもいいよね』と思って欲しくないから、複製はギリギリにしておきたいと思っている。
もう錆山に行ってるデルフィーさんとルドラムさんは、既に回収済み。
ルドラムさんには殆どアレルギーがなかったからか、包膜魔毒はタオルについてなかったし感想も『気持ちいい』ということがメインで肌の変化はほぼなかった。
今後、使用しない期間で何か変化があるかどうか……かな。
デルフィーさんは結構な変化があったみたいで、肌にざらつきがなくなったとか赤味が全く出なくなったと喜んでいる。
タオルには包膜魔毒の他に、細かい粉塵のようなものも取れていた。
これは肌表面というより、毛穴の中に入っていたのだろうな。
日によって全く取れていない日のタオルもあるから、錆山で採掘をした時には結構肌に付着させたまま戻ってくるということだ。
それが、アレルギーなどを引き起こしやすくなる原因にもなっているのかも。
毛穴に入っちゃったものに関しては、本人が意識して洗おうと思わない限り『洗浄の方陣』の指定範囲である肌表面だけしか綺麗にはならない。
方陣の効果は、範囲指定をキッチリしないと効き目がイマイチだったりするんだよね。
そもそもの
だから、使う時に『ここからここまで』を意識することが大切。
だけどさ、毛穴を意識なんてしないよね、普通は。
なので魔法師達の中には『身体の洗浄用』『髪の洗浄用』『部屋の洗浄用』なんて感じで、特化型の方陣札を作っている魔法師もいるみたいだ。
まぁ……残念ながら、そういう『範囲指定』の
方陣に関しては、
これは、間違っている場合と間違っていない場合があるから完全否定ができないのだが、本当に目に見える形で効果をあげたいのならば、
その辺も今、子供達には方陣の描き方と一緒に遊文館の書き方教室で少しずつ教えている。
今後、シュリィイーレの子供達が魔法師になった時に作る方陣札は、本当の『特化型』が作れるようになっているだろう。
あちこちモニターさん全員の所を回って、まふまふタオル試用品の回収が終了致しました。
早速、確認と検証です。
やはり、一番包膜魔毒の吸収が多かったのはリシュリューさん。
だけど予想外だったのは、女性達だ。
出産経験があっても母親達から包膜魔毒はさほど減っていない人ばかりだと思ったが、なんと自身からはほぼなくなっていて、その子供達の方へと移っている人がふたりだけいた。
子供に継がれてしまった人と、子供はなんともないのに母体に残っている人とでは何が違っているのだろうか?
このふたりのアンケートの食べものの好き嫌いを書いてもらう欄を見て、ふたり共肉嫌いということが解った。
シュリィイーレでは珍しいが、ひとりの出身地がリバレーラのハーフェン、もうひとりがルシェルスのビエステアスというどちらも港町で魚の方がメインの町だった。
つい最近まで、シュリィイーレでは魚料理なんて限られた店しか食べられず、しかも季節商品で食べられない時期の方が長かった。
この二家族が態々うちまで食べに来てくれるのだって、あの大雪災害の時にうちが支援した保存食の魚料理を知って、西側からここまで来てくれているのだ。
やはり、妊娠時期から授乳期にはヘム鉄不足になっていた可能性があり、その状態だと包膜魔毒は宿主を積極的に離れて『次の宿主』へ移ろうとするのかもしれない。
だから……鉄分不足の女性の場合は、妊娠、授乳で子供に移ってしまうのかも。
もしそうなら、ビィクティアムさんの持ち帰ってくれるレティ様とレド様のまふまふタオルの状態はとても気になる。
ロンデェエスト公の好き嫌いも聞けたらいいんだけどな。
胎児や授乳期の子供が包膜魔毒を吸収しないようにするために、両親にはちゃんと肉や魚を食べてもらうということが必要になるということだ。
その上で、デトックスもしていただくべきだな。
まだ臨床例が少ないから確定とは言い難いが、できる防御策を思いついたら試してもらうのは悪くない。
……そういえば……夜の子供達の中に『肉を食べるとお腹が痛くなる』って子が何人かいたな……
包膜魔毒が体内に多く残っていて、ヘム鉄を吸収させまいと阻害しているとか?
そのせいで消化器官でアレルギー症状みたいな不具合が起きているとしたら……下手に肉や魚を食べさせるのは子供のうちは危険なのかも……?
あ、だけどその子達、魚は大丈夫って言ってたなぁ……
もしかして……魚特有の何かの成分が、包膜魔毒を弾けさせないように強くしている……とか?
思いつくことといえば『油』の違いだけど……あ、そうだ!
ちょっと実験!
包膜魔毒にいろいろな『油』や『脂』を触れさせてみる。
肉由来の『脂』は、牛、シシ、羊、イノブタ、鶏、そして牙兎まで、全てが僅かな時間の差はあれど覆っていた膜に穴を開けてしまったり破ってしまっている。
だが、魚の『油』は逆に膜を強くしたり、もう一重、膜を作ったりする。
米、オリーブオイル、胡麻などの『油』は、殆どは包膜魔毒に何も影響がなかったが……亜麻仁油だけ『肉の脂を包み込んで包膜魔毒と反応させない』とか『包膜魔毒の膜を強化する』ような働きがあった。
菜種油も弱いながらもその傾向は見られたが、亜麻仁油は魚からの油とほぼ変わらないほどの効果が見られた。
……オメガスリー脂肪酸ってやつの影響か?
アルファリノレン酸が、いい仕事するってことなのか?
そういえば、アルファリノレン酸はEPAとかDHAに変換されるなんて話を聞きかじった記憶があるぞ。
変換率は……解らないけど。
今回使った菜種油は、他領で作られたものだから新鮮とは言い難い。
だけど、この亜麻仁油はリネンを作る時についでにと作っておいたものだ。
鮮度は圧倒的に上であるということが、結果に結びついたのだろうか。
脂身をしっかり取り除いた赤身肉の料理に、亜麻仁油を入れて食べてもらったら……お腹が痛くなっちゃう子供達にも、肉の鉄分を摂ってもらえるようになるかもっ!
魚はこれからも、コンスタントに遊文館自販機に入れて美味しく食べてもらう予定だけど、肉だってバランスよく食べて欲しい。
くーーっ!
亜麻、見つけられてほんっとうによかったなぁぁぁ!
なるべく早く亜麻の栽培、しなくっちゃ!
大人達だって肉が苦手という人達の中には、体調が悪くなるから嫌だと思っている人達もいるだろう。
亜麻仁油は、シュリィイーレに絶対に必要なものだよな!
そうだ、確か青紫蘇……あいつの変種が『荏胡麻』だったよな?
えごま油もアルファリノレン酸が豊富だったはず!
油は作られていないみたいだったけど、種子や葉は東市場で売られていないか探しに行かなくちゃ!
青紫蘇って思われて売られている可能性だってありそうだしっ!
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