第323話 奇蹟の果実を探せ

 ミラクルフルーツ。

 果肉を舌に擦り付けることによって、味覚修飾物質であるミラクリンが作用し、酸味を甘みとして感じることができるようになるフルーツである。

 酸味を甘みに変えてしまう訳ではない。

 あくまで酸っぱいままのものを『甘い』と感じさせるだけで、変化させるものではない。


「そんな、果物があるの?」

「うん、ただ、この薬に対して効果があるかどうかは解らないから、試してみたいんだけど……今は手元にないんだよね……」

「そっかぁ……どんなものか解れば、もしかしたら、『調薬』で作れるかもって、思ったんだけど……」


 え?

『調薬』……って、そっか、科学的な合成もできるってことなのか!

 俺は漢方みたいに薬効のあるものを、効果的に組み合わせられる技能だと思っていたけど、元素レベルの合成もできるのか?


「もしかして……その成分を俺が分析できたら、メイリーンさんが作れるようになる、とか?」

「やってみないと、わかんないけど、あたしが『認識』できれば、作れる、かも」


 認識か。

 電界イオン顕微鏡みたいに見えれば……いいのかな?

 俺の【顕微魔法】の視界を拡大投影できて、メイリーンさんが構造を覚えられれば作れるのか?

 何にしても、ミラクルフルーツの『ミラクリン』が手に入れられないと無理か。


 俺、買ったことないし、食べたこともないから、コレクションからの買い付けはできない。

 確か西アフリカ辺りが原産だったから……うーん、イスグロリエストではそんな気候の場所、ないよなぁ。

 ギリギリ引っかかるのは、カタエレリエラの南端くらいかなぁ。

 あの領地は、伝手がない……


 でも考え方としては酸味を消すのではなく、味覚修飾物質を使って『感じ方』を変えるって方向でいいと思うんだ。

 メイリーンさんにちょっと調べてみるよ、と約束して、今日のところは家まで送っていった。

 ……斜め向かいなので、悲しいくらい近かったのだが。

 そして、お土産に渡した『光ドーム』はめちゃくちゃ喜んでもらえた。

 これで少しでも、メイリーンさんが癒されますように。



 翌朝から、体力作りランニングを外門外まで広げ、西の森で茸・山菜採りなどしつつ戻るというコースがメインルートとなった。

 閃光仗を持っているので、西門の自警団員でもあるゴトラエルさんも気をつけろよ、と言う程度で通してくれる。


 勿論、父さんと母さんには……ちょっと心配されたが、了承は取っている。

 山菜の天ぷらや炊き込みごはんは、すっかりふたりのお気に入りになったのだから採ってくるなとは言えないのだ。


 そして採ってきた山菜を家に置き、今度は東の大市場へと足を伸ばす。

 目指すは、サラーエレさんの店だ。

 俺が知っている店で、一番南方のものを取り扱っているのがサラーエレさんだからだ。

 出身がミューラの南側……って言ってたから、ワンチャンありそうだと思ったのだ。


「ん、ん、んー?食べると、味の変わる果物ー?」

「赤い団栗くらいの大きさの実でさ、中の果肉が白っぽくて、種が一個だけのやつ……見たことない?」

「そーねー……赤……これしかないのねー」


 違う……それはレンブってやつだよね。

 赤いけどさ、大きさが違うよー。

 梨みたいにシャリシャリで、美味しいけどね!


「それより、カワイイ花が咲くの、買ってお行きーよ!」

 進められたのは根本に黄色い花のついた、笹の葉っぱみたいな観葉植物のような鉢植えだ。

 ……大きめの鉢に三本も入っている。


「この子達寂しがりで、ひとつだと実が生らないのね。でも、こうしておくと実が生るのよー」

「温かくないと育たないんでしょう?」

「そーなの。だから、人気ないの。可愛いし、実、甘いよ」


 なるほど。

 トロピカルフルーツというやつですね?

 ちょっと、興味がある。

 まだメロン様もそんなに場所を取っていないし、硝子ハウスももう少し広くする予定だし……試してみるのもいいかもしれない。

 上手くいったら夏場に、トロピカルフルーツで何か作れるかも。

【麗育天元】に期待しよう。


 じゃあ……いつもお世話になっているから、と、ひと鉢買ってなんて植物か名前を聞いたんだが。

「え、えーと、あ、そね、そね『ルリーゴ』なのね。多分」

 ……覚えてないのかよ。

 ま、いいか。


 それにしても、サラーエレさん、よくこんなものをシュリィイーレに持ち込めるな……

 ミューラでしか、育たないんじゃ?


「んーん、カタエレリエラの端っこであるのよ。私の家の近くなのね」

「サラーエレさんって、カタエレリエラからシュリィイーレまで来てるの?」

「そ、なのよ。ちょっと遠いの。でも、シュリィイーレにも、お家あるからへーきなのよ」

 なるほど、春夏はシュリィイーレで、寒くなったらカタエレリエラに戻るってことか。


「この町、とても寒くなかったら、凄く良い町なの」

 確かに、南方の方々には厳しい寒さだよね。

 香辛料を作っているのも、カタエレリエラの家の畑なのだそうだ。

 うーむ……やはり、カタエレリエラならありそうだよなぁ、ミラクルフルーツ……

 誰か、捜しに行ってくれないかなぁ。



 家に帰って、早速ルリーゴを硝子ハウスへ。

 ついでにちょこっと広げて、場所を確保しなくちゃね。

 硝子部屋に中は、苺とメロンとトロピカルフルーツ。

 うむ、悪くない。

 ちゃんと部屋を区切ってあるから、温度管理もばっちりだぜ。


 おや、温かくなったから、ルリーゴは少し元気になったかな?

 いくら春でも、カタエレリエラに比べたら寒いもんなぁ。

 お水だけでなく、ちょっと【回復魔法】もかけてあげようかな。

 おお、キラキラになったぞ。



 もうすぐランチタイムなので食堂で準備を始めたら、またしてもファイラスさんがやってきた。

「……タクトくん、貝と大豆と葡萄じゃ足りないって……怒られた。もっとなんかないの?」

 やれやれ……そうだなぁ。

「リバレーラのものじゃなくてもいいですか?」

「勿論だよ! 探し出すのは魔法法制省院なんだから、イスグロリエスト全土から探させるよ! ……うちの兄が」


 ならば。

 ここは政府機関の底力を見せていただこう。

「俺が今、一番欲しいものですが、あるとすればカタエレリエラの南方です。名前ははっきりしないのですが……」


 俺は、知っている限りのミラクルフルーツの特徴を話した。

 ファイラスさんは全く心当たりがないようで、兎に角聞いてみる、とメモを片手に戻って行った。


 かなり難しいオーダーだと思うので、もう足りないとは言い出さないだろう。

 だが、これで見つからなかったら、この国では自生していないということだ。


 どうか、見つかってくれますように。

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