第159話 秘密部屋の方陣

 鉱物コレクション欲がちょっと収まってきたし、今日から三日間は錆山に入れないので久しぶりに教会の秘密部屋に転移してきた。

 現在『至れるものの神典』は、半分ほど現代語訳の清書が終わっている。

 今日は夜月よのつき十五日。

 月半ばになったので、そろそろセインさんがシュリィイーレに来る頃だろう。

 もう一度訳文を読み直して、内容確認しておこうと思ったのだ。


 あの一件からこの部屋はずっと監視カメラで見張っていたが誰も訪れなかったし、何も起こらなかった。

 まあ、本棚は動かないようにしてあるので、誰もここには入れないのだが。

 壁に目をやると、俺の書いた意味のない文字の羅列が目に入った。


 そういえば、元々の言葉はどういう意味なのだろう?

ちりばめられし星を繋ぐはふたつ目のものの鍵にて星々のつがいを裁つべし』だったよな。


 うーむ……『星を繋ぐ』は、方陣の完成という意味だろうか。

 だとすると、その鍵が『ふたつ目のもの』にある。

 その鍵を使う場所が『星々の番』で、使うとそれが『裁たれる』……


「ふたつ目って……『何のふたつ目』なんだろう」

 ん……?

 待てよ、もうひとつ俺が切り取った『文字』があったな。


 コレクションから取り出した『意味のない文字』が刻まれた壁の石を眺める。

 ギリシア文字の『ψプサイ』みたいな字だ。

 これ、どっかで使われていたな……えーと、確か書きだした『日本語訳も現代語訳も表示されなかった単語』の中で見たような……


 あった。

 三つの単語で使われている。

 でも……この文字が『ふたつ目』にあるのは、ひとつの単語だけだ。

 もしかして『意味のない単語』は余分な字が入っていて正しい単語ではないってことなのか?


 その単語からふたつ目の文字である『ψプサイ』を消してみる。

 日本語訳が表示された!


「『標』……?」

 うーん……抽象的すぎる……

 道標?

 いや、単に『目印』ってことも……手引きとか……流石に注連縄しめなわってことはないだろうけど。

 標……星……?


 そうだ、主神の『九芒星』は確か『標の星』だとセインさんが言っていたよな?

 聖堂の主神の像か!

 しかし……あの星はひとつだ。

 それだと『星々』ではないし、『つがい』もない。


 いや、違う。

 あの『九芒星』が鍵なのだ。

 それで『星々の番』を裁つのだ。

 この部屋で『星々』を現すものが、何かないだろうか?


「ここに……方陣があるはずなんだよな? 文字を元に戻してみるか……」


 俺が書いた落書きを消し、そこに新たに古代文字で書かれていた元の文章を空中文字で書いてみる。

 すると、壁一面になにやら幾何学模様がうっすらと現れた。

 前の文字があった時にこんなものは見えなかったのに……なんでだ?


 あ、そうか、『ψプサイ』の石を取り除いたからか!

 あの時は先にこの文章部分を切り取ってから、あの文字を取り除いた。

 先に『ψプサイ』を取れば、この『方陣』が見えたのか。

 方陣がうっすらとしか見えていなくてよく解らないけど、文字と、いくつかの模様も描かれているみたいだ。


 俺は『方陣とその文字・紋様は赤く表示』と【文字魔法】で指示してみた。

 おおおー、見えるー。


 んー?

 これ、古代文字ですらないぞ?

 だから青く浮かび上がらなかったのか。

 でも、古代文字に似たような字もあるから、その前の世代のものなのかもしれない。

 俺はその文字をノートに全て書き写した。

 この文字は仮に『前・古代文字』とでもしておこう。


 文字は『至れるものの神典』にある主神の言葉だ。

『偶さかに至れり者への恵みは捧げられし神気によりて叶わん』


 ……なるほど。

 どうしてシエラデイスやドードエラスは『生け贄』が必要だなんて思ったのか不思議だったのだが、なんとなく解った。

 ここに記されている『恵み』『捧げられ』の部分は古代文字と同じ文字だ。

 そして古代文字として読み取ると『恵み』は同じ意味だが、『捧げられ』は『犠牲』という意味になる。

 厳密に見ると違う文字なのだが、『神気』も古代文字での『生命』にとても似ている。

 だから『命の犠牲』つまり『生け贄』を対価に『恵み』が与えられると思ったのかも知れない。


 正しくは捧げられた魔力によって与えられる、という意味なのだ。

 つまり、必要なのは血でも命でもなく、魔力だ。

 だが、その魔力を注ぐ前に『鍵』を使って『方陣』を起動させねばならない。


 俺は改めて、方陣全体を見回した。

 星はいくつか描かれているが……『番』は何を差すのだろう?

 番……『ひとつがい』ということか?

 だとすると……この方陣の中でシンメの位置にある星は、一組だけだ。


 この真ん中の空間に『九芒星』を、星形正九角形を書き込んでみる。

 方陣が光を放った。

 そして方陣に描かれていた星が、光の線で結ばれていく。


 その線が九芒星まで繋がった時、俺は自分の身体から急激に魔力が吸い出されていると感じた。

 魔力を捧げるってのは、こっちが主体じゃなくて強制搾取かよ!

 やばい!

 これは、倒れる!


 俺は慌てて以前書いてしまってあった『大気中の魔効素を魔力にして最大値まで吸収』の指示書を開いた。

 その途端に身体は急速に楽になったが、魔力はどんどんと方陣に流れていく。

 そして、その供給が終わった時に方陣全体が更に輝きを増し、俺とこの部屋の全てを光の中に包み込んだ。



 光に全てが飲み込まれたと思った直後に、すっ、と全てが元に戻った。

 もう壁の方陣と文字は見えなくなっていた。

 俺はコレクションからこの部屋で切り取った文字の書かれた岩を取り出してみたが、その文字も綺麗さっぱり消えてしまっていた。

ψプサイ』の石からも、字が消えている。

 この方陣は役目を終えた……ということなのだろうか?


 この部屋にある文字が全てなくなったのかと焦ったが、本や俺の書いた羊皮紙の文字などは消えておらず、ちゃんと全てが読めた。

 方陣と方陣内の文字だけが全て消えてしまい『前・古代文字』もなくなってしまった……

 ノートに写した文字は消えていなかったので、この文字の研究はできるかもしれないが……方陣までは写してなかったなぁ……


 ん……?

 録画……してるよね?

 この部屋。

 しかも映像は、俺の持ってる記録石に転送されてるよね?

 映っていないかな?

 ソッコー、うちに帰って確かめよう!

 光っちゃってたからなぁ……見えないかもなぁ。


 あれ?


 俺、極大方陣、いっこ解放しちゃったってこと……なのかな?

 だとしたら……やばくね?

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