第142話 傍聴
翌日、俺は録画してあった司書室の方の映像を見た。
……誰か、いる。
ビィクティアムさん達が、シエラデイスと言い合っているのを聞いている。
神官?
しかしシュリィイーレの神官は、エラリエル神官以外黒っぽい法衣だ。
こいつの法衣は、白い。
濃い赤の縁取りがされている……今まで見たことのない法衣だ。
そいつの顔の正面が見えた。
あ、レーデルスで俺を呼び止めた、あの審査官だ!
……目の色が見えないけど……黒く靄が掛かっている。
魔眼の隠蔽?
映像でも『魔眼鑑定』できるのか、俺。
くそ、近づけないから、『視て』いる時でもはっきりと色までは見えないな。
その神官は何をするでもなく、すっ……と消えた。
え?
どういうことだ?
転移が使えるのか?
その後、その神官の映像はどこにも録れてはいなかった。
審問会は、思いの外早く開かれることになったようだ。
まだ、ビィクティアムさんが呼び出されてから二日目である。
なぜ解ったか……というと、ビィクティアムさんがあのカメラを起動したからである。
「あとで録画を見てもいいんだけど……ここは、リアタイだよな」
審問会はなんと、朝イチであった。
朝食を食べて部屋に戻ったら俺の手元の記録石に魔力が流れ込んできたので、録画が開始されたと解ったのだ。
俺は部屋の扉を急に開けられないように固定し、音と光が漏れないように【文字魔法】で完全ロック。
……室内は見えるけど……ビィクティアムさんの横に、置いてあるのかな?
ビィクティアムさんの表情は見えないが、まるで裁判所のように一段上にある審議員と思われる人達の席が映っている。
そしてビィクティアムさんがいる場所と同じ高さだろう少し離れた右側の方に、シエラデイスの姿がある。
審議員達の更に上の階にいる人達は、貴族だろうか?
いや、皇族?
なんだか偉そうな人達が、ビィクティアムさんを見下ろしている。
審議が始まると、どうやらシエラデイス側はエラリエル神官を殺したのはビィクティアムさんだと訴えたようだ。
自分は罪を着せられただけだと、涙ながらに語った。
ビィクティアムさんは冷静に事の経緯を説明し、エラリエル神官を斬ったのがシエラデイスであると主張。
激高するシエラデイスであったが、ここで死んだはずのエラリエル神官が登場。
うん、エラリエル神官は、間違いなく真実を語ってくれている。
シエラデイスは死人に口なしだと思っていたのか、この事態に対処できずにいたが、すぐにもっと重大な罪があると話を変えてきた。
ファイラスさん殺害の件である。
残念ながらこれもファイラスさんが登場し、シエラデイスに脅されていたと訴えたことでビィクティアムさんの嫌疑は晴れた。
……と、ここで終わると思われたのだが。
ある神官が、異議を申し立てた。
そもそも、ビィクティアムさんが、シエラデイスがエラリエル神官を殺したかのように見せたのではないかと言いだしたのだ。
そして、死んでいなかったのはエラリエル神官もグルで、シエラデイスを陥れようと企んだに違いない……などと訴えたのである。
この神官の名が『ドードエラス』だった。
あの【時空魔法】の家系だ。
もともと、ビィクティアムさんと敵対していたのか?
神経質そうなきつい顔。
白に近い金髪なのに、瞳の色はビィクティアムさんと同じ黒だ。
〈私は『過去視』ができる。そこにいるセラフィエムス卿が、エラリエル神官を斬ったその場を視てきたのです〉
〈そのような事実はない。それをあなたが視たというなら、あなたの見たものは過去ではなく、単なるあなたの願望だ〉
なるほど【時空魔法】というのはやはりタイムマシン的なもののようだが、実体が過去や未来に移動するわけではなくて魔眼的に視えるというだけなのか。
ドードエラスの言葉に、全く動じないビィクティアムさんは流石だね。
俺だったらこんな場所ってだけで、ビビっちゃうだろうからな。
〈私の視たものが間違っているという証拠など、どこにあるというのだ! おまえが正しいという証拠さえないというのに!〉
〈ございますよ。証拠が欲しければ、ご覧いただきましょう〉
〈ふっ、おまえの身内が記した文書など、証拠にはならぬぞ〉
もの凄く小悪党な台詞だ……リアルでこれが聞けるとは……
〈陛下! ここで魔道具にて証明することをご許可頂きたい。『あの日の客観的な事実』を今、この場でご覧いただけます〉
へ、陛下……ってことは、皇王陛下が臨席しているのかよ。
マジで凄い裁判なんだな……
え?
そんな所であの映像、流れちゃうの?
うーん……これは俺的にも、覚悟を決めなくてはいけないかも。
ビィクティアムさんが、カメラと再生機の説明をしだす。
そして、さっきまで撮っていた審議会のやりとりの映像を流して見せた。
会場全体がざわついている。
お、あの身を乗り出して見ているのが……陛下……かな?
遠くて、顔はよく見えないな。
〈これは個人の『過去視』などという主観的なものではなく、鳥の視点で見たかのようにその事実のみを記録したものでございます〉
ここで審議員から質問が入る。
なぜ、こんなものが仕掛けてあったのか……と。
〈それにつきましては、私からご説明いたしましょう〉
立ち上がったのは、セインさんだ。
これは自分がこの部屋に仕掛けさせたもので、この事件が映ったのは偶然である……ということであった。
〈この部屋には大変貴重な、すべて古代文字で書かれた神話・神典の原典が置かれておりましたため、万が一のことを考えて出入りした者の記録を取ることにしたのでございます〉
『原典』……という言葉に、貴族達のみならず神官達からも声が上がった。
〈では、最近ドミナティア神司祭が、この地を頻繁に訪れていたのは……〉
〈原典が……いや、そうだ、あるとすれば絶対にシュリィイーレであろうと言われていたではないか!〉
〈本当に見つかるとは……ドミナティア神司祭は、神の使命を果たされたのだ!〉
いろいろな声が飛び交う中、審議長から静粛を求める声が上がり、やっと会場内は落ち着いた。
その時、皇王陛下から声が上がった。
〈セラフィエムス! その記録とやら、開示せよ!〉
ビィクティアムさんは、あの日の映像を流し始めたのだろう。
俺に見えているのはそれを食い入るように見つめる審議員と皇王陛下、貴族達、そして呆然としているドードエラスの姿だ。
録音されている音声だけは聞こえてくるから、どの場面を見ているかは解る。
映像のエラリエル神官が極大魔法と口にした時、少しざわめきが起き、シエラデイスが有無を言わさずエラリエル神官を切り伏せた時に悲鳴が上がった。
俺が見ている画面の端に映っているシエラデイスは、諤々と震えているのだろうか。
立っていることすら、できなくなっているようだ。
兵士に両脇をがっちりと抱えられ、その場から逃げ出すことも敵わず映像を見つめている。
そしてビィクティアムさんとライリクスさんに対しての、シエラデイスの暴言に審議員達は怒りの表情を見せる。
ビィクティアムさんがファイラスさんを斬った瞬間が映ったであろう時に驚愕の声が漏れたが、次の場面でファイラスさんが何事もなく立ち上がったのを見たのか弛緩したようだ。
予め、ファイラスさんがシェラデイスに従っている振りをしていた……と証言しているからだろう。
どうやらここで、一度投影を止めたようだ。
乗り出して見ていた貴族達が、脱力したように元の席に座った。
ここまでの映像開示だけで済めば、いいんだけどな……
〈これがあの日、あの場所で起きたことでございます〉
うん、これで確実にビィクティアムさんの疑いは晴れただろう。
貢献できてよかったよ。
監視カメラ、グッジョブ!
〈……なんとも驚愕いたしました……さすがは、ドミナティアの法具……〉
〈これは、シュリィイーレの魔法師が作りましたものでございます〉
こらこら、セインさん、そこは黙っといてよ!
会場がまたしてもざわり、とする。
〈なるほど、まことシュリィイーレは『神々の治むる地』であるな!〉
陛下まで何を……直轄地は陛下の所領じゃないの?
まぁ、皇王陛下にもご満足いただけたようで良かった……あれ?
ドードエラス……どこへ行った?
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