第114.5話 タセリームと人々

 ▶タセリームとガイハック


「タセリーム、ちょっと来い。食堂にいつまでもいられちゃ他の客の迷惑だ」

「……ガイハックさん……僕は」

「ほれほれ、こっち来いって。まったく、あんなにタクトを怒らせやがって」



「……タクトは僕の言うことに、賛成してくれるって思っていたんだ」

「じゃ、なんで先にタクトに言わなかったんだ?」

「……」

「反対されるって解っていたから、タクトが断れないようにしようとしたんだろ?」

「……はい……」

「誰の入れ知恵だ? おまえは、そういうことを考えつく人間じゃない」


「コデルロさんが……ちゃんと全部決まってからなら、タクトは納得するはずだって」

「おまえ、もうちょっと自分で考えて判断しろ。タクトがどういう性格かなんて解ってんだろうが」


「だって! あんな素晴らしいもの、大勢の人に使って欲しいじゃないか! タクトのことだって有名になるし、そうしたらもっと大きな仕事だって!」

「それはおまえが考える『利点』で、タクトにとっては価値がないことなんだよ」


「そんなの……わかんないですよ……僕には」

「おまえの思っている『いいこと』と、タクトが大事にしたいことっていうのをちゃんと話し合うべきだったんだ。それをすっ飛ばしちまったから、あいつは、おまえを信用できなくなった」

「……謝ったら……許してもらえますよね?」

「許しはするだろうが、おまえを心からは信頼しないだろうな。暫くはよーく考えろ」

「……はい」



▶タセリームとレンドルクス


「つまり、増産の件はなかったことに……って訳かい?」

「すまない……僕が全部悪かったんだ。タクトがあんなに怒るなんて、思ってなくて……」


「おまえは昔っから、そういう甘ったれたところがあるんだよなぁ。今までだって随分、タクトは我慢してきてるんだぜ?」

「え? そ、そんなこと……して、たのかなぁ……」


「タクトの意匠証明を石細工にするのだって、作り始めてから無理矢理了承させただろ? 一日に決まった個数だけっていうのだって、守らなかった日もあった」

「う、うん……でも、タクトは何も言わなかったし……やってくれてたし」

「言わないからって、許されたことにはならねぇよ。タクトみたいに滅多に激高しないやつは、そういうことが溜まって溜まって、一気にドカーンって爆発するんだ」


「……そんなの、解らないよ」

「解らなきゃいけなかったんだよ。おまえの方が大人で、いくらタクトが優秀だからってあいつはまだ子供だった。大人がちゃんと約束を守らなきゃダメなんだよ」

「や、やっぱり、もう一度タクトに謝りに行った方が……」

「無駄だろ。今、何を言っても、あいつは取り合わないだろうよ。それより、おまえの店の今後のことを考えろよ。新しい従業員とか、入れちまったんだろ?」


「うん……でも、今更雇えないなんて言えないよ。どうしよう……」



▶タセリームとトリセア


「ああー、よかった。今お店に行こうと思っていたのよ、タセリームさん!」

「トリセア、今日は休みだったよね?」

「ええ。あのね、急なことで悪いんだけど……あたし、タセリームさんの所、辞めさせて欲しいの」

「え? ……な、なんで?」


「お婆ちゃんの具合があんまりよくないっていうのもあるんだけど、お姉ちゃん達があの店を全部任されることになったの」

「それなら……君はもう、あちらの店には出ないのだろう?」

「ええ、だから自分のしたいことをしようと思って。それに……結婚…するの」

「えええええーっ?」


「そんなに驚かないでよー。来年の秋に式の予約もしたし、いろいろ準備とかもあるから……忙しくなるっていう時に、悪いんだけど……」

「いやっ! お婆さんの具合も心配だし、そんなおめでたい理由なら! こっちのことは心配しなくていいからね!」

「ありがとう、タセリームさん。新人さんにも頑張ってって伝えてね」

「ああ! おめでとう、トリセア。今までとても助かったよ、ありがとう」

「こちらこそ。それじゃあ」



「……これで……あの子に、辞めてくれって言わずに済む……良かった……」



▶タセリームとフィロスとコデルロ


「タセリームさん! タクトくんとの契約を解消って、どういうことですかっ?」

「ああ……フィロスさん……さっき、魔法師組合から正式に連絡が来まして、そういうことに」

「うちにもタクトくんから、燈火の契約の凍結申請がされていると連絡が来ました」

「え? そちらにも?」


「なんで、こんなことになったんですか?」

「……そちらが言っていたように根回ししているってことがばれて、タクトが怒ったんですよ……契約違反だって。それで全部解消です」

「え……契約違反? だってコデルロさんは、確かに契約書を確認したと……」

「は? 僕はコデルロさんに、タクトとの契約書なんて見せていませんよ?」


「そ、それにしたって、決して悪い話じゃないはずでしょう? あなた、ちゃんと説明したんですか?」

「僕がしなくても、タクトは全部知っていました。その上で断られたんですよ。……貴方たちの言い分を、全部鵜呑みにした僕が愚かでした」


「そんなバカなことがあるか! あの身分証入れなら、王都でだって絶対に人気になる。その機会をみすみす……」

「それは僕ら商人の価値観で、タクトのものじゃない……と言われました。全くその通りです。僕は……初めから間違えていたんだってやっと気がつきました」


「……あなたがもう、うちと取引できないとしてもいいのですか?」

「それも、仕方ありませんよ。コデルロさんはいらっしゃらないんですか? 王都に帰られる前に、契約の無効をお話ししないと」

「コデルロさんは今、セントローラ魔法技師長とタクトくんの所に行っています」



「フィロス、ここにいたのか。工房はどうしている?」

「コデルロさん……工房は、今日のところは止めました。タクトくんとの話、どうなりましたか?」

「終わりだ。全部。燈火も暫くは作れん」

「え……」


「コデルロ会長、僕の方も正式にタクトとの契約は解消になりましたので、今回の契約はなかったことに」

「……ああ、そうだね。タセリーム君。残念だが仕方ない。タクト君にはもう少し、野心があるかと思ったのだがね」

「タクトのしたいことと、僕らがさせたいことが違っていたんです……きっと」


「それにしても、困りましたね、会長。タクトくんが、あの部品を作ってくれなくなったということですよね?」

「ああ、既に買ってくださっている方々にも、交換の部品が用意できんと言うことだ」

「大丈夫ですよ、会長! 私がすぐにあの部品を作ります。アーメルサスでずっと研究していた私ならば、すぐに作れます」


「本当だな?」

「勿論ですとも」


「タセリームさん、あなたはタクトくんがアーメルサスの燈火を、一番初めに修理したって言いましたよね?」

「ええ、そうです、フィロスさん」

「点かなかった燈火を点くようにしただけでなく、簡単に点けたり消したりできるようにした、と」

「はい。その改良したものがあの小さい方の燈火ですから」


「あの部品に込められた魔力の種類も、ご存知なのではないですか?」

「……ええ。知っています」

「な、なんでそれを早く言わんのだ! タセリーム君っ!」

「今までタクトが作っていたんですから、言える訳ないじゃないですか」


「なら、もういいでしょう? 教えてもらえませんか? 言わないという約束はしていませんよね?」

「……雷……ですよ」

「は?」

「使っているのは、雷魔法だ……と言っていました」


「タクトくんは……【雷光魔法】が使えるのか? 信じられん……」

「会長……雷は、無理です」

「どうしてだ、フィロス?」


「雷魔法を使うことができる者はいます。でも、雷は『留めておくこと』ができないのです。入れられたとしてもどんどんなくなっていって、あの大きさなんて一日と保ちません!」

「セントローラ! できる、と言ったな? 絶対にやれ。何が何でも作れ!」

「でっ、では……アーメルサスの石を輸入して……」

「馬鹿者! そんなことなどできるか! 原価が跳ね上がってしまうわ! 今使っている石にその魔法を入れろ! なんとしてもだ!」



「タクトは……やっぱり凄い魔法師なんだなぁ。馬鹿なことしちゃったなぁ……僕は……」

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