第103話 教会の司書室

 翌日、セインさんが王都へと行ってしまい、成人の儀で一緒だったロゥエナやニレーネも得た職業がこの町より他の町の方が就職しやすいものだったらしく、この町から離れてしまった。

 お客さん達も、少しずつ面子が変わっていくのは毎年のことだ。


 俺はいつもの年より早く冬備えの買い物を全て終え、大量のレトルトを作ったり焼き菓子のストックを作った。

 今年は雪が来る前に、教会の司書室に行っておきたいのである。


 折角セインさんが許可証をくれたのだから、もし貸し出してもらえる物があるのなら雪で出られない時用に借りておきたい。

 でも、持ち出しは難しいのかなぁ……



 朝早く教会に行って司書室の利用をお願いすると、どうやらセインさんが事前に頼んでおいてくれたみたいで、笑顔で案内してもらえた。

 大聖堂の右手奥に行くと中央広場で、左手奥には下に続く階段があり、大聖堂の真下に大きな司書室があった。


「こんな作りになっているんですね……教会って」

 案内してくれているエラリエル神官はこの部屋の管理だけでなく、大聖堂の管理もしているらしい。

 ……てことは、結構偉い人なのでは?

 他の神官が黒っぽい法服なのに、エラリエル神官は青色が鮮やかで、濃い藍色の縁取りがあるものを着ている。


「なかなか広いだろう? そのせいで……管理が行き届いていなくてね……」


 そう言いながら司書室の扉を開けてくれたのだが、中の空気が思いっきりカビ臭くなっていたのである……

 地下だし、陽が当たらないのは本にとってはいいんだろうけど、カビは駄目だろ!


「ごめんね……あんまり利用者いないんだよねぇ。そのせいで、換気もされないことが多くて……」

「……掃除……」

「え?」

「俺が掃除しても、いいですかっ?」


 こんなカビまみれのところにいたら、俺にもカビが生える!

 てか、本が駄目になっちゃう!


「してくれるならもの凄く助かるけど……いいの?」

「俺、こんな所で本読んでたら、全身に茸が生えてきそうなんで!」

「じゃあ……頼んじゃおうかな……」

「魔法、使っていいですよね? 【付与魔法】も大丈夫ですか?」

「ああ! 平気だよ。大聖堂以外なら問題ない」


 俺はなるべく息を吸わないように室内に入ると、机の上に紙を出して【集約魔法】を作っていった。


 快適な読書空間確保のために、兵舎に付与した物と同じ防火・防水・防かび・防虫・強化・耐震を部屋全体と棚に付与する。

 部屋の明るさ設定をして、それと空調も忘れてはならない。

 室温は常に摂氏二十三度に、湿度は五十五パーセントに設定した。

 埃が溜まらないようにして、防汚は部屋だけでなく全ての棚と本にも。

 本には、劣化防止もかけておく。


 そして、全体をしっかり洗浄・浄化した上で、全ての魔法を展開した。


「……やっと……すっきりした……」

「凄いな……こんなにあっという間に……」


 あ、ついムキになって最速でやってしまった。

 だが、後悔はしていない。

 やらねばならなかったのだ!

 人類の叡智の保存のために!


「ありがとう! タクトくん!」

「いえ、本にとって良い環境にしたかっただけなので。あ、ここの本って貸し出してもらうことはできますか?」

「本当は駄目だけど、君ならいいよ!」

 いいのかよ。


「ドミナティア神司祭の保証付きだしね、僕も君なら大丈夫だと思うし」

「……大丈夫?」

「本を売り払うやつとかいるからね」


 あ、なるほどね。本はまだまだこっちじゃ高価だもんね。

 そっか、俺が持ち出して盗まれたりしたら厄介だなぁ……写し取るだけにしておいた方がいいかもな。

 ……いざとなったら、複製させてもらっちゃおうかな。

 うーん、悪者の気分。



 司書室の本は魔法関連のものと職業関連のもの、そして技能関連のものと神話、歴史書などに分かれている。

 まずは、技能や魔法関連の本を開いていく。


 独自技能のことは殆ど……というか、全く書かれていなかった。

 ただ、技能の出現条件として経験や試行だけでなく、血統というものもあるらしい。

 これはおそらく、白魔法に分類される独自魔法と同じ理屈なんだろう。

 その家系の特徴や、多く排出した職業などから受け継がれるという。

 魔法についても同様である。


 だが、黄魔法、黄属性の技能については受け継がれるというより、突発的に出るものらしい。

 突然変異みたいなものなのだろうか。

 そして黄魔法は、基本的には子供に受け継がれてはいかない。

 その殆どが、一代限りのようだ。


 そして今まで聞いたことのなかった『聖魔法』という分類があった。

 白魔法の一種かと思っていたのだが、どうやら全く違う系統として存在するようだ。

 これが使えることが、司祭やこの国の大貴族を嗣ぐ者の条件らしい。

 しかし、国全体でも少ない人数しか確認されていないようだ。


「ふーん……神官が司祭になるには、この聖魔法ってのが必要なのか……」

 セインさんって凄い人なんだな、きっと。

 そりゃあ、王都に召喚されちゃうわけだ。


 あ、加護のことが書いてあるぞ。


『神の恩寵が与えられた貴石に宿る』

『能力の向上や守護が与えられる』

『神事による銘によって貴石以外の物に宿らせることもできる』

『加護を支え得るは貴金属のみである』


 へぇ……セインさんのエメラルドには、加護が付いてるって言ってたなぁ。

 そっか、だから銀じゃないと駄目だったんだな。


 神事による銘……って、成人の儀の裏書きみたいなものかな。

 あれで職業とか技能とかを貰えるんだから、加護ってことなんだろう。

 そういえば、捧げられたのは『加護の祈り』だったな。


 うん、そういうことなのか。

 身分証が金とか銀とかになるのも、加護を支えるためってことなんだな。

 ……俺は沢山のご加護がありすぎて、恐縮しちゃうよね。


 そうだ、次にセインさんが来た時のために、神話も少し読んでおこう。

 こっちの神様のこと、よく知らないしね。

 えーと、神話は……一番奥か。


 奥の本棚まであと一、二歩という所で俺は何かに躓き、慌てて本棚に手をかけて転倒を防いだ。

 ……はずだった。

 実際は本棚が、がくん、とずれて俺は敢えなく転がってしまったのだった。

 強化魔法を掛けてあるのになぜ動いたんだと思いつつ立ち上がると、ずれた本棚の下に更に、下に続く階段が現れた。



 秘密の蔵書の予感である。

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