第91話 成人の儀

 朔月さくつき十七日。

 誕生日である。

 今日、やっと、やっと成人である!

 長かった……!

 でも『子供時間』の大切さをしっかり味わえたので、無駄ではなかった。


 朝から父さんと母さんの方がソワソワしてて、逆に俺は落ち着いてしまった。

 ほら、身近で慌ててる人を見てるとなんか冷静になったりしないか?

 まるでどこか遠くへの旅立ちを見送るかのような父さんと母さんを置いて、俺は教会に向かった。


 教会に入るのは、中央広場へ抜けて噴水の所に行ったあの日以来だ。

 そろそろ水源と噴水の魔法を確認したいが、今日は成人の儀である。

 いつもよりちょこっといい服装なだけだが、なんだかスーツを初めて着た時みたいな気分だ。


 今日はどうやら今、部屋の中にいるひとりと待合場所にいる女の子がふたり、そして俺の四人だけのようだ。

 このふたりの女の子は、よくうちのスイーツタイムで見かける子達だ。


「タクトくんも、今日が誕生日なんだね!」

「うん……えーと……」

「あたし、ロゥエナ」

「あたしはニレーネよ」

「そっか、いつもうちのお菓子食べに来てくれてありがとうね。ロゥエナ、ニレーネ」


 なんとなくふわっとした会話をして、きゃっきゃっしてる感じが大学の入学式みたいだ。

 いいなー。

 同世代とこういう、和み系のコミュニケーション。


 突然、中から怒鳴り声が聞こえた。

 どうやら、自分の技能か職業に不満でもあるようだ。


「さあ、もう君の儀式は終わりましたから」

「待ってくれよ! こんなはずないんだ! 剣士か武術の技能が絶対に……!」

「今のあなた自身のことは、そこにあるものが全てです。では、次の方、どうぞ入ってください」


 おずおずとロゥエナが入って、扉が閉められた。

 文句を言っていたのは……ミトカだった。

 え?

 こいつ、俺よりいっこ下じゃなかったっけ?

 ロンバルさんの覚え違いか?

 相変わらずガッツリ俺のこと睨んできやがるので、思いっきり無視する。


「……どうせおまえだって、なりたいものになんかなれねぇよ!」

 やれやれ、八つあたりもいいところだ。

「農夫とか坑夫にでもなれって言われりゃいいんだ!」

「おー、農夫も良いなぁ。畑増やして輪作とかしたら儲かるし、母さんの欲しい野菜沢山作ったり、品種改良も楽しそうだ。坑夫なら父さんの手伝いができるし、錆山の面白い鉱石掘りまくって一財産築けるなぁ」

「……くっ!」


 馬鹿なやつだな。

 どんな職業にだって、良い所と悪い所がある。

 好きな職に就けるなんて方が稀だ。

 でも。


「適性が出なかったからって、やりたい職業を諦める理由になんてならないだろ」

「なんだと……!」

「ただ、適性があるやつより、何倍も、何十倍も、努力しなくちゃいけないっていうだけだ。なりたいものになればいい」

「俺はちゃんと努力したっ! でも、適性が出なきゃ……!」

「足りなかったんだよ。もしくは、努力の方向が間違っていた。ま、どっちもだろうけど」


 ミトカは、剣士とか武芸をやりたかったんだろう。

 戦闘系の技能が欲しかったのに、出なかったんだろうな。


「諦める理由や、できない理由を他人や神様のせいにするなよ。全部、自分のせいだ」


 ミトカは相変わらず自分の価値観を曲げないし、俺の言葉など受け入れない。

 まぁ、そんなものだよな。

 同じ誕生日だっていうのに、こいつとはとことん性格違うぜ。

 ミトカは、何も言わずに走り去ってしまった。


「あ、ごめんな、ニレーネ。俺、あいつとはホント反りが合わないというか……けんか腰になっちゃうんだよ」

「ううん、平気。タクトくんなら、本当に何にでもなれそうだね」

「みんな、誰でも何にでもなれるよ。君だって。ただ……人より大変なことが、多いか少ないかってだけだよ」

「あたしは少ない方がいいな、大変なことは」

「ははは、俺も」


 そしてニレーネが中に呼ばれたので次かと緊張していたら、別の扉が開かれ入るようにと促された。

 みんなは祈りの部屋と呼ばれる西側の小部屋だったのに、なぜか俺は聖堂の方に呼ばれたのだ。

 時短のためかな?

 まぁいいや。

 聖堂、一度ちゃんと見たかったからラッキー。


 おお、でかい神像があるなー。

 この世界の神様は主神は男性だけど、女神様が三人と副神に男性神がふたりいるんだよね。

 大聖堂には、主神の像だけなのか……台座の細工も綺麗だなぁ。

 台座に文字が刻まれている。


『汝自らの智を以て扉叩くべし。されば開かれん』


 あ、神典の言葉なのかな?

 俺はまだ全部読んでいないけど、文字の練習にたまに写しているんだよね。


 おっと、司祭様が来たぞ。

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