第89話 探しもの

 市場でもう少し掘り出し物がないかと歩いていると、四つん這いになって何かを探しているような人がいた。

 落とし物でもしたのかな?

 うわ、結構皆さんの邪魔になってるし、あの人自身も蹴っ飛ばされそうになったりしてる。


「あの……どうかしたんですか? 落とし物でも?」

「え? あ、ああ……大切な物を落としてしまって……この辺だと思うんだが……」

 五十歳後半くらいのおっさん……いや、こっちの年齢でいうと百四十歳から百六十歳くらいか?

 父さんと同じぐらい……いや、ちょっと上かな。


「どんなものですか? 一緒に探しますよ」

「あ、いや……あの……」

 言えないような、ヤバイもんでも持ち歩いていたのか?

 おっさんは、急に俺に耳打ちするように小声になった。

「翠玉の……付いたものなんだ」

 あ、宝石が付いてるから、おおっぴらに探すと盗まれるとでも思ったのかな。


 翠玉……エメラルドのことだよな。

 俺は『貴石鑑定』を、半径三メートルくらいでかけてみた。

 あ、見えた。

 身分証表示の『鉱石鑑定』は実は俺の場合『貴石鑑定』のことなので、簡単に宝石に反応するのだ。


 探す振りをしながらするするっと目的の物に近づいて、転がっていたそいつを拾い上げた。

「……探しているの、これ?」

「ああ! そうだよ、それだ! そんな方にまで転がっていたのか!」

 なんか不思議な形のものだな。

 腕輪のパーツかな?


「ありがとう! よかったよ、見つかって」

「これ、壊れて外れちゃったの?」

「さっき、人混みで引っかけてしまってね。その時に、留め具が壊れてしまったみたいで」

「直そうか? 俺、道具持ってるよ」

「いいのかい? 助かるが……できるかどうか……」


 お、俺の腕が信用ならないと?

 絶対に直しちゃうもんね。



 市場を出て、近くの公園のベンチに座った。

 ……公園のベンチで……おっさんとふたり……

 もの悲しい……

 いや、修理。

 修理のためです。


 腕輪のパーツはなんと、銀だった。

 お金持ちさんだー。

 銀……か。

 でも俺の持っている物と、随分色味が違う。

 純度の差かな。

 なら、この腕輪の厚めの部分をちょっと溶かして流用しよう。

 割れてなくなっちゃったのは、丸カンみたいな小さい物だからちょっとでいい。


「……凄いな……君は、錬成師なのかい?」

「いや、魔法師だよ」

「魔法師が、金属の加工も?」

「付与魔法師だからね。それに、俺は『鍛冶技能』と『金属鑑定』【加工魔法】を持ってるから」

「素晴らしい……」


 パーツを組み上げ、作った新しい留め具の所に強化だけしておっさんに渡した。

 あれ?

 手首に何か巻いてるけど、その上に腕輪つけるのかな?

 このおっさんも、金属アレルギーなのか?

 そっか、この銀は二割くらい別の金属が含まれているみたいだから、それに反応しちゃってるのか。


「落とした物が見つかって良かった」

「ああ、ありがとう。君のおかげだよ」

「落としたりなくしたりした物が戻るのは、戻るべくして戻って来たってだけだよ」

「え……?」

「『そこに在るべきだから在る』って思うんだ。俺は。物品も、人も」


 ……そうであって欲しいと思う。

 何もかも、必要だから今そこに在るって思いたい。


「その腕輪を持っていることが必要だから、戻ったんだよ、きっと」

「必要……だと思うかい? 全てのものが」

「うん、そう思うよ」

「どうして?」

「うーん……俺は神様を信じているから……かな」


 なんとなく手を合わせちゃったり、空に向かってお礼を言っちゃったり、海に向かってバカヤローとか言ってみちゃったりってのも、誰もいなくても聞いていてくれる何かがあるって思いたいから……のような気がするんだ。

 俺は、そういう『いるような気がする』っていう対象も、神様だって思っている。


「……神……君は、神の存在を信じているのか」

「大概の人は信じてると思うよ」

「そうだろうか? 教会や祈りの言葉を蔑ろにしている者が多いと思わないか?」

「あのさ……教会も祈りの言葉も……ただの道具のひとつでしょ?」

「は……?」

「神様ってさ、そんなものに頼らなくたって感じられるものだと思うよ。逆に場所とか言葉とか道具がないと感じられないっていう人の方が、神を信じていないんじゃないかと俺は思うけどね」


 あ、やっべ。怒らせちゃったかなー。

 まぁ、俺の持論だから、ちゃんと宗教ってのをやってる人には馬鹿理論なんだろうが。

「あー……神様ってさ、完璧だよね? そう思ってるでしょ?」

「当たり前だ。神々は全てにおいて万能だ」

「なら、神が作ったこの世界も完璧なんだよ。だって、神様が創ったんだもの」

「う……うむ……」

「ここに存在している全てが神の創造物なんだから、今、目に映っているものからだって神様を感じられて当然じゃないか」


 うっわー、黙られちゃうと怖いー。

 後でドカーンとタワケモノーーっとか、言われちゃうのかなぁ。

 ま、構わないけどね。


「おっさんは? 神様、感じられない?」

「……おっさん……かね、私は」

「そーだよ。俺まだ二十四歳だもん」

「神は……時々とても遠いと思う。どうして我々は理解できないのか、どうして道を示してはくださらないのか……と」

「うわ、図々しいな」


 いっけね、素直な感想を言ってしまった。なんか……歯止め利かないな?

「図々しい……かね?」

「そーだよ。神様はね、遠くて当たり前なの。理解なんてできるわけないじゃん、人ごときに。それなのに神様を知った風に語る方が、よっぽど神様を侮辱してるよ。道を示す? 神様に人生丸投げしてどうすんの? なんのために神様が、考える頭を人にくれたと思ってんだよ」


「君の言い分は……随分と乱暴だな……そんなにも愚かかね、人は」

「愚かだね。この地上で一番愚かなのが人だよ。他の生き物は、自分たちの生をどう全うすべきか知ってる。迷わないし、悔やまない」

「そうか。そうかも知れないが、神に背くようなことをしてしまうのではないかと、不安にならないかね?」


「そもそも、人は神に背けない」

 そうだよ。だって『神様完璧』が、絶対の前提条件なんだから。

「神様が全て創ったんでしょ? なにもかも完璧な神が、完璧に。だったら、どんなこともどんな物も、誰も、彼も、全部神の創造物だ。完璧な神の創造物が、神に背けるはずはない。神は全て織り込み済みだ」

「犯罪や不幸もかい?」

「ああ。人の生きる社会でそれを許さないのは神じゃない。そこに暮らす『人』でしょ。理由を神に求めたり、神を言い訳にする方が間違いだ……って俺は思ってる」

 だから、何があってもどんなことでも、神様に責任はないし、神様に背いたことにはならない。


「この世界の全てが、神の認めたもの……と君は言うんだね」

「そうだと思っているよ。だって、必要じゃないものを神様が創るわけがない」

「この石ころもかい?」

「勿論。人に必要な物だけしか創らないわけじゃないからね、神様は。生きとし生ける全てのものに必要な物を創って、必要な場所に配置しているんだ。人に必要ない物だからって、否定したり蔑ろにしていいってことはないでしょ」


 いやはや『神様全能』論は、大袈裟になっていかん……

 だけどなんか、引くに引けなくなってきたぞ。

 なんで俺、こんなにムキになっているんだろう……


「でもさ、たまに平気で『神の思し召しだ』とか『神が許さない』とか言って、他人に物事を強制する人がいるよね。あれ、もの凄い不敬だと思う」

「そうかね? 司祭や神官ならば、神の教えに沿って物事を諮るものだろう?」

「おっさん、理解力低いな……神が全てを創ったんだよ? なんでそれをただの人である司祭や神官が、良いとか悪いとか決めつけるの? それを言っているやつ本人の好き嫌いとか、慣例で判断しているだけなのに、神を騙るのが許せないんだよ。そういうこと言うやつって、一番信用できない」


「神官を信用できないとは……」

「『神への冒涜』? だいたい与えられる職業だって、全部神様がくれるものでしょ? 職種によって信用度が変わる方がおかしいよ。信じるのも信じないのも『その人』であって『その職』じゃないはずでしょ?」


 そうだ。どんな職業の人だって、過ちを犯す。

 そんなことで一括りにされる方がおかしい。

 ましてや、この世界では神様が適性職なんてものを教えてくれるのだ。

 この世界の神様、マジ親切だぜ。


「神は……全て織り込み済み、か」

「俺はそう思ってるよ」

「こうしたことを、誰かと話すのは久しぶりだ」

「……俺は初めてだな。当たり前だと思っていることは、態々話したりしないよ」


「当たり前に……神が感じられるのだな、君は」

「みんなそうだよ。そんなに特別なことじゃない」

「そうか……そういえば、君は二十四歳だったね。今年成人かい?」

「うん。秋だから、今年は山に入れないんだ……」


 落ち込み案件を思い出してしまった……いいもん、スイーツとカレー作って夏を過ごすんだもん!


「生誕日が待ち遠しいようだな」

「成人しないと、錆山には入れないからね。良い素材が欲しいだけだよ」

「いつだ? 生誕日は」

朔月さくつきの十七日。成人の儀って何をやるのか、ちょっと楽しみ」

「ははは、堅苦しいだけだよ」

「そっか。まぁ、たまにはそういうのもいいな」


 なんか見知らぬおっさんと、すっかり話し込んでしまった。

 かなり……いろいろ暴言を。

 でもなんだろう、なんでこんなこと言いだしたんだろう?

 いつもなら思っていたってここまで言わないんだけどなー。


 だけど、俺の自分勝手な言い分をちゃんと聞いてくれるなんて、いいおっさんだな。

 てか、今更名前が聞きづらいんだけど、どうすべき?

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