第68話 アフターフォロー

 コデルロさん訪問の翌々日、衛兵隊の長官にビィクティアムさんが就任したことが発表された。

 ……最後まで、前長官は謎の人のままだった。

 姿、見なかったもんなぁ。


 副長官はライリクスさんかと思いきや、ファイラスさんだった。

 俺が思っていたより、優秀な人だったのかも知れない。

 なんか、すいませんでした……


 ライリクスさんは……相変わらずのようだ。

 出世には興味がないのだろうか。


 教会の司祭や神官も、何人か入れ替わった。

 ……全員馴染みがなかったから、特に感慨はないのだけれど。

 もしかしたら、あの冒険者一味と繋がりがあった神官が捕まって責任取らされたりしたのかも……

 今度はそういう、不届き者が出ないといいですね。



 今日は以前ライリクスさんに試食で作った、マカロンもどきをスイーツタイムに出そうと思っている。

 母さんがめちゃくちゃお気に入りで、簡単な作り方しか説明していないのにほぼ完璧に再現してしまったのだ。


 ただ……一口サイズではなく、どら焼きくらい大きい。

 これはマカロンではなく、ケーキと言っていいかもしれない。

 しかし、めっちゃ旨いのである。

 なので絶対に、人気になること間違いなし。


 またタセリームさんからココアも買えたし、スイーツ部はとても順調である。

 今度は、紅茶のケーキを頼もうと思っている。

 母さんにスイーツを作ってもらう代わりに、パンは俺が作るようになった。


 基本はフランスパンのプチパンとかカンパーニュなのだが、たまにロールパン的な柔らかいものも作る。

 興が乗るとデニッシュ生地みたいなのにジャムを使った菓子パンなども。

 こっちに来てから、パン作りにはちょっと嵌っているのだ。


 そして父さんの修理工房でも、俺は【加工魔法】で定型化した手順の修理を担当している。

 細かい手作業の技術を要するものは、まだまだできないけど。

 そして、魔法付与をして欲しいと持ち込まれる物品も少しずつ増えてきた。




 その日、昼のラッシュが終わる頃、あるお客さんから呼び止められた。

 いつもスイーツタイムに来てくれている女性客のひとりだ。

 今日はお昼ご飯も、うちで食べてくれたのか。

 ありがたいことだ。


「え? これに……俺の意匠証明?」

「そう。これ、一番最初に、あなたが作って、ここで売った物でしょう? これには……あなたの印がないんだもの」

 あーそうだよね、試作品というか、プロトタイプとして作った物だし……

「そっか、あの印を考える前の物だからなぁ……」


「だから、これにも、あなたの作った物っていう、証明が欲しいの……」

「でも、なんで今更……?」

「……偽物が、出回ってるの……」

 偽物?

 あー別の店が、ケースペンダントを真似て作り出したって事か。


「偽物には、透かしの印がないの。これにも……無いから……偽物扱いされるのが、嫌なの」

「そうかぁ……最初に出したものは、所謂『原型』で……後ろに番号が振ってあるだろ?」

「……『5/35』……っていうこれ?」


「そう。三十五個しかないうちの、五番目の物って意味」

「五番目の原型……ってこと?」

「うん。それと同じ意匠の物も、タセリームさんの所で売ってるけど、その大元おおもとがそれって事なんだ」

「それは……それで、嬉しいのだけれど……やっぱり、知らない人には、偽物扱いされるの……」


 そっかー、そうだよなぁ……うーむ。

 最初のお客様に、悲しい想いをさせるのは本意ではない。


「わかった! 今、意匠証明を付けるよ」

 どうせなら特別な物にしよう。

「君の好きな色で、君の名前も一緒に入れるよ。どうかな?」

「……! 本当? それ……凄く嬉しい!」


 工房のカウンターへ行って、彼女に名前の綴りを書いてもらう。

『メイリーン』さん、か。

 指定は緑色。

 色も、タセリームさんの所では使っていない緑にしよう。


 身分証を外したケースの金属部分を、【加工魔法】でオーバルにり抜く。

 用意した石に彼女の名前を透かし彫りして、空中文字で緑を入れる。

 これは、魔法にはならないだろう。

 固有名詞だからね。


 それを裏からはめて、緑の空中文字で俺のマークを付与すると……一体化&破壊不能強化!

 はいっ、できあがりです!


 メイリーンさんはもの凄く喜んでくれた。

 大事そうに握り締めて、店を出た後も何度も俺に手を振ってくれた。

 ……いい人が買ってくれたなぁ。


 そうだ、他の人も偽物騒ぎに巻き込まれているかも知れない。

 母さんに断って、食堂にお知らせを貼っておこう。


『この店で買った身分証入れをお持ちの方で、意匠証明を入れて欲しい方はお声がけ下さい』


 よし。

 これでいいかな!



 これが……なかなかご好評だった。

 やはり偽物だと言われた人が他にもいたようで、悔しかったそうだ。


 俺は、タセリームさんを見くびっていたかも知れない。

 こんなにもブランド展開が巧いとは……いや、きっと石工職人さん達の作った物が、もの凄くできがいいから人気なんだな!


 それの模造品扱いされるのが、やっぱり不満なんだろう。

 うん、きっとそうだ。

 俺が人気な訳ではない。

 いい気になってはいけないぞ、タクト!


 勿論、意匠追加にいらした皆さんにも色を選んでもらい、名前も一緒に入れた。

「図らずも、顧客名簿ができてしまった……」


 何と一番を買ってくれたのはリシュリューさんだった。

 あの人、あんなスチパンなデザイン好きだったのか……

 人の好みは解らないものだ。


「残りは……二十六番と三十三番だけか」

 皆さん使ってくれてて良かった……

 捨てられちゃっていたら、泣いちゃうとこだったよ。


「おう、タクト、これにおまえの印頼むよ!」

「いらっしゃい……って、デルフィーさんが買ってくれてたの?」

「今までのはすぐ肌が気触かぶれちまってたんだが、これにしたら全然気触かぶれなくてよー。助かってるぜ」


 そっか、今までのは鉄だったからな。

 俺のは全部チタンだから、金属アレルギーが出なくなったのかも知れない。


 デルフィーさんは二十六番っ……と。

 あとひとり、三十三番さんはどんな人だろうなー。

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