第29話 天才

2022年10月30日 日曜日


陽一のきょうのテーマは「天才」。


陽一は、毎日かならず一つテーマを決めて考えを深めたり、情報収集してオリジナルの見解をもつようにしている。


人間は天才が好きだ。スポーツでも、音楽でも、美術でも、天賦の才を持っているとしか思えないことを成し遂げる人を称賛しあるいは羨望する。


陽一は何に関しても自分が天才だと思ったことは無いが、小学生の頃から(洸一が、だが)天才というものに憧れ、心理学の本を読んだり、偉人と言われる人の伝記を読んだりするのが好きだった。


35歳にもなると、もはや天才になりたいとか、ただ単に先天的に資質に恵まれているから、とか短絡的には考えなくなっている。


ただし、陽一が洸一の複製として再生されたこのミッションには、間接的にではあるが天才は生み出せるのか、すなわち天才というのは先天的なものが必須なのか否か、という行動遺伝学的な問いに答えることも課題として課されており、陽一自身も天才が何なのかということについて、しっかりした仮説をもっておきたかった。


天才は昔から心理学者の格好の研究対象で、特に有名なのはハワード・ガードナーの多重知能理論であり、今でも頻繁に引用されまた利用されている。


ガードナーによると、人間の知能には8種類あり、対人的知能、論理・数学的知能、博物的知能、などがあるが、人間はそれぞれどの知能が高いか、またバランスも異なるという。


陽一はしかしこの理論では納得ができない。学問は要素還元的に分けて考えるのは常套手段だが、この一見わかりやすい説明だけでは異なる知能間の関連性については何も説明していない。だから陽一はいわゆる学者の言うことを信じないのだ。


また、よく言われる「3歳までに決まる」とか、「15歳までに決まる」という天才発生の受付時間的な理論(?)も明確な根拠がある訳でもロジカルでもない。少数のサンプルに基づく経験則もどきでしかない。


ある特定のきわめて特殊な領域(しかし多く存在する)においては、発揮する能力に「経験値」がものをいう。将棋でも、楽器の演奏でも、工芸でもそうだ。歳を重ねても衰えるどころか経験の蓄積で能力が磨かれる。


洸一と毎週議論している、脳を100%活性化させることは、そもそも冗長であることを生存本能としている脳の本性にあらがうことであって、実は脳は自ら天才になることにブレーキをかけているのだ、という理論の方が陽一にはしっくりくる。


そして、何らかの病変や外傷によってそのブレーキがかからなくなって発症すると言われる後天性サヴァン症候群の発症が天才的能力を発現するというのも仮説としてはかなり信憑性があるとも思う。


今日一日のテーマにしては深すぎるな、次回洸一とも話してみよう、と陽一は思った。

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