10話 歯車が動き出す(7)


 ────数分前



「情報を買う?」


 突然久志ひさしから提案された取引にハルネは思わず困惑の色を露わにした。

 ハルネの後ろで待機していたプラトという人物も久志の振る舞いに不信感を抱いたのか、あまり気持ちの良い視線は飛ばしていない。

 しかし久志はそんなプラトの視線など気にもせずいけしゃあしゃあと話を進める。


「そうです!千円くれれば情報を売りますよ〜普段はもっと貰いますけど、市長さんは初めてのお客さんなので大特価セールすっよ」


 何処となく慇懃無礼いんぎんぶれいがある言葉に一度ハルネは後ろで待機しているプラトに「どうする?」と言わんばかりに顔を向けるがプラトはすぐに首を横に振った。


「怪しい点だらけだ。まずお前みたいな子供がこの危険が溢れ返った街で情報屋?何の冗談だ?」


 プラトはハルネの代わりに一歩前に出て不審な点を挙げていくが、久志はどこ吹く風といった感じで会話を続ける。


「買いもしないのに不審に思うのは失礼だと思うんですが!貴方は買う前からこの肉は美味しくないと決めつけて店に文句を言うタイプなんですか!」


「は……?」


 久志の例え話にプラトは不審を通り越して正真正銘のヤバい奴なのではと思ったのか顔が少し引きっていた。

 そんなプラトを他所よそに久志はさらに言葉を肉付けしていく。


「情報だって買ってみてからがそれが『良いもの』なのか『悪いもの』なのかわかるもんでしょ!買う前からの批判は商売の神様に殴られますよ!」


 プラトは完全に硬直してしまい、顔にハルネ以上の困惑の色を浮かべた。

 そんなプラトを見てハルネはせきを切ったように笑い始めた。


「はっはは!君、面白いね。プラトをこんな表情にさせる奴を見たのは何年振りだろう」


「おいハルネ、あまりこいつを調子に乗らせるなよ……」


 プラトはすぐにハルネを抑制するがハルネはプラトの言葉など聞きもせず笑い、笑いそして────財布から千円札を取り出した。


「おい!?」


 すぐにプラトが千円をしまうよう促そうとするがハルネはそれを片腕だけで止めて視線を久志から離さずに言葉を紡ぎ出す。


「いいよ、乗った。お試しで買ってみよう。『リバース』について」


「おい!」


「毎度あり!」


 ハルネの言葉を聞き、千円を受け取るなり久志はまるで狐のように目を細め、口元に薄笑みを浮かべて情報を話し出した。


「ここで何が起きたのか。それは簡単。堺家っていう古くから札幌にいる組織が『リバース』に喧嘩を売ったんです。『街を荒らすな』ってね!」


 いつの間に堺家の情報を入手していたのか、久志はまるで一連の流れを見てきたかのように話を続ける。


「そしてさっきまですすきので抗争が行われてたんですけど堺家は妙な手品を使う奴らが現れた途端にボロボロに。その最中に『私が気を引く』って事で颯爽と堺家の御令嬢が現れたんすよ。すると見事に『リバース』のメンバーは御令嬢を捕まえるためにこの場所、大通駅に誘導されてすすきのにいたメンバーの半数は一時撤退出来た訳ですね」


 一通りの流れを話し終えると久志は一呼吸を置いて自信満々の笑みを浮かべて二人に話を振る。


「以上。どうです、俺の情報は?リアルタイムな新鮮物ですよ?最後はちょっと憶測混じりですが」


 プラトはそんな久志に明らかに嫌味な顔を浮かべて振られた話を返す。


「何処でそんな情報を?証拠は無いのか?」


「収集源は企業秘密って事で!証拠はそうっすね……とりあえず向こう側に疲れて座ってる『リバース』の方々に聞いてみる。後、逃げた御令嬢が何故か俺の友人を連れ回してるんでそいつに連絡を取ってみても良いかも」


 久志は駅のホームで先程少女を追っていた『リバース』の面子に指を差して示すと同時に空いた手では三春のピンスタのプロフィールを開いてきた。

 プラトは指の方向を見るなりすぐさま『リバース』の元に真偽を確かめに歩いて行ってしまった。

 そんなプラトを見ながらハルネはくすくすと笑いながら久志と会話を始める。


「君、この手の商法には慣れてるのかい?」


「さぁ……慣れてるって思われてるのなら悪い気はしないっすけどね」


 久志は相変わらず愛想の良い笑みを浮かべて相槌を打った。

 ハルネはそんな久志を見て幼い頃からこの手の商法をして来たのだと察し、それ以上に言及はしなかった。


「所で、今の情報をより細かく説明するとなればいくらかかる?」


 ハルネの提案に思わず久志は驚き、そしてすぐに口元にわざとらしい笑みを浮かべて情報屋としてのスイッチを入れ直す。


「そうっすね。『リバース』には割と面白い情報が沢山あるので全部知ろうとすれば十枚は確実に貰います。一部抜粋でも初回サービスがこれ以上は無いので最低でも五枚って所ですね」


 何の躊躇いもなく万札を要求する久志にハルネは特段驚かずに会話を続ける。


「僕が知りたいのは『リバース』のリーダーなんだ。噂によると手品師で不死者と言われているからね。興味があるんだ」


 何で次期市長がそんな事に興味があるのだろうかと久志はハルネを少し不思議がったが、自分の商売に損がないのなら関係ないと思い交渉を始めた。


「その情報は確かに持ってます。知りたいなら最低の五枚で大丈夫です」


「よし、交渉成立だな」


 ハルネは再び財布を取り出し一万円札を久志に渡そうとしたが────駅のホームに一際デカい悲鳴が響き渡り、受け取る側の久志が万札から目を離してホームの奥に目をやった。

 するとそこには『リバース』の面々を華麗にぎ倒していくプラトの姿があるではないか。

 久志はその光景を見て何が起きているのかと目を丸めているがハルネは特に興味を示さずに久志に話を振る。


「あれはまあ、特に気にしなくていいよ。プラトは強いから」


 強いと言っても限度があるだろう。

 久志はこの街の情報屋という事もあって、街に居座る異常な人物達を数多く見て来てたがプラトの強さはその中でもかなり上に来る存在であった。

 薙ぎ倒されるだけならまだしも中には宙に飛ばされて数秒間浮遊している者もいるではないか。

 久志が三春に説明した沙羅さら 篶成すずなりとプラトという男はタメを張るのでは無いかと妙な好奇心が久志の心を小突いたが今は商売の最中なのでそんな好奇心を心の底に収め、久志は一万円を受け取るなり情報を口にした。


「まあ……不死者に関しては正直微妙な所かと。その人が蘇る所を見た事が無い人が大多数ですし、何より自分から不死者って名乗ってるだけで何の根拠もありませんから」


 久志の言葉にハルネは少し眉をひそめたが久志は変わらず言葉を続ける。


「でも手品師……っていうか魔術師ってのは本当らしいですよ?それは見た人が大多数なんだとか。突然青い炎を出したりするらしいですよ。これに関しては監視カメラから抜き取った映像がありますよ」


 そう言うと久志はスマホを取り出し暫く画面の上をスライドさせた後にその画面をハルネに向けて証拠動画として提供した。

 ハルネは何故監視カメラの映像を?と思ったが取り敢えずツッコミを入れずにその画面を見る事にした。

 

 その画面には恐らく『リバース』のおさと思わしきライム・ノルウェーツの姿が映し出されており、その画面にはライムが綺麗な青い炎を『リバース』の面々に見せている動画が映し出されていた。


「何処でこんな動画を?」


「出所、入手場所に関しては基本企業秘密なので!」


「ハハッ、残念だ」


 ハルネは仕方ないような笑みを浮かべながら腕にめた腕時計に目を落とした。


 ────時刻は八時。まだ探せそうだな。


 ハルネは時刻を確認した後にホームの奥で『リバース』のメンバーをしばいているプラトに声を掛けた。


「お〜い、プラト!行くよ!」


 するとプラトはハルネの声にすぐさま反応し、殴る直前まで行こうとしていた胸ぐら掴んでいた男をまるでゴミを捨てるような感覚で床に投げ捨ててハルネの元に戻って来た。


「あいつら『あなた達がリバースですか?』って聞いたらニコニコで『組織に入る予定ですか!?』って聞いて来たくせに『堺家について聞きたいことがあるだけだ』って言ったら血相を変えて『堺家関連か!?捉えろ!』とか言い出して襲って来たからボコボコにしてやったぜ」


 プラトは指の骨をポキポキ鳴らしながら苛立たしげに戻るなり愚痴を零した。

 久志はそんなプラトに冷や汗を掻いていたがハルネは特に表情を変えず、ニコニコとした顔のままでそんなプラトをいさめた。


「まあまあ、やり過ぎは良く無いよ」


「殴るって事は殴られる覚悟があるって事だろ?やられ過ぎて当たり前だ」


 そんな二人は地上に繋がる階段に向かい始め、最後にハルネは久志の方を振り返り別れの言葉を口にした。


「それじゃあ、ありがとう情報屋さん。また縁があれば仕事を依頼するよ」


「やめとけ!」


 久志はそんな二人の背中を「また凄い人たちがこの街で頭角を表し始めたな!」とワクワクした気持ちで見つめながら送った。

 そして久志は一先ひとまず情報屋のアジトとしているビルに向かおうと考え、電車に乗ってさっぽろ駅に向かおうとした瞬間────


「何だ?」


 見た事もない、聞いた事もない電話番号から電話がかかって来ていた。

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