早朝の来客とほなみ

 一晩かけて、DALI《ダリ》と「みのり」の状態について調査したが、進展はなかった。

 土曜日には、みのりとしてアーキエンジュのイベントに出ないといけないので、猶予はあと六日ということだ。

 最悪の場合は、デウスの心臓への血液供給を強制的に遮断するしかない。だが、完全に遮断した場合に復帰にかかる時間がわからないから、あまりやりたくはないんだが……。

 

 俺が研究室で思考に耽っていると、家の近くに何かが近づいている事を知らせるアラートが鳴った。

 

「なんだ? こんな朝っぱらから」


 時計の針は、まだ朝の七時前を示していて、とても誰かが訪れるような時間でもない。とはいえ、誰かが家に向かってきている以上、流石に対応を奈美なみ達に任せる訳にもいかんので、俺は地下の研究室から上にあがることにした。

 

「しかし、黒塗りのベンツで窓までフルスモークとか、あっちの人じゃないだろうな? こんな山奥に地上げって訳でもないだろうし。まあ、ホントにウチが目的ならチャイムぐらい鳴らすだろうから、尋ねてくるまでは朝食の準備でもしてますか」


 一人、ゴチりながらダイニングまで移動すると、既に奈美と紅歌くれかちゃんが起きていた。

 

「二人とも、早いな」

「おはようさん。勝手にいただいてるわよ」

「おはようございます!」


 二人は優雅にモーニングティー中の様だ。

 紅歌ちゃんはしっかりと立ち上がって、礼をしてくれたが、奈美はこちらを見もしない。やはり、相変わらず可愛くないヤツだ。

 

「ああ、おはようさん。今から朝飯でもつくるけど、二人ともパンでもいいか?」

「はい! いただきます!」

「ああ、アタシはいらないわ。最近、ちょっとお腹周りが気になるのよね」


 紅歌ちゃんが元気に返事をしてくるが、奈美はどうやらダイエット中らしい。

 とても太ってる様に見えんが、男にはわからんことなのだろう。

 

「じゃあ紅歌ちゃん、ちょっと待っててくれ」


 恐らく車がここまで来るとしても、あと30分くらいはかかるだろうし、とっとと作ってしまうか。

 俺は、パンをトースターにセットすると、添え物として、スクランブルエッグとソーセージにレタスサラダを作り始める。

 できあがる頃に併せて、焼き上がるようにトースターのスイッチを入れ、できあがった朝食を盛り付けて、二人が座っているテーブルで持っていく。

 

「じゃあ、簡単なもので悪いけど、どうぞ」

「ありがとうございます! じゃあ、いただきます!」


 紅歌ちゃんが食べ始めたのを見ながら、俺はもう一つ用意していた、皮をむいたリンゴのカットを奈美に差し出す。

 

「ほれ、これくらいなら食っても大丈夫だろ」

「なんで、ウサギなのよ……」

「食べるものくらいは、女の子らしくしてやろうってな」

「……まあいいわ。ありがと」


 奈美が文句を言いながらも、リンゴを食べ始めたので、俺も自分の朝食を食べ始める。


 俺たちが、朝食を食べ終わった頃に、インターホンが鳴った。


——♪ちゃららららら〜ん、ちゃらららら〜


 インターホンの音に、奈美がずっこけている。


「なんで、チャイムの音がファミ○なのよ!」

「え、だって、好きなんだもの」

「……聞いた私がバカだったわ。しかし、こんな朝早くから、こんな山奥の変人の家に、誰かしらね? 早く出たら?」

「…………」


 奈美が自然に人のことをディスってくるが、突っ込んでも負けるのは分かっているので、スルーしておこう。

 俺は、大人しく玄関に向かい、来客対応をすることにした。

 しかし、まだ朝の八時前だというのに、非常識なヤツだなと思いながら玄関ドアを開けると、香貫火かぬかさんが立っていた。

 

「おはようございます。不動実ふどうみのりさん。お嬢様がこちらにお世話になっているかと思うのですが?」


 この人も、奈美と同じく、笑顔なのに目が笑ってないという器用な芸当ができる人種らしい。イコール、逆らわない方がいい人ということだな。そういや、昨日も死にかけたしな。久しぶりに親父とお袋を見たよ。

 

「おはようございます。香貫火さんでしたよね。紅歌ちゃんなら、確かに家にいますよ」

「私の名前を覚えていてくださった様で、ありがとうございます。では、お嬢様をお呼びいただいてもよろしいですか?」

「よければ、中にどうぞ。今ダイニングで寛いでいると思うので」

「いえ、こちらで結構です。お呼びいただけますか?」

「……はい」


 眼力が増した気がするので、俺は即座に回れ右をして紅歌ちゃんを呼びに行く。

 

「紅歌ちゃん。お迎えが来たみたいだよ」


 俺の声に、紅歌ちゃんが絶望した様な表情を浮かべている。

 まあ、香貫火さん怖いだろうしな……。帰ったら、お仕置きされるんだろう……。

 俺が内心で紅歌ちゃんが五体満足でいられますようにと祈っていると、奈美が立ち上がった。

 

「昨日話してた、紅歌ちゃんの保護者かしら? ちょっと過保護も過ぎるようなら問題だし、私が話して見るわ」


 なんて、恐ろしいことを言うんだ! コイツと香貫火さんがやり合うことになったら、この辺り言ったの山々が更地になってしまいそうだ。

 確実に俺も巻き込まれて死んでしまう! 最悪の事態を想定した俺は、奈美を止めるべく目の前に立ちはだかる。

 

「待て! お前が出て行ったらややこしくなる! 俺は巻き添えで死にたくない!」


——ドゴン!!


「ウボォ!?」


 俺が奈美を止めようと叫ぶと同時に、俺のボディに深く拳が突き刺さっていた。

 

「訳のわからない事言ってないで、どきなさい」

「み、実さん!?」


 俺は言葉を発する事もできずに、床に突っ伏すはめになり、そんな俺を心配した紅歌ちゃんに介抱されるのであった。

 

  +++++

  

 車の中から様子を伺っていた男は、怪訝な表情を浮かべていた。

 

(どうにも覇気を感じんな……。身体はそれなりに鍛えているように見えるが、あれで香貫火と渡り合っただと? しかも力場フィールドも確かに感じん……)


 男は、車の窓越しに、どこか頼りなさそうな男性を訝しげに見つめていた。

 

(とても、紅歌が即座に惹かれたと思える様な雰囲気はないな。どういうことだ?)


 男が思案している内に、男性は家の中に引っ込んでしまう。

 しばらくすると、ドアからは紅歌とは違う女性が出てきていた。

 

(……ふむ、只者ではないな)


 男が、女性を鋭い眼光で見つめていると、香貫火と男に呼ばれていた女性が動揺している様子を見せたことに気付く。

 

(香貫火が、あれほど狼狽えるとは何事だ? ……儂が出てみるか)


 香貫火の様子に異変を感じた男は、車の扉を開け、外に出てくる。

 その姿は、大柄で服の上からでも分かる程に鍛えられている。だが、どこか珍妙にも見えるのは、この季節の山に来るには些か寒いであろう、甚平に似た和装であるからだろう。

 

「どうしたのだ、香貫火?」

焰軌えんきさま……」


 男が香貫火に声を掛けると同時に、目の前の女性から鋭い眼光を突きつけられる。

 

「あなたが、もしかして紅歌ちゃんのお父さんかしら?」


 男は、その鋭い眼差しを向けてくる女性を見た途端、目を見開いた。

 

(この、特徴的な琥珀色の瞳と、右目の泣きぼくろ……まさか……)

「……そうだ。私が紅歌の父、陽ノ下焰軌ひのもとえんきだ。……おぬしは?」

「私は、片瀬奈美かたせなみよ。正直言って部外者なんだけど、紅歌ちゃんに肩入れさせてもらうわ」

「部外者か……。おぬしの親はどうしておる?」

「? なんの話? 紅歌ちゃんを連れ戻しに来たんじゃないの?」

「……連れ戻しには来ておらん。不動実ふどうみのりを見定めに来ただけだ」

「見定めって、どうするつもりかしら?」

「男親が、娘を誑かした男を見定めるなど、この拳以外にあるまい?」

「……なるほど、そりゃそうね。それなら文句はないわ」

「おぬしのことは、まずは娘を誑かした者を見定めてから聞かせてもらおう。では、不動実ふどうみのりに会わせてくれるかな?」

「……なんで私のことを知りたいのか知らないけど、まあいいわ。ちょっと待ってなさい」


 女性は、少々納得のいかない表情をしながらも、その男を呼びに家の中に入っていった。

 

「……焰軌さま、あの方は……」

「うむ……、焰奈美ほなみかもしれん……。あやつらは立派に育ててくれた様だ」

「はい……、とてもご立派になられておりました」


 香貫火と呼ばれた女性の瞳からは、一筋の涙が流れ落ちていた。

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