第33話 駆け出しの悪魔
じめじめとした洞窟のような雰囲気を感じさせる通路。稀に大きな空洞のような場所があったり、綺麗な鉱石が天井にあってそれが綺麗に光っている。
外の世界とは全く違う、閉ざされている異世界と言い変えることも出来るかもしれない。
フェイが辺りを微かに見渡しながら歩く。自由都市、世界最大級のダンジョン。どこまで続いているのか誰も知らない。世界の裏側まで続いているとさえ言われているその場所。
そこの魔物は外の世界とは全く別物であり、倒せば魔石などをドロップして消えてしまうらしい。
「なにも来ないか……どうした? まさか俺に物怖じするわけでもあるまい」
来い来い、来いとフェイは特大の獲物が来るのを願っている。だが……
(……あれ? 全然なにも来ないんだけど?)
約一時間ほど歩き続けたが何とも遭遇をしない。この身は主人公であり、トンデモナイ相手と対決をするのが基本であるというにも関わらず何も起きない。
「……」
全然、何にも起こらない。だがようやく眼の前にゴブリンみたいな魔物が現れる。緑色をしている気持ちの悪い人型生物。
「がうぇあ!!!」
「……ふん、吠えるだけか」
鋭い口内の牙をフェイに向けるが、ゴブリンは気付けば自分の頭と胴体が分かれていることに驚愕をする。
「gwげあ?」
「……遅い」
灰のように消えて、そして一つの魔石がポトリと落ちた。それをフェイは拾って懐にしまう。初めてダンジョンの魔物を倒したというのに彼の顔は不満そうであった。
(おいおい、俺は努力系主人公なのに……こんな敵しか来ないって……どうなってるんだ。もっと、凄い奴と戦いてぇよ)
(主人公だぞ、俺は、たかだがゴブリン一匹討伐したからなんだって言うんだ。もっと滅茶苦茶凄い奴来るよね?)
(もう、一時間くらい歩いているよ? 正直、全然マッピングとかしてないからどこいけば良いのか分からないし。まぁ、主人公だからな、何か待って居れば来るだろう)
そう思いなおしてフェイは歩いて歩いて、歩き続けた。だが、ゴブリンゴブリンゴブリン、偶に色違いゴブリン。全然、主人公っぽいイベントがこない。初めてのダンジョンだというのに、これではそこら辺のモブキャラと変わりないじゃないか! とフェイは激昂をし始める。
だが、それも必然であった。何も特別な事が起きないのは当然であった。この世界は彼を中心になんて回っていないのだから。ダンジョンだってイレギュラーこそ存在するがそれだっていつでも起こるわけではない。
原作と言う絶対的な運命がそれを起こしたり、ただ単に世界の設定がそれを起こしたりする。
それを無理やりに引き寄せることはフェイには難しい。何故なら所詮、フェイは噛ませのモブキャラなのだから。
今まで彼にイベントが多く起こりえたのは偶然が一割。そして、アーサーとトゥルーメイン主人公が近くに存在していたから。
勿論、フェイと言うキャラ自体にもイベントは発生する。だが、それがこの自由都市において何らかの因果を繋げるという事の理由付けにはならない。
彼は主人公なんて、大層な存在ではないのだから。
迷って迷って、彼は只管に歩く。だが、彼にはゴブリンだけ。身構えているときに困難は起こりえない。
だが……もし、彼の側に主人公的な存在が居たのであれば話は変わる。
「あ! アンタはあの時の!」
フェイの後ろから声がする。綺麗で清廉だが強気な物腰が感じ取れる女性の声が。フェイが振り返るとそこには先ほどフェイに偶々ベタにぶつかってきたアリスィアの姿があった。
「……貴様か」
「アンタも冒険者だったのね! 丁度いいわ。さっきは……なんでもないわ……私の名前はアリスィア! アンタは何て言うの!」
「答える義理はない」
「え? なによ! ビビッてるの!?」
「っち……」
「ひぃ!」
フェイが舌打ちをすると、フェイの迫力にビビッて彼女は微かに引いた。どこぞの金髪鈍感イケメンメイン主人公のようにフェイに苦手意識を持ってしまったのかもしれない。
「フェイ……」
「え……?」
「……フェイ」
「あ、アンタの名前?」
「それ以外に何がある」
「そ、そう……よね。コホン、私はこの世界で一番、凄い存在だから名前は覚えておいた方がいいわよ!」
「……」
「あ、また無視! 柄悪いわね! まぁ、ほぼ初対面だから普通だと思うけど……ねぇ、アンタ二階層への道知らない? 全然道が分からないくてさっきからグルグル回ってるの」
「……自分で考えろ」
「なによ! 教えてくれてもいいじゃない! あ、もしかしてアンタも知らないんでしょ!」
「……さぁな」
捨て台詞のように呟いてフェイは再び道を歩き始める。アリスィアは何とも言えない気持ちになるが、自分と同じようにソロであるフェイに興味が湧いたのか後をつけた。
「アンタ、ソロ?」
「見たまんまだ」
「そ、そう……なんでソロなの? もしかして……いつも一人なの?」
「質問が多いな。何故俺がそれに答えなくてはならないのか意味も分からんが……まぁ、いい。己を鍛える為だ。それに煩わしい空間はあまり好まん」
「へ、へぇ」
「そうだな……あとは確かに一人で行動することは多いな」
「あ、アンタもそうなんだ! 私もそうなの!」
「……知らん」
彼女との会話をぶった切ってフェイは進み続ける。フェイは空気を読むなんて器用な事があまり得意ではない。
彼女もずっと一階層で一人で動き回ったせいかどうしていいのか分からない。だから、取りあえずフェイの後をつける。
「アンタ、駆け出しなんでしょ? ソロで大丈夫なの?」
「いらん世話だ」
「ふーん、まぁ、私クラスの才能の持ち主ならダイジョブでしょうけどアンタは誰かと一緒の方がいいわよ! 何て言っても私は世界最高の英雄みたいな勇者みたいな存在になるんだから!」
「聞いてない」
「ちょっとは聞いてよ!」
「俺じゃない奴に聞いて貰え」
「わ、私、友達とか……居ないのよ……ちょっと、寂しいって言うか……」
アリスィアは微かに弱音を吐いてしまった。自分と同じでボッチで孤独、同年代のフェイを見てついつい本音が漏れてしまった。
だが、そこまで言って彼女は弱音を吐かないという自分の掟を思い出す。
「……」
「はっ! う、嘘よ! 友達なんていらないから! 作らないだけ! 今こうやってアンタに話しかけてるのも暇つぶしなだけなんだからね!」
「……それで? なぜ、お前はここに来た?」
「え……? あ、そ、その……」
(きゅ、急に質問してきたわね……自演するお人形さんくらいしか質問してくれる人居なかったからちょっと緊張してきた)
「ま、まぁ、軽く英雄とかなって全世界に私の存在を認めさせてやろうという感じ? そうね、あとは……兄を探したりみたいな」
「そうか」
「ええ、そ、そうよ。私みたいな存在からしたら、この都市の冒険者なんて、有象無象だろうけど、足掛かりくらいにはなるでしょうね!」
「大した自信だな」
「私、才能あふれてるから当然よ」
彼女が胸を張りながら自慢げに呟いた。その行為に嫌味を感じることはない、フェイも自然と彼女の決意と心情を受け入れていた。どことなく根拠のない絶対的自信、ただ、自分は特別だから凄いのだと信じてやまない
その在り方にどことなくシンパシーを感じたのかもしれない。アリスィアが自信満々にしていたその時、当然大きな地震が起こる。
「うわぁぁ!!」
「……」
「と、止まったわね……なんか、最近地震多いわね……ね、ねぇ、アンタもそう思わない?」
「……」
(なんなの……この物凄い集中力は……今までの意図的な無視とは違う。本当に己の世界に入り込んで私に気づいてない)
「……」
「あ、無視して進まないでよ……」
フェイが再び歩いて行く。二人で只管歩き続ける。だが、二階層への道がなかなか見つからない。
「ねぇ、まさかとは思ったけど……アンタ道分からないでしょ?」
「……」
「はぁ、だと思ったけど……大分時間喰ったわね。多分だけど外は夕暮れよ。今日の所は帰った方がいいんじゃないかしら?」
「……まだだ。何かがきっとくる」
「何かって……そんな訳分らない事急に……ッ!!?」
急に血の匂いがした。ごくりと彼女は唾を飲む。二人が足を止めた場所は空洞。丁度良い広さがあって、もし何が来たら戦えとでもいうような場所。
「あ、あああ、やばい……に、逃げないと……」
「……そうか、ならお前は逃げてろ」
「ば、ばか、そんな事言ってる場合じゃないわ。絶対、近くにヤバいのが来てる」
「……だろうな」
「だろうなって……ヒぇ……き、来た」
トカゲのような頭と身体、だが成人男性くらいの大きさがあり二足歩行で手には一本の剣を手にしている魔物。リザードマンだった。剣には生々しい血が付いており今さっき誰かを仕留めた魔物であると一瞬で二人は理解する。
そして、本来なら遭遇しないであろう魔物を見て、アリスィアが自己嫌悪をした。ダンジョンは下に行けば行くほどに魔物は強くなる。
だが、一階層にリザードマン。しかも人間の使う武器を操る魔物が居るはずがない。
(に、逃げないと……い、いや、ダメよ、私が逃げたらコイツが……それに弱音は吐かない、私は強くなって認められる!)
「……逃げなさい!」
「なぜだ?」
「わ、私、昔から厄介事を引き寄せる体質なの……巻き込まれ体質って私は呼んでて、それで、だから……私があれを呼んだから私が倒すわ……」
「ククク」
「何で笑うの」
「これは……お前が引き寄せたんじゃない……俺が引き寄せたんだ。これを待っていた」
刀を抜いた。ぎらぎらとした眼をリザードマンに対して向けてロックオン、狙いを定める。
本当なら、ここでアリスィアがリザードマンに腹を刺されて大量出血をして死にかける所を男性版ヒロインの一人に救われるのだが……
対峙したのはフェイであった。
「初ダンジョンで、この相手か……それでいい。それでこそ……」
「シュルルル……」
フェイが眼で威圧をして、相手の注意を引く。アリスィアも剣を抜こうとしたがその威圧に手が出せなくなってしまった。
まず動いたのはリザードマン。涎を垂らしながらフェイに剣を右側から左へ切り込む。
「……遅い」
――波風清真流中伝、
横からの太刀を刀で受け止めて、そのまま刃同士を滑らすように相手に近づき、体を下へ下ろしつつ刃を下ろして切り込む。リザードマンの振っていた剣は空を切り、更にカウンターで右目から首元を斬られる。
「ガァァぁ!!!」
「……どうした。その剣は飾りか?」
「ガァァがかかかああぁぁ!!」
言葉こそ通じないがフェイの心情は伝わっているのかもしれない。おいおい、まさかこの程度ではないだろうと言いたげな明らかな挑発。
人間というちっぽけな種族から、魔物への意思表示。
それはしっかりと到達した。
「……魔物でも星元を使えるのか」
「がぁぁぁああ!!!」
速い一撃、が重なり合って怒涛の剣のラッシュと化す。野生の本能的な剣術、それらを捌くがやはりフェイの課題である星元操作が不十分。身体能力で一歩出遅れる。
「……」
体の至るとこを捌ききれなかった梅雨が弾いて血が流れていく。その度にフェイの口角が上がって行くことにアリスィアは気付いた。
(こ、怖い……これが、駆け出し……なの? これが冒険者なの?)
「ククク、上出来だな。これが一番最初とはなッ。面白いッ」
「があぐぁあああ!!」
嗤って、嗤って、血を流す。恐怖である事だろう。リザードマンもアリスィアも軽く引いていた。
リザードマンは眼の前の人間はヤバいと本能で感じた。一刻も早く殺して逃げないと。
頭のいいリザードマンはずっと人間を偶に喰ってはダンジョンの低階層で息をひそめていた。偶に襲い、稀に喰らい。ずっと隠れて己の存在を悟らせなかった。ただの事故として誤認させて、まさか低い階層に上位の魔物など居ないであろうという油断をついていた。
誰もがリザードマンを見たら慌てる。そのはずなのに、マッテイタ。お前をウケイレル。異常にもほどがあった。
リザードマンが更にギアを上げて、フェイを喰らおうとする。だが、喰い下がられた。
そして……ある程度の戦闘を経験値としたとフェイが確信をした。
「使うか……」
右手極大の星元が集中していく。そして、音が消えた。少なくともリザードマンにはそう思えた。
「それなりに楽しめた……痛みは一瞬だ」
「gぁ?」
首が飛んで灰と魔石が残った。アリスィアの眼には満足そうに嗤って居る悪魔の姿。手は人間の者でない程、赤黒く折れて、砕けて大怪我をしている、異形の手に見えるのに。
悪魔に見える人間と言うより、人間に見える悪魔。
アリスィアにとってちょっとトラウマになった。
「君達! 大丈夫か!」
「大丈夫!?」
そこへ、イケメンとイケメンに似た特大の美女の二人組が現れる。きっと二人は血縁関係であると普段なら分かるが、フェイは勝利の余韻に浸っていて気付かない、アリスィアからしても、もうそれどころではない。
ここから、『英雄円卓記』の外伝ストーリー、外伝主人公『アリスィア』の物語が始まったのであった。
◆◆
ダンジョンに潜っているのに何も起こらない。俺は主人公であるというのに、一体全体どうなっているんだ!?
と思っていたらさっきの美女が……俺と関わり合うって事はもしかして、それなりのキャラかもな。
それに凄い話しかけてくる。もしかしたら、ヒロイン……でも、マリアの気がするんだよな。
「わ、私、友達とか……居ないのよ……ちょっと、寂しいって言うか……」
ボッチか……。仕方ない少しだけ、話してあげよう。クール系だからさ、あんまり期待しないでね?
ふーん、兄を探してるんだ。ふーん。
と思っていたら地震が!?
「と、止まったわね……なんか、最近地震多いわね……ね、ねぇ、アンタもそう思わない?」
自信満々の話をしていたら地震! 韻を踏んでるな……韻を踏むってやっぱり大事だよな。
主人公の技って思わず口遊みたくなる感じが好ましいからな。あ、重要な事を考えこんでてこの子の話聞いてなかった。
何のイベントも起こらず……だが、俺は知っている。努力系主人公である俺には何かイベントがあるはず、初ダンジョンだからな!!
と思っていたらトカゲ!!
強そう!
ん? このトカゲは私が引き寄せただって? おいおい、アリスィア面白い冗談じゃないか? ハハハ。
俺が主人公だから、俺が引き寄せたに決まっているだろう?
さてさて、やるか……戦闘開始!
折角の獲物だ。ある程度、打ち合いたい。新技もあるが、素の対応力を鍛えたいしな。その結果として血を流しても問題はない。
はいはい、血が出ますと。
ある程度、打ち合いますと。さて、新技で決めるか。
技名決めてないな。
今度決めよう。
でも、使用した後に腕が人間の腕じゃないくらいボロボロになるからな。悪魔の右腕。デーモンハンドとかいいかも。
まさかとは言わんが、フェイパンチなんてだっさい名前を付けるパンダは居ねえよな?
アーサー……俺は忘れていないぞ。何故か俺の技がスネークアタックとフェイパンチというダサすぎる名前になっていることをな。
トカゲを倒したら、なんかイケメンと美女が……い、一体何者なんだ!?
◆◆
日記
名前アリスィア
本日、初の自由都市のダンジョンに入った。世界最大級のダンジョンで他のダンジョンとは違うらしいのだが、私なら大丈夫であろうという意識だった。
私は自分自身に自信を持っている才能があると理解をしている。だから、余裕だろう、そんな気分でダンジョンに入った。
あのガラの悪い男が居た。ついつい、いつもの感じで謝ることが出来なかった、ごめんなさい。
凄い冷たい感じだけど、質問してくれたのは嬉しかった、ちょっと好印象……で終わりたかった。
あいつ、怖い……
血流して、笑ってる。右腕可笑しいくらい大怪我してるのに気にも留めない。化け物過ぎる。怖い怖い怖い。
あれが駆け出し……? マジ? あれが? 初めてのダンジョン探索?
ごめんなさい、ダンジョン、冒険者舐めてました。あれが駆け出しなんて、ゴロゴロいて、もっとすごいのが居るなんて……自由都市って魔境だったんだ……。
ごめんなさい、ここの連中、全員私の足掛かり程度にしかならないとか考えてごめんなさい。
ごめんなさい、ちょっと謙虚になります。調子乗ってたら、あの悪魔に分からせられました。
でも、弱気は出さないでこれからも強気で頑張ります。
これから、私……ここで頑張って行けるのかな……心配……いや! 頑張る!!! 弱気は出さない!!!
そう言えば、あのリザードマンの後に美男美女の二人組と話したけど、フェイのイメージ濃すぎて全然覚えてない。
次の日記に書くことにする、眠いから寝る。夢にあの悪魔が出てきそうでちょっと怖いけど、おやすみなさい。
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