第17話 トゥルー聖騎士辞めるってよ

「それで、どうでしょうか? フェイ君の腕は」

「うーん、これはこれは……あらあら、骨が折れてるだけじゃないね。砕けてる……どうしちゃったの?」

「アビスの攻撃を二回受けた」

「ふーん。痛いんじゃない? と言うか絶対痛いでしょ、うわぁ、すっごぉ!」



 紺色の髪に赤い眼で眼鏡をかけた女性が白衣を着て椅子に座りながら、赤黒く腫れているフェイの腕を見て興奮している。彼らが居る部屋はまるで学校の保健室のようであった。


 円卓の騎士団本部。別名円卓の城と言うべき場所の一角にある医療室。


 そこにユルルが腕を無理やり組みながらフェイを連れてきたのだ。




「エクター先生!」

「悪い悪い。でも、僕も正直本当に驚いてるんだぜ? だって彼、全然痛がってないんだもん」

「でも、早く治してください!」

「わかった、恋人の事だからって焦るなって」

「こ、恋人!?」



 エクターと呼ばれた彼女はクスクスと笑いながら、腕に治癒の魔術を行使する。彼女が使うのは四属性から外れた固有属性オリジン


 みるみるうちにフェイの腕は回復をした。元から怪我など無かったかのように。



「ほいほい、出来たよ! それにしても、君、全然痛くなさそうだったね! 僕もビックリだぜ!?」

「……この程度、一々口に出すほどでもない。だが、手間をかけたな」

「いや、面白いな、君。かなり激痛のはずなのに……痛覚ないの?」

「ある」

「あっそ……まぁ、いいや。それより……君、良い体してるね? ちょっと服まくってよ」

「……なぜ?」

「そ、そうです! そんなハレンチな……」

「おいおい、僕が治してあげた恩を忘れたのかい? 確かに僕はここで医療をする事を定められた聖騎士だ。でもでも、多少のギブアンドテイクだって必要だと思わないかい?」

「……まぁ、良いだろう」



やれやれ仕方ない、確かに恩はあるからなとフェイは服を上げた。そこにあるのは白く、そしてシックスパックに割れた見事な腹筋。その腹筋は毎日の逆立ち王都周回による成果でもある。


誰よりも主人公らしいシックスパックを目指した彼の発展途上の筋肉。発展途上ではあるが、それは常人の腹筋ではなかった。


「うへー、すげぇ。色んな団員の体を見て来たけど。流石の僕もこんなのは久しぶりに見たぜ」

「あわわわ……」



エクターは驚き、ユルルは手で顔を隠して見えてないと言う感じを出す。指の隙間が少し空いてるので見えてはいるが……



「ちょっと、触るね。うお、なんだこりゃ、かってぇ笑。なにこれ笑、受けるんだけど笑」

「……」

「へぇ、ユルルちゃんは触らなくて良いの? 恋人でしょ?」

「ち、違います! 師匠です! あ、あとそれ以上触るのは止めてください! フェイ君にはまだ刺激が強いですから!」

「いや、刺激が強いのは君じゃない?」



ユルル23歳。未だに生娘。剣しか握って来なかった彼女には少々、刺激が強いようだ。


「ふむふむ、いや、それにしても固い。何をどうやったらこうなるの?」

「ただ単に訓練しただけだ。それともう終わりだ」

「あとちょっと! うぇ、これはこれは……ユルル師匠ちゃんは触らないの?」

「え?」

「だって、弟子の体を管理のするのも師匠の役割でしょ? 色々とチェックしてあげなきゃ」

「あ、いや……私は、そんなハレンチな」

「こんなのどこの師弟もやってるよ」

「え? そ、そうなんですか?」

「寧ろやらなきゃ師弟じゃないね」

「そ、それなら……し、失礼しますね。フェイ君」



興味が実はあったと言わんばかりで、ユルルは人指し指の先でフェイの腹筋を触る。



「あ、これ、凄く硬い……こんなに、なっちゃうんだ……」



指先から徐々に手全体で体を感じるように動かしていくと、彼女の息も少しずつ上がっていた。そして、触り始めてから1分経過。



「いや、ユルルちゃん触り過ぎ」

「え!? あ、こ、これは」

「はいはい、もう良いからね。弟子に欲情する淫乱師匠だったみたいだから」

「ち、違う! 私は違う!」



フェイはぼうっとした顔でこんな事を考えていた。



(……これは、後々の伏線か?)




■◆





 フェイがアビスと戦う任務に派遣をされていた時、トゥルーも同じく任務に派遣されていた。とある村で行方不明になる者が続出しており、その原因を究明する任務だ。


 アーサー、フェイ、ボウランと言う、いつものメンバーではないが、同期で僅かにしか面識のない二人の女の子。そこにベテランの聖騎士一人。四人でトゥルーたちは任務に向かう。



 その二人の女の子は特に話したことはないが、トゥルーはイケメンなので好意を持たれていた。彼が知る由もないが。



 そして、彼らはとある村の近くの森に肉食の魔物が住んでいるのではないかと言う事で、森の調査をすることになった。


 時間は丁度お昼ごろ。だが、その森は日を通さない程に葉の屋根が深く、そして昏かった。四人全員が揃っての調査。



そこで、事件が起きる。急に女の子一人が何処かに連れ去られた。



「きゃああああ!」



叫び声、眼の前で少女が宙を舞う。彼女の足元には白いような、灰色のような根っこが付いていた。



一瞬の出来事だった。大地から大きな花のようなアビスが現れ、花弁が大きな口を開ける。


そして、何かを咀嚼するような鈍い音。


頭が、喰われた。


叫び声はもう無い。だらんと頭がない身体が生気を失う。トゥルーは吐き気を抑えながら剣を抜いた。そして、一瞬で炎を纏わせた剣を振る。灰の根、蔓を無我夢中で切り裂く。



もう一人の少女は驚きで腰を抜かす。ベテランの聖騎士も急いで剣を抜くが、次の瞬間、二人とも宙に舞っていた。



――え?



トゥルーが驚きの声を上げる。その二人の血に染まった、食人花のアビス。それは地下に根付いており一体だけではない。それを冷静に考えられなかった。



結局、彼の実力で全てのアビスを消すことが出来た。



だが、彼の心には大きな歪みが出来てしまった。これはノベルゲーム円卓英雄記でもあった展開でトゥルーと言う少年の大きな試練でもある。



血の光景、それを見て、彼の心が逃げる方に向かって行く。自分が救えなかった命。これから、ずっとこんな光景を目にするのなら。


『村が滅びて、母や妹が死んでしまい、そんな目に遭う人を無くしたいと考えていたのに……だが、これでは……』


彼にはニつの選択が迫られる。


『もうやめよう、このまま聖騎士をやってもしょうがない』

『やめるけど、最後にいつもの訓練場所を見に行こう』


上を選んだなら、彼はもう聖騎士の道を諦め、それ以上の事は何も起こらずに彼の物語は終える。



■◆



 トゥルーはいつもの場所に来ていた。もう、これ以上あのような光景は見たくはないが、それでも自身が辿ってきた道を最後にもう一度だけ見たかったのだ。


 風が吹いている。


 夕暮れ。赤い夕陽、冬に近づいている冷たい風。


 彼の心にその冷たい風が吹き抜ける。もう、逃げたい、と言う感情しかなかった。あんな光景からもう逃げたい。ただ幸せな世界を見ていたい。


 逃げて縋るように向った場所。眼は虚ろの彼が僅かに眼を見開く。


 そんなトゥルーは虚ろな目で誰かに気付いた。


 黒い髪、黒い眼。彼が一番苦手であった戦士。フェイだ。


 本当であるのなら、ここに居るのはアーサーであった。だが、現実に居たのは彼である。



 フェイにとって、この場所はいつもの場所。特に意識をすることなく自然と彼はここに居る。


 フェイは背中を向けていたが、トゥルーに気づくと剣を振るのをやめた。そして、僅かに振り返る、トゥルーには彼の横顔が見えた。


「……何のようだ」

「大した用じゃない。最後にここを見ておこうと思っただけだ……聖騎士をもう、辞めるからな。最後に見ておこうと思っただけだ」

「そうか」



去る者を追わず。そもそも興味ない、トゥルーにはそんな風に言われているような気がした。


「……お前はこのまま戦い続けるのか」

「愚問だな」

「……なぜ、そこまで出来る。僕とお前の何が違う」



トゥルーは聞いていた。フェイが同じようにアビスとの戦闘を体験していることを。だが、彼は自分のように死傷者は出さなかった。それだけではない。彼はマリアに気にかけられている。孤児院の中で特別扱いをしない平等なマリアがである。さらにレレもフェイにトゥルーとは全く違う感情を向けている。



なにが違う。眼の前の男と自分の何が違うと言うのか。トゥルーにはそれが分からなかった。





即答。フェイはトゥルーに答えを教えた。



「俺には何が何でも、最後の一人になっても進み続ける覚悟がある。それがお前と俺の違いだ」

「……」

「なにがあったのか知らんが、貴様が選んだ道だ。横にそれようが、曲がろうが、逃げようが勝手にするといい。それをどうこうする権利も理由も俺にはない」

「……」

「だが、お前の質問に答えてやったのだ。俺にも一つ聞かせろ」

「……?」

「その道の先にお前が求める物はあるのか?」



――ゾクリとまたあの恐怖が蘇る。



心の奥底を見透かされているような、そんな恐怖。何を見透かされているんだとトゥルーは慌てる。そして、自身をそこで振り返る。



(……僕が、求めていた物)



母と妹、二人を彼は守れなかった。だから、強くあろうとした。これ以上誰かを同じような酷い目に遭わせたくなくて。


だから、彼は剣を取った。だが、その剣を置けばこれ以上の道はない。それを彼は理解した。



「……」

「答える必要はない、あとは好きにしろ」



もう、フェイがその眼を向けることはない。ただ、トゥルーは完全な敗北感を味わった。


――格が違う


己を超越し、超越し続けてきた男の声、信条、信念。それは異常なほどに、格の違いを感じさせる。


トゥルーが怖くて、ずっと監視のようにしてきたからこそわかる。言葉の重み。覚悟の強さ。


それを見せられた後に、辛いからと、もうあの光景を見たくないからと自身の願いを捨て逃げようとしている自身を彼はどうしようもなく恥じた。




そのとき、そう言えばと思い出したかのようにフェイがトゥルーの方を向いた。そして、木剣を投げる。


「最後と言ったな。少し付き合え」

「……あぁ」



一瞬で二人は交差する。剣戟が始まる。星元を使わない純粋な勝負。そこで、フェイが負けるのがいつもの事だ。



だが、今日は違う。信念を無くしかけた迷いがある者に対して、フェイの剣が鳩尾に叩き込まれた。



「――かはッ」


(コイツ、以前と全然違う…………それに比べて、僕は)



「そうか。それが今のお前か……」



これ以上、何も彼は言わず、トゥルーを見ることなく、剣を振り続けた。それを見て、歯を食いしばりトゥルーはその場を去る。



(僕は、僕も……理想を捨てて、たまるか……)



僅かに彼は覚悟が決まった、逃げるのではなく背負って先に進むと言う覚悟が。


離しかけていた願いと剣を彼は再び握る。



■◆




カルテ1

患者 トゥルー

症状……鬱イベントにより、精神弱体化


鬱展開によって、精神的にまいってしまう。本来であればアーサーと話して、彼女との共通点を見つけつつ、互いに友情が生まれて、泣きながらも立ち上がるはずであった。


しかし、アーサーはその場に居なく、代わりに居たのはフェイ医師である。フェイ医師の的確な助言と、魂のこもった鳩尾への一撃によって精神を回復し、僅かにだが覚悟を決めた。


『結果』フェイ医師によるソードバトル荒治療により、鬱によって精神が衰弱していた主人公トゥルーの施術に成功。




ユルルジャーナリスト

『フェイ先生。今回はどうして、急に荒治療を?』


フェイ医師

『夕焼けで、落ち込んでいるのでこれは主人公がモブキャラを元気づけるイベントであると判断しただけだ』


ユルルジャーナリスト

『これはかなりの荒業でしたね? 一歩間違えば喧嘩になってたかと』


フェイ医師

『夕焼けの中で殴り合って分かり合うみたいなのはよくある事だ。それに俺は主人公だから失敗はあり得ん。だが、これは現実でしてはならん。異世界のノベルゲー主人公の俺だから許された事と言えるだろう』


ユルルジャーナリスト

『なるほど。おかげでトゥルー君も回復した様です。……わ、私も先生に施術、お願い、しようかな? 優しく、して欲しいけど……』


フェイ医師

『その時が来ればしよう……』


ユルルジャーナリスト

『お、お願いしますね……?』


フェイ医師の内面

(ん? 戦闘イベント伏線か?)





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