第2話 復讐者

 トゥルーとの決闘の後、俺は目を覚ました。医務室のベッドの上、頭は包帯が巻かれている。そして、隣にはシスターであるマリアが俺が目を覚ますと嬉しそうに笑顔を向ける。


 可愛い、やはりヒロイン枠か? 


 そして、体が痛い。まぁ、あれだけボコボコにされたから当然である。トゥルーにあんなにボコボコにされるとは。


 あそこまでボコボコにされた。木っ端みじん。手も足も出ない。しかも、覚醒も起こらなかった。主人公であるのかと疑問になってしまう程に、無様であった。


 あ、あれ? 俺主人公だよね……僅かに不安がよぎる。だが、その時、またしても頭に電流が走る!!



 ――あれは、意味のある敗北だ。だって、主人公なのだから。


 そうだよ! 前向きに考えよう! ノベルゲー世界の主人公だぜ? 人気投票でも俺は1位なんだぜ? だったら、あれはちゃんと意味がある。この世界に俺がしたことが無意味になることはない! だって主人公だから!



 だとすると……考えられるのは一つ。あれは主人公の覚醒イベントでは無くて、もっと違うイベント。


 つまり、主人公専用負けイベントであったのだ。


 そっちかー。主人公である俺も流石にそれは初見では見抜けなかったぜ。まぁ、ああいうのは後々、伏線になったり、強化の足掛かりになったりするから無駄ではないと考えて、この怪我も良しとしよう。




 トゥルーとか、あれ絶対カマセキャラだな。そういう匂いがするんだ。



「フェイ? 大丈夫?」



 考えていると美人シスターマリアが覗き込む。心配そうに不安そうに、いい奴だなぁ。


『大丈夫です、気にしないでください』


 安心させるようにそのように言葉を発する。だが、


「無論だ。この程度、かすり傷」

「そ、そんなことないよ! フェイ!」



やはり、上から目線翻訳をされてしまう。きっとフェイと言うキャラはクール系主人公なんだろうなぁ。


ごめんね。マリア、年上なのに。でも、クール系主人公の上から目線は基本だから。



「ねぇ、フェイどうして、急に剣を振り始めたの?」

「どうして、か……」


うーん、主人公だから今の内から鍛えておこうと思って……。等と言えるはずもない。


まぁ、でも、強くなるためだよな……。ノベルゲームがどんな構造なのか、完全に把握をしていないが、逢魔生体アビスとか言う化け物が居るんだろ? だったら、多分これを倒す感じだと思うんだよね……。


だから、強くなるため……ただ、これだけだな分かりやすく言うと。あとは逢魔生体アビスを倒すようにするため



「高みを目指すためだ。そして……逢魔生体アビスを俺が滅ぼす」

「――ッ……」



マリアは欠伸をしたいのか、それとも驚いてあんぐりと開けてしまった口を隠す為なのか、美しい手で口元を隠す。


それにしてもちょっと盛ってるような、発言になってしまったなぁ。でも、きっとそれが何だかんだでゴールであるような気もする。


主人公は壮大な目的は基本だし。



「そう……まだ、あの時のことを……いえ、ずっと一人で……まだ、覚えているのね。両親が居なくなってしまったことを」



え? あー、なんか心配してくれてるけど、憑依する前のフェイって言うキャラの心配なんだろう。申し訳ないが全然俺覚えていないんだよね。憑依前の記憶とか無いし。思い出す気配すらない。


「昔の事は、一切覚えていない。だから気にするな」

「……いえそんなはず……ッ。そう、そうよね」



気にするなと言っているのに、凄い気にしている。あぁ、なんだかこっちがいたたまれないぞ。記憶は覚えていないし、それでもマリアは心配しているし。



「……あぁ、だから無用な心配は不要だ」

「――ッ……そう、そうね。ごめんなさい」

「何故謝る。お前が気にする事ではない」



なんか、凄い気にしてくれてるから本当に申し訳ない。マリアは本当に良い人なんだな……。


「それで、その怪我は大丈夫? トゥルーには私が叱って……」

「いや、その必要はない」

「どうして?」



別に怒ってないし。ああいうのが後々俺にとってプラスになるやなって。知ってるからな。俺にとって意味のないイベントは起こらない。


どっかで、今回のイベントが伏線になってるんだろうなぁ。それに、何だか自身の現状を知れたし、もっと頑張らないと。みたいな闘争心が湧いてきたと言うか。あのトゥルーと言うカマセみたいなモブキャラに負けたこの現状を認めて、俺は先に進もう。



主人公だからな! 常に向上心を持っているのだ! 世界は俺を中心に回っている。あの負けイベントも起きるべくして起こり、誰にも止めることなんて出来なかったんだろう。


結果。俺にとってプラスであったイベントであり、しょうがない



「――ッ。そう、そうなのね……ごめんなさい」


おお、納得してくれたのか。マリアは笑顔になる。そして、あろうことか、俺を抱きしめた。柔らかい胸に顔がうずまる。お、おい……前世から童貞の俺にはそれはきついぜ…‥



「大丈夫。私がどこまでも一緒に居るからね……フェイ……愛してる」



耳元で囁く。その声ヤバい。耳溶ける……。良く分からないが、雨降って地固まる的な感じなのかな?


それにしても、柔らかい。ドキドキする。童貞心の俺にはどうしていいのか分からず、体が固まっていた。マリア、優しくて美人でいい匂いもする。しかも、俺を抱きしめてくれるなんて……。主人公が孤児出身で孤児院を取りしまるシスターがヒロインって割とよくある話だよな?



――やはり、マリアはヒロインなのかもしれない



■◆



 ボロボロになったフェイの側で一人の女性が心配そうに眺めている。ベッドの上のフェイの手を握り、まだ目覚めないのかと、不安を募らせ、願いにも似た、祈りを神にささげた。


 彼女の名はマリア。元は聖騎士として活動をしていたが今では孤児院を立ち上げ、孤児たちの面倒を見るシスターである。ノベルゲーム円卓英雄記ではメイン主人公のトゥルーの育て親。そして、ルートを辿ればヒロイン枠にも該当する。


 身寄りのない子、恵まれない子を、そんな子達を彼女は保護している。そんな彼女も逢魔生体アビスによって彼女も両親を失い身寄りが存在しなかった。飢餓に苦しみ、だが、様々な人の支えもあって彼女は生きながらえてきた。


 その時の自身の経験、そして、聖騎士として活動をするうちに人の笑顔に触れていき、彼女はもっと誰かの為にと思い立ち、自分に出来る事を探した。その結果聖騎士を若くして引退し孤児院を立ち上げることになる。



 子供の笑顔を守りたい。そんな願いからこの場所は作られた。だが、現状はどうだろうか。フェイと言う少年は怪我をし、笑った事はない。今まで一度も。



 マリアにとってフェイは苦手な少年であった。誰に対しても横柄な対応、誰もが心を開くマリアにも心を開くことはなかったからだ。


 自然とマリアもフェイと距離をとってしまっていた。


 誰もを平等に出来なかった。マリアの失態でもあった。


 だが、そんなフェイと言う少年はある日を境に大きな転機を迎えた。全てが変わり、そして、あの決闘へと向って行く。フェイはサンドバックの様にされた。大けがに近い物をおった。


 だが、なんとか、治癒系のポーション、薬などを使い傷を完治させたのだ。あとは、目覚めを待つだけ、その間、マリアは只管に考える。何と声をかけるべきか。


 フェイが目覚めた。彼女は精一杯の笑みを向けて、彼に語り掛ける。


(フェイ……大丈夫なのかな)


「フェイ、大丈夫?」

「無論だ。あの程度のかすり傷」

「そ、そんなことないよ! フェイ!」


(あれが……かすり傷? そんな事あるわけがない。でも、嘘を言っているようにも見えないし)


彼女からすれば、一気に不気味な存在に変わってしまった。余計に近寄りがたいような気もする。だが、知らないと、自身はシスターそして、この子は孤児なのだから。


「ねぇ、フェイ。どうして、剣を……」


彼女は聞いた。少し考える素振りを見せて、彼は語る。


「高みを目指すためだ。そして……逢魔生体アビスを俺が滅ぼす」


その時、マリアはハッとした。ピースがパチッとはまり全てがつながった様な気がしたからだ。


 そうだ、この子も私と同じで両親をアビス殺されて……そしてここに来たんだ。と


(もしかして、剣を急に握った理由は騎士になる為……? 両親の仇を討つため? そうか、この子は私と同じ……復讐者アベンジャー。化け物に殺された両親の無念を晴らそうと……)



(それをずっと抱えていたのね。でも、きっと復讐に身を堕とすのか、どうするべきかフェイは迷っていた。きっと怖かったのね。その道を選ぶことが……嘗ての私のように)


(だから、ずっと他者との関りを無理やり持とうとしていた。不器用だから関係性は構築できない、理解は、私も、孤児院の子達も出来なかったけど……ずっと一人で、本当は誰かに止めて欲しかったのね)



 嘗ての彼の孤児院での横柄な態度をそう結論付ける。マリア。


自然と彼女は、過去を思い出す、彼女も復讐に生きて来た。だが、彼女は騎士として活動していくうちに仲間が友が、救われ子達からの感謝があった。だから、復讐ではなく、救う道を選んだ。


周りの仲間が復讐を自分の傷つけることを止めてくれたのだ。


「そう……まだ、あの時のことを……いえ、ずっと一人で……まだ、覚えているね。両親が居なくなってしまったことを」

「昔の事は、一切覚えていない。だから気にするな」


 

(覚えていない? そんなはずはない。私は……この子に悲しいウソを言わせてしまった……)


彼女は自身を恥じた。ただ只管に、そんな噓を彼に語らせてしまった。何という事をしてしまったのだろうかと……


「……あぁ、だから無用な心配は不要だ」


だが、フェイは何てことないような顔で彼女に語り掛ける。それがマリアにとってまた一つの驚きであった。


「――ッ……そう、そうね。ごめんなさい」

「何故謝る。お前が気にする事ではない」


――フェイ、貴方は……


(私が失言をして、自身を責めていることを感じて。それが分かったうえで気にするなと。また嘘をついている……)


いつの間にか、この子は変わった……いや、違う。一人になる覚悟が出来たんだと彼女は悟った。復讐の道に歩く覚悟が。闇の道を歩く覚悟が……。


(私には分かる。嘗て、復讐者であった私には……)


(人を頼るではなく、己で切り開くつもりなのね……ずっと不器用に関わりを求めて。でも、誰も理解をしてくれないから。止めて欲しいと何度も助けを求めることをやめてしまった)


「それで、その怪我は大丈夫? トゥルーには私が叱って……」

「いや、その必要はない」

「どうして?」

「――ッ。そう、そうなのね……ごめんなさい」



――この子は一体どこまで……


三度、彼女は戦慄をした。


(今まで、自分のしたことに報いを受ける為に、敢えて、孤児院たちの前で醜態をさらした。派手にやられ、怪我をし、そうすることで遠回しに今まで酷いことしてしまった孤児たちへの懺悔をした)


(罰を受け、そうすることで前との自分との決別の意味もあったのだわ……)


(そして、復讐を選ぶために、自身を強くするためには命すらなげうつ覚悟……きっとそう言う事なのね)


(根はきっと優しい子のはずなのに……どうして、私はこんなにも、なるまで放っておいてしまったのか。私は一度でもこの子を力いっぱい抱きしめたことがあっただろうか……)



彼女は力いっぱい、フェイを抱きしめた。でも、フェイは抱き返すことはなかった



(もう、私達とは相いれない……遠回しにそう言っているのね。私を気遣って……)




「大丈夫。私がどこまでも一緒に居るからね……フェイ……愛してる」



(もし、この子がその道を選んだ時は私が止める。この子が抱きしめ返してくれるまで、私は何度でもこの子を……)




シスターマリアは深く誓った。もう、これ以上、この不器用で孤独な少年を一人にしないと。

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