彼女の望みは
シシは思わず聞き返しました。
「罰? 一体なんのですか?」
シンジュはそれに答えませんでした。うっすら微笑んで、その話題を打ち切ってしまいます。
「そなたに話しても、せん無いことです……それよりもシシ。食事が終わった後、私と一緒に来てください。そなたに、差し上げたい物があるのです。こうして出会ったのも、何かの縁だと思いますから」
シシはシンジュにいざなわれて、螺旋階段を上っていきます。バルタザールも一緒です。
行き着いた先には、胡桃の殻のような丸くて小さな部屋がありました。
壁は透明で青くて、ぼんやり光っていました。
小さな部屋の真ん中には、壁より少し暗い青色の球体が浮いています。
球体の中には、優美な細身の剣が浮いていました。ひとつの金属から掘り出したように、柄と刀身が一体化しています。表面全体に、文字とも模様ともつかないものがびっしり掘り込んでありました。
シンジュが球体に手を近づけるや、剣は、吸い寄せられるように球体から出て来ました。そして、彼女の手の中に納まりました。
シンジュの緊張した面持ち、剣自体の発している、言うに言われぬ神秘な光。自分がとても重要な場面に立ち会っているということが、門外漢のシシにもびりびり伝わってきます。
「姫様、その剣は……?」
心持ち声を上ずらせる彼にシンジュは、目を伏せ、言いました。溜息混じりに。
「これは、アコヤ一族に伝わる聖剣、ワダツミです。代々王となるものだけが、これを身に帯びることが出来ました……でも、もう、アコヤ一族はいなくなる……私も魚になってしまう……本当ならこの剣も、私達と一緒に水底へ沈んでいくべきなのでしょう……でも、私は、そうなることが忍びがたいのです」
オパールの瞳が一旦閉じられ、再び開きました。
彼女は顔を上げます。まっすぐシシを見据えます。硬い決意を込めて。
「シシ。この剣を受け取ってください。この剣を生かし続けてください」
シシは仰天しました。思わずわたわたと、手を動かします。「い、いや、でも、それは姫様の家のすごーく大事なものでしょう? 俺は単なる通りすがりの勇者であって、そんな人間が受け取っていいものでは……全然ないんじゃないかって……」
シンジュは彼の言葉を聞き流していました。片手で掴んだ剣を、ずい、と差し出します。
受け取れと言う無言の圧にシシは、ますます焦りました。ろくに考えをまとめないまま、思いついたことを、そのまま口にします。
「だ、大体、そもそも、姫様、魚にならずにすむかも知れないじゃないですか。そうだ、姫様は魚になんかなりませんよ、きっと! 冗談じゃない、まさかそんな、でたらめな……」
シンジュの表情がふっと緩みました。
一瞬シシは、シンジュが微笑んでいるのだと思いました。
けれど、違いました。微笑んでいるのではありません。泣きそうになっているのです。
桜色の唇から、震え声が漏れました。
「どうやってですか?」
「ど、どうって、あの」
「どうやったら、私は魚にならずにすむのですか?」
「え、えと、ええと、それは……まだよく分からないけど、でも、そうする手段はきっとあるはずですよ、こんなかわいい姫様が魚になって終わりなんて、おかしいし……姫様といえばお話の主人公ですよ、主人公がそんな理不尽な展開に陥るなんてことはあり得ない……」
シンジュの顔にさあっと赤みが差しました。両の目からぼろぼろっと、大粒の涙が零れ落ちます。
シシはもう気が動転して、何もいえなくなりました。
「いい加減な気休めを言わないで! そなたこそ、何も分かってないではないの! 私だって、魚になんかなりたくない、だけど、なるのです、どうしても! 魚になってしまうのです! 他の人と同じように――! お父様やお母様や、おじい様、おばあ様や、きょうだいや、いとこや――友達と同じように――!」
わあっと泣きじゃくる彼女を、バルタザールが一所懸命なだめました。
「姫、姫、いい子だから泣くんじゃないよ。大丈夫だ。魚になることは何も、恐ろしいことではないのだからね……この世界では誰しもがそうなるものなのだから。いつかは皆魚になって、水底へ戻っていかねばならないのだから――」
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