第14話:悟の想い

 2学期が始まって、気付けばすでに9月も終わりに近づいていた。

 この頃になると、校内の雰囲気はいつもと違い、どこか浮ついた空気が漂ってくる。


 それもそのはずだ、高校年間行事の中でもトップクラスの盛り上がりをみせる、文化祭の開催まで残り2週間を切っているのだから。今はまだ落ち着いてはいるが、来週になると夜遅くまで準備に追われる人が続出してくるだろう。


 特に俺たち3年生は、高校生活で最後の文化祭ということもあり、全員の気合の入り方が違う。ちなみに俺たちのクラスは、ベタではあるがハロウィンが近いということもあり、ハロウィン仮装喫茶を開くことになった。


 うちの学校では、人気のある出し物は3年生に優先権が与えられて、もし同学年で内容の被りがあった場合はジャンケンで決めることができる。そのため、第三候補くらいまでは、出し物を決めておかないといけないのであった。だが、これにも抜け道はある。


 例えばメイド喫茶や執事喫茶、コスプレ喫茶という名称の出し物は人気で、毎年激戦になってしまうが、名称とコンセプトを変えることで意外と通りやすくなるのだ。なので、俺たちのクラスでは、ハロウィン仮装喫茶という名称にして、料理やドリンクもハロウィン仕様にするということで、他のクラスとの競合を避けることが出来たのだ。


 ちなみにこれは、昨年に文化祭実行委員をやっていた田貫さんから教えてもらった裏技である。ちなみに田貫さんは女装喫茶を御所望だったが、大事故が起きる可能性が高かったため、一部を除いたクラスの反対意見を受けて却下となった。




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 俺たちのクラスの出し物が成功するか否かは、なんと言ってもハロウィン仮装のクオリティ次第だろう。この仮装のクオリティが低いと、お遊戯感が凄く出てしまい、我々が消したくても消えない黒歴史となってしまう。


 だが、俺たちのクラスにそんな心配をしている人は誰もいなかった。実は奏と三谷紗雪さんが、洋裁がとても上手なのだ。特に三谷さんは、自分でデザインをした洋服を作って、普段着にするくらい洋裁に精通していた。


 そして、メイクに関しても心配はないだろう。何を隠そううちのクラスには、絵画コンクールで何度も受賞をしている、伏見音さんがいるからだ。彼女を筆頭に美術部の皆様が、俺たちの顔をキャンバスよろしくメイクを施してくれることになっている。


 ちなみに俺はと言うと、そこら辺のスキルは全く皆無なので、喫茶メニューを考えたり、教室内のデコレーションなどの手伝いという名の雑用をやっている。というか、一部の器用な男子生徒以外は、ほとんどが雑用係になっていた。




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「あの、山岸くん。デコレーションを作る材料がなくなりそうなの。今から買い出しに行ってもらうことできるかしら?」



 おずおずと俺にそう言ってきたのは、かつての恋人、羽月だ。

 別れてからは、羽月は俺のことを下の名前ではなく、苗字で呼ぶようになった。3年生になって始めて声を掛けてきたときは、以前と変わりなく『優李』と呼んできたのだが、俺の方から苗字で呼んでくれとお願いをしたのだ。そして俺は羽月のことを『坂下さん』と呼ぶようにしている。


 羽月はちょっと悲しそうな顔をしたが、「分かったわ」と素直に了承をしてくれた。羽月の周りからは、「いくら別れたからって、羽月への対応が冷たすぎる」と言われているのは知っている。

 しかし、周りにどう思われても良いくらい、俺はもう羽月と馴れ馴れしい関係になるのは無理だったのだ。


 文化祭の準備が始まってから、羽月が俺に話し掛ける回数が増えてきた。まぁ、羽月はクラスの進行管理をする役割をしているので、どうしてもこのようなやり取りが発生してしまうので仕方がない。しかし、すでに俺は羽月が視界に入ろうが、話し掛けてこようが何も感じなくなっていた。辛くも悲しくも嬉しくもない。俺の中にある感情は『無』だった。



「あぁ、分かった」



 俺は一言だけそう言うと、悟の方に行って買い出しに付き合ってもらうようお願いをして、一緒に大型ディスカウントストアへ買い出しへ向かった。




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「なぁ、優李。実はちょっと相談があるんだよ」



 買い出しが終わって、ディスカウントストアのベンチで一休みしていると、悟が遠慮しがちに俺のことを見てきた。



「どうしたよ? 悟らしくないな。俺でいいなら普通に話を聞くぞ?」


「あぁ、ありがとう。……じ、実はな………俺文化祭で田貫さんに告白しようと思ってるんだよ」


「なるほど、ついにこの日が来ましたか」


「え? 何そのリアクション? ひょっとして気付いてた?」


「あぁ、奏と一緒にいつ告白するんだろうなって話すくらいには気付いてたな」



 悟は頭を抱えながら「マジかぁ……」と呟いた。そして、何かに気付いたのか俺の肩を両手で掴んできた。



「まっ、まさか田貫さんにまでバレてるってことはないよな?」


「あぁ、それは大丈夫だと思う。あと実際に田貫さんに聞いたわけではないんだけど、俺と奏は結構脈ありだと思ってる」


「え? マジで?」


「あぁ。田貫さんって感情の起伏が小さい方だと思うんだけど、悟と話してるときは結構感情豊かなんだよな。それだけお前に気を許してるんだと思うんだよ」


「そ、れは嬉しいな。けどこれでダメだったら辛すぎるから、そのときは俺のことを慰めてくれな。あと、告白のせいで俺たちの仲が気まずくなるのは嫌だから、優李にフォローしてもらえると嬉しい」


「もちろんだよ。失敗なんて考えたくないけど、そのときは俺に任せておいてくれ。あと、告白について奏にも教えて良いかな?」


「あぁ、俺の頼みはお前たち2人だ! 任せたぜ、親友!」



 親友……か。

 本来であれば、あいつともこういう関係を築いていけたんだろうな。

 まぁ、親友だと思ってたのは俺一人だけだったわけなんだが。

 だからこそ、俺のことを『親友』だと呼んでくれる悟の力に、俺はどうしてもなりたかった。成功したら一緒に喜び、もし失敗しても俺は悟を支え続ける。それが『親友』への俺の接し方だ。




 -




「優李せんぱーい」



 悟と俺が学校に戻ってから廊下を歩いていると、明るくて元気な声が後ろから聞こえてきた。



「おっ、好ちゃん。そろそろ文化祭だけど、準備はどんな感じ?」


「めっちゃ難航してますよー。高校の文化祭って思った以上にガチなんですね。私たちも負けられないって準備始めたはいいけど、やることが多すぎてみんな死にそうになってます」


「うちの学校は特に気合い入ってるもんね。ところで、好ちゃんたちは何をやるんだっけ?」


「うちはカジノですよ! ポーカーやルーレットをやって、ディーラーに勝った人には商品として、ドリンクとお菓子詰め合わせをプレゼントするんです」


「おぉ、めちゃくちゃ楽しそうじゃん!」



 悟が前のめりになって食いついた。

 こいつ、ギャンブル好きなのかな? いつかそれで身を滅ぼさなければ良いが……。



「文化祭が始まったら、先輩たちも遊びに来てくださいね?」



 ウルウルした目をしながら、上目遣いで俺たちにお願いをしてきた。

 くっ、そんな目をされてお願いをされてしまったら、俺たちに断るなんてできる訳が無い。というか、最初から俺たちには断るという選択肢はなかったのだが。



「もちろん遊びに行くよ。好ちゃんがディーラーの時にタイミングよくフリーになれたらいいんだけどね」


「ありがとうございます! じゃあ、私がディーラーをやる予定の時間を今度RINEで送りますね!」



 好ちゃんは嬉しかったのか、とても愛くるしい笑顔を浮かべた。

 俺はその表情にドキッとしてしまうが、なんとかポーカーフェイスでやりとりが出来たと思う。


 そして好ちゃんは、文化祭の準備に向かうため、教室へ戻って行ったが、何かを思い出したのか急に立ち止まり、こっちへ戻ってきた。



「言い忘れてました。もし優李先輩が文化祭で空き時間があったら、私と2人で回ってくれませんか?」



 少し不安げな表情を浮かべながらも、好ちゃんは俺の目を真っ直ぐに見ていた。



(この子は本当に強いな)



「うん。大丈夫だよ。俺の空き時間が分かったら好ちゃんに伝えるね」



 そういうと、先ほどまでの不安そうな表情と打って変わり、眩いばかりの笑顔を浮かべた。そして、「約束ですよー」と言いながら、好ちゃんは弾むような足取りで教室へ戻っていく。



「好ちゃんって本当に可愛い子だな」


「あぁ、そうだな……」



 俺は好ちゃんに告白されたことを、誰にも伝えていなかった。しかし、好ちゃんの好意に甘えて、このままでいることが良いことではないことくらい俺にだって分かっている。

 俺がしっかりしないと、誰も前を向いて歩けない。それは、好ちゃんだけじゃなく、奏や俺もそうだ。



(そろそろ俺もケジメをつけないとな)

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