第10話:尾行

【奏の視点】


今頃はゆーくんがあの2人に急遽合同練習になったことを伝えている頃だろう。これから合同練習は確かに行われるのだが、実は最初から決まっていたことだった。あの2人には合同練習のことを伝えずに、試合があるからとだけ言って来てもらったのだ。


ちなみにその合同練習には私は最初から参加しないで、ゆーくんは途中で抜けることを監督もチームメイトも知っている。もちろんその理由を正直に伝えることはしていない。


そして、私は今何をしているかというと、出口付近に身を隠してあの2人が出てくるのを待っているのだ。なぜそんなことをしているのかというと、これからあの2人を尾行するためだ。


実はこの学校がある駅前付近は、大人が愛を語らい合うお城、つまりラブホがたくさんあることで有名だった。それをあの2人が知らない訳がない。そして、降って湧いて来た2人きりになれるチャンスを見逃すとも思えなかった。だから私とゆーくんは2人のことを罠に嵌めて、ラブホから出て来たところを現行犯で捕まえようとしているのだ。

もしラブホに入らなくても、動画をネタに呼び出してしまえばいいし、どちらにせよ今日中にゆーくんと私は決着をつけるつもりだった



(はぁ、今日のゆーくん本当にかっこよかったなぁ。まさかあのチーム相手にあそこまで無双するなんて思ってもみなかったよ)



私は2人を待ってるのが退屈で、今日のゆーくんの活躍を思い出して、一人でキュンキュンしていた。すると会場出口付近から、見慣れた2人が歩いてくるのが見えた。私はキュンキュンモードで心がポカポカしていたのに、あの2人を視界に入れた途端に血が冷え切ったのが分かった。



(やっぱりあの2人のことは許せない。ゆーくんを裏切ったあの2人を許せる訳がないよ)



私は楽しそうに話している2人のことを、憎しみがこもった目で睨みつけながら後を追った。







仲良さそうに歩いている2人は、ラブホが密集しているエリアを抜けて、駅に向かって歩いていた。



(あれ? 今日は何もしないのかな?)



当てが外れたと一瞬思ったが、2人は改札の方に向かわずに逆の出口に向かっている。そこで私は、反対出口にも何個かラブホがあるのを思い出した。こっち側の出口にあるラブホに入ると、練習終わりのゆーくんたちと鉢合わせる可能性があったから別の出口にあるラブホを選んだということか……。


どっちのアイデアか分からないが、その冷静な判断が私を苛々とさせる。


それにしても改めてあの2人が歩いているところを見ると、誰がどう見てもカップル以外の何者でもない。何を話しているかまでは分からないけど、光輝くんが何かを言うと、羽月ちゃんは手で口元を隠してクスクスと笑っているのだ。そして、反対側出口を抜けたくらいから、羽月ちゃんは光輝くんに腰を抱かれていた。あれがカップルじゃなかったら何なのだろう。


私はゆーくんと羽月ちゃんのそういう後ろ姿を何度も見たことがあるし、その度に羽月ちゃんを羨望の目で見ていた。しかし、今日の羽月ちゃんを見る私の目には、軽蔑と侮蔑が入り混じった感情しか篭っていない。



(なんで。なんでゆーくんがいるのに、別の男に腕を回されてあんなに幸せそうな顔をしてるのよ)



私には信じられなかった。今まで美しいと思っていた羽月ちゃんのことが、醜くて悍しい何かにしか見えなくなっている。







2人は駅からちょっと離れたラブホに入った。外にある看板を見ると、『休憩(最大3時間)5,500円〜』と書かれている。私はラブホのちょっと先にあった喫茶店に入って窓際の席に座った。ラブホの出入り口がしっかりと見えるし、良いところに喫茶店があって感謝した。さすがにラブホの前で女の子が3時間くらいずっと立ってるなんて怖すぎるもんね。


RINEでゆーくんに現在地を伝えると、私はやることがなくて、ただ窓の外をぼんやりと眺めていた。1時間ほどそんな感じでいると、店内にゆーくんが入って来た。



「悪りぃ。待たせちゃったな」


「ううん。良いんだよ。ゆーくんも試合の後に練習もやってお疲れ様だよ」


「ありがとな。けど、ぶっちゃけ練習に身が入らなくてさ。心ここに在らず状態だったよ」



無理して明るく話すゆーくんの顔を見て、私はチクリと胸が痛んでしまう。



「まぁ、これからのことを考えたら仕方ないよ。だって私もここで何もせずにただぼんやりとしてただけだもん」


「そっか。それでも感謝だよ。つか、それよりも奏もあいつらとの話し合いに付いてくるって本気なのか? 俺たちは確かに幼馴染みだけど、奏はこのゴタゴタに直接的に関係はしてないだろ?」


「そんな寂しいこと言わないでよ。私にだって関係あるもん。だって、羽月ちゃんも光輝くんも信頼してた友達なんだよ? それに、ゆーくんを一人であんな2人の前に行かせる訳にはいかないよ。だって、多分ゆーくんたくさん傷ついちゃうもん」



ゆーくんは私の言葉を聞いて、ちょっと苦しそうな表情をしたけど、すぐに笑顔になって「ありがとな」って言ってくれた。一番苦しいのはゆーくんなのに、何でそんなに優しいの? 本当はあなたのことを傷つけたくない。これ以上苦しめたくない。私はあなたの隣に立って、あなたの苦しみの一端を背負うんだ。



(私があなたを絶対に救ってみせる)







ゆーくんが喫茶店に来て2時間後くらいに、あの2人がラブホの出口から出て来た。飲み物を飲みすぎた私たちは、お腹をタプタプさせながら急いでお会計をして、あの2人のことを追う。そして追った背中が眼前に迫ったときに、ゆーくんは2人に声をかけた。



「よう。こんなところで奇遇だな。ところでラブホから出てきたみたいだが、お前ら2人で何してたんだよ?」

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