第9話 襲名披露。

 襲名披露。




 黒尽くめの魔王の正装で座る。


 ここは城の中央部、尖塔の最上部に設えられた巨大なバルコニー。


 アルカナの広場。


 あたしの目の前には後見人(という事になっている)である叔父、ゼルダ・マックロードが座る。


 ゼルダおじさんは武人では無く酔狂に生きる自由人であたしは好きだった。


 華奢なその身体に父ゼノンの形見のマントを纏い、この度の襲名披露の場であたしの後見人を務めてくれることとなったのだった。


 やっぱりあたしみたいな小娘ではおじさん達で構成される魔王軍を統べるには荷が重いと判断されたのだろう。


 せめてカリスマはあるゼルダ叔父さんを後見にして、少しでも睨みを効かせたいと言った意向が幹部の間で働いたんじゃないかと思う。


 まあそもそもあたしが魔王の座に就くだなんて、あるとしてももっと何百年も後の事だと思ってた。


 でも、父さんの愛したこの国が分裂したり争いになったりするのは嫌だ。


 あたしが魔王に成らなければこの国はバラバラになってしまうとシシノジョウに聞かされれば、あたしはうんと首を縦に振るしか無かった。


 しょうがない。


 お飾りでもちゃんと魔王が居るだけでこの国が平和になるのなら、ほんとね。しょうがない。


 そう思ったから。





 見届け人のフーデンベルク伯爵と立会人のシュラ男爵が見守る中。


 大きな黒い盃に並々と注がれた真紅の魔酒を掲げるゼルダ叔父。


 祭壇には亡き魔王ゼノン・マックロードの肖像画が掲げられ、厳かな空気が流れる。


 あたしはずずずいっと前に出て、膝立ちのままその盃を両手で受け取ると。


 しんと静まりかえった。


 そのまま。


 天に祈るように目を閉じて。


 父の魂が大霊グレートレイスに還っていくのを感じながら。


 その真紅の魔酒に口をつけ、一気に飲み干した。



 それは甘く。甘露のようで。


 少しだけ、涙の味がした。






 魔族の、それも長年生きた魔族のうち、特に魔力の高いものの魂の中には魔石が生まれる。


 魔獣や魔物にもあり得るそれは、次第にその個人の肉体、生命を魔、マナに作り替えていく。


 肉体の皮を覆っていたマトリクスとそれは次第に溶け合い、やがて肉体そのものが完全に精神生命体へと進化した時。


 魔族は魔人として完成し、より高みに昇るのだ。


 しかし。


 そんな魔人にも死は訪れる。


 死した時、そのものの全てを凝縮した魔石を残して肉体は魔に還る。魂は大霊グレートレイスに還り、そしてまた生まれ変わるのだ。



 飲み干したこの魔酒には父の魔石、その真っ赤な魔の結晶の残滓、魔王石のカケラが溶かされている。


 あたしはこの魔酒を飲み干すことで名実共に魔王を継いだことになる。


 その能力をも引き継いで。

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