第22話 脚本通りのレール

ブー、ブー、ブー。


何件目になるのだろうか。

知らない番号からの電話がひっきりなしにかかってくる。


別に借金をしているとかそういうわけではない。

今日が私の誕生日であること、それだけが理由だ。


知らないはずの番号だというのにおおよそ誰からの着信なのかが分かってしまう。


それはそれとして。


あまりにもうるさいので機内モードに変更した。





改札を出るまで全く気付かなかったが、機内モードでも普通に改札から出れて安心した。

ずっとモバイル通信していないと使えないとばかり思っていたが、うれしい誤算だ。


いつもより遅く着いたからか、席にはすでに夢子と久慈くんがいた。


「おはようございます」

「おはようございまぁす。先輩、お誕生日おめでとうございます」

「いのりさん! おめでとうございますー!」

「ありがとうございます、お二人とも」


誕生日のお祝いの言葉をいただいてしまった。

この歳になってくるとあまり誕生日がうれしくなくなってくるものだが……いざ「おめでとう」と言われると嬉しくなってしまうものらしい。


「先輩、はい。コレどーぞぉ」

「ありがとうございます。これは?」

「イヤリングですよぉ。先輩、ピアス穴開けてないでしょぉ~? ショートになるとイヤリングが映えるのでぇ」


淡い水色の石が付いたイヤリングだ。

石の少し上のあたりに花のモチーフなのか、ビーズがあしらわれている。


「素敵ですね。ありがとうございます、夢子さん」

「どういたしましてぇ~」


夢子のセンスの良さに脱帽していると久慈くんも準備ができたようで、プレゼントらしきものをもって私の席に戻ってきた。


「はい! これは俺からです!」

「ありがとうございます。これは……?」

「マフラーです!」


久慈くんが元気よく答えた瞬間に夢子が目をひん剥いた。


「はぁああ? おっも!!」

「え? そうですか? 軽いやつを選んだつもりなんですけど」

「違いますぅー! 贈り物の意味ですぅー!」

「ん? 『あなたに首ったけ』じゃないんですか?」

「そ・れ・は! 女性から男性に向けての時! 男性から女性は『束縛』って意味になるんですよぉ~。勉強不足ですかぁ?」


煽る煽る。

ここぞとばかりに煽る。


夢子は普段、久慈くんにやられっぱなしなので叩けるところが見つかって大はしゃぎしている。


「あっ、そうなんですね! いのりさんにべた惚れですって伝わればよかったので、まあ、とりあえずはヨシ、ですかね!」


夢子に煽られてもいつもと変わらないところは流石の一言だ。

少し恥ずかしそうにしながら私にプレゼントを渡してきた。


「あの。もらってくれると嬉しいです!」

「もちろん頂きます。ありがとうございます、久慈くん」


せっかく自分のために用意してくれたのに無下にすることなど端から考えてはいない。

受け取ってもらえるか不安だったのか、久慈くんは私がプレゼントをもらうと破顔した。


「やっぱり、いのりさんは女神様みたいに優しい~~!!」

「め、女神様……」

「何ちゃっかり点数稼ごうとしてんですかぁ!」


それは褒めすぎだと思うと思った矢先、夢子が再度久慈くんにかみつく。

……久慈くんは気にも留めていないようだが。


「今日なんですけど、お店予約したので、定時で終わらせていきましょう!」

「久慈と二人きりじゃないですよぉ? 私と……あと不本意ながら藤沢さんもいます~」

「ありがとうございます。絶対定時で上がらないとですね」


どうやらお店まで予約してくれていたらしい。

去年までは一人、家でケーキを食べて終わっていた誕生日なのにずいぶん変化したものだ。


「ほんとは二人でお洒落なレストランとか、行きたかったんですよぉ? 計画してるところを久慈にバレちゃってぇ……」

「だって、ずるいじゃないですか! 俺は4人でも全然OKですけどね! 負ける気ないので!」

「はぁ? 私もないんですけどぉ!?」


先ほどまで夢子が優勢だったのにいつの間にか立場が逆転してしまったらしい。

唇を尖らせた夢子が急に私のほうに顔を向けた。


「な・の・で! 先輩は絶対、埋め合わせをするように! いいですかぁ!?」

「えっ~、ずるい! 夢子さんだけ抜け駆けになるじゃないですか!」

「さっき負ける気しないとか言ってたの、どこのどいつですかぁ~??」


キャンキャンと効果音が付きそうな光景だ。

いつも通りの景色なのに今日はやけに走馬灯のように見える。


曖昧に笑っているだけの私を不審がったのか、夢子が真面目な顔つきになる。

彼女が声をかけようとした瞬間、フロアが騒がしくなった。


「えっ、嘘、本物……!?」

「なんでここにいるんだろ~!?」


芸能人が来たみたいな空気だ。


どうやら皆の視線は入口に向かっているらしい。

私たちも倣ってそちらを見るとそこには何故か九条実の姿があった。


「いのりっ! やっと見つけた!」


その言葉と同時に実と私の間にいた人たちが十戒の海のごとく、両脇に分かれた。


実が駆けてくる。

そして避ける間もなく、彼は私を抱きしめた。


「えっ!? 何!? 嘘っ!?」

「どどどどういうこと!?」


周りからの野次が凄い。

フロア中でいろんな声が響いている。


実は私をゆっくり解放したかと思うと、勢いよく腕を引っ張ってきた。


「じゃあ行こう。いのり」

「ま、まって!」


フロアの扉の方向へと歩みを進める実に待ったをかけるも全く聞こえていないらしい。

急に現れたかと思えば急に外へ行こうとするなんて意味が分からない。


どうしようかと戸惑っている間にも実はずんずん進んでいく。


もう一度声を上げようとしたとき、実の手がパッと離された。


何事かと思っていると真横に夢子がいた。

どうやら彼女が実の手を叩いてくれたらしい。


「あのぉ、やめてくれません? 先輩嫌がってるじゃないですかぁ」


彼女の一言でやっと冷静になったのか、実はハッとして私を見た。


「ごめん、いのり。急に手を引っ張ってしまって」


彼は陳謝すると今度は優しい手つきで私の手を包み込む。

まるで王子様のような所作に周囲にいた女性たちが黄色い声をあげた。


そんな中でも無表情な人がひとり……言わずもがな夢子だ。


実のことをを忌々しげに睨みつけている。


「で? どちら様ですかぁ?」

「自己紹介が遅れてしまってすまない。僕は九条実。九条グループ傘下、九条ITテクノロジーズ株式会社代表取締役社長。そして彼女、都いのりの婚約者だ」


超さわやかに、そして周りに聞こえるぐらい大きな声で実は言い切った。

その言葉を聞いた周囲の人間がさらに騒然とする。


「さぁ、いこう」


今度は優しく私の手を取ったまま、実は入り口へと向かっていった。


「あっ! ちょっとぉ!」


夢子のイラついた声が聞こえたが、彼女は実と一緒にフロアに来ていたSPにガードされていた。


「先輩っ!」


彼女の声に応えることはできない。


視界は自然と下を向いていた。





実に手を引かれたまま、彼の車までエスコートされる。


道中、実が話しかけてくることはなかった。

何か言おうとしているような仕草を見せてはいたが考えあぐねているようだった。


車に乗り込み、彼は重たい口を開いた。


「連絡がつかなくて心配した。君のお父様は今日まで僕がいのりに近づかない様にしていたみたいだったから」


やはり全て父の差金だったのか。

何もかもタイミングが良すぎると思っていたのだ。


「今日はせっかくの誕生日だし、盛大にお祝いしよう! いのりが好きなものをたくさん用意したんだ」


顔を曇らせる私を気遣ってか、実はやけに明るく振る舞った。


この人はどうしていつも私に良くしてくれるのだろうか。


今までずっと逃げ続けていたのに。

いっそのこと私のことなど忘れて別の人を婚約者にしてくれていたら良かった。


心の底から自分が嫌な奴になってしまった感覚がして無意識に唇を噛み締めていた。


SPのうちの1人が戻ってきて車の運転席に乗り込み、ゆっくりゆっくり車が進み始める。


見慣れた景色が流れてく。

高層ビル、公園、駅前のおしゃれなお店。


窓ガラスから盗み見る外の世界はどこかセピア色がかって見える、気がした。





車の向かう先は大手ホテルのパーティ会場だった。

クリスマスを控えているためか、会場は眩しいぐらいの電飾に覆われている。


私はあれよあれよという間にドレスアップしてもらっていた。


参加者の面々をちらりと確認したがビジネス界の大物揃い、私など完全に場違いである。

実はあくまでも私を祝うために用意してくれたようだが、父にはそんな心はなかったと言うわけだ。

誕生日パーティではなく、どうやら実と私の婚約を正式に発表する場を設けていたらしい。


ため息混じりにこめかみを抑えると横からうるさいくらい踵を鳴らした靴音が聞こえてきた。


「いのり。もっと愛想良くしたらどうなんだ」


父はあり得ないものを見るような目で私を一瞥した。

実の娘がこんな大物だらけのパーティで無愛想なのが余程気に食わないらしい。


私だって別に来たくて来た訳ではない。


「申し訳ございません」


形だけの謝罪をすると、父はさらに眉間の皺を深くした。


「全く……それが何年も猶予をくれた父親に対する態度か?」


ため息混じりに鼻で笑われる。


猶予をくれた?

この人は何を言っているのだろうか。


猶予をもらったのではない。

私が選んだ道だ。

……そのはずだったのに。


「明日から会社にはいかなくて大丈夫だ。家も退去の手筈は整えている。今日からは九条くんのところで世話になれ。いいな」


何も言えずに黙り込む私に父はさらに重ねて言葉を繋げた。

そして私の反応など興味がないとでも言いたげに、返答を待つことなくパーティ会場の人混みに消えていった。

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