第15話 送別会
「成宮さん、転勤なんだってー」
「うそー! せっかく同じフロアになれたのにぃ」
「あいつがいなくなると寂しくなるなあ……」
朝から色んな声がフロアを埋め尽くしている。
今朝の朝礼で課長から正式に成宮さんの転勤の話があった。
前に藤沢から聞いていた通り、9月1日での転勤になるらしい。
課長からの発表の後、様々な部署の人間が成宮さんのデスクへひっきりなしにやってきた。老若男女問わず、だ。
中には課長や部長クラスの方もいらしていて、皆、成宮さんに期待しているようだった。
どうやら彼の転勤先になる大阪では新規顧客の大規模開拓に乗り出すらしく、関東から精鋭を送り人員補完するとのこと。
成宮さんも例に漏れず即戦力として大阪に召集されたようだ。
朝からずっと対応をしていたからか、成宮さんも心なしかいつもより元気がなさそうなのが気がかりだ。
どうにか話かけられれば良かったのだが、成宮さんが抜ける分の仕事の引継ぎ先が案の定、私だったため朝から大忙しだった。
話しかける暇をねん出するのも到底無理だ。
もう13時もとうに30分ほど過ぎたがまだ昼休憩もいけていない。
忙しいのは私だけでなく、夢子である。
私だけでは捌ききれないと判断したのか、課長は私たち二人に話を振ってきた。
「都さんも桂木さんも優秀だから、ダイジョウブだよねー☆」とのこと。
優秀なのと業務量が多いのは果たして比例するものなのだろうか。
なるべく笑顔で「承知いたしました」と返答したつもりだったが、近くを通りかかった佐藤さんがおびえた顔をしていたので私の顔はとんでもないことになっていたのだろう。
「はぁ~い。承知でぇす」
さぞ夢子もキレているだろうと思ったがそんなことはなかった。
いつも通りのテンションで返事をしていた。流石ハイスペック。この業務量でもひるむことがない。
「先輩、どうかしましたぁ?」
夢子のことを凝視していたので不審に思われたらしい。
「いえ、何でもないです……とりあえず、頑張りましょうか」
「そうですねぇ。疑問点も成宮さんがいらっしゃるうちに洗い出しちゃいたいですから」
そう言ってからだいたい5時間が経過している。
まとめてから質問しようと思ったが如何せん量が多い。
夢子と相談していったん今時点でまとまったところまで、成宮さんに質問を投げることになった。
◇
引継ぎ作業の量の多さに圧倒されている間に気付けば定時が過ぎていた。
今日中に終わるものでもないので夢子に「また明日、続きをやりましょうか」と言っていったん区切ることになった。
しかし一旦終わりにしようと思ったものの、丁度作業を始めてたばかりでキリが悪い。
「せんぱぁい、終わりそうですかあ?」
「すみません、たぶんもう少し時間かかるので先に帰っててください」
「私も手伝いますよぉ」
「いいんですよ。帰れるときに帰らないと。これから忙しくなるので」
私にごり推されて夢子は申し訳なさそうに「では、お先にぃ」とフロアを出ていった。
私も早く帰りたい。
この間買った小説も読み終わっていないので本当に早く帰りたい。
眠くなりかかった脳を起こすため缶コーヒーを一気飲みしようとしたところでさっき閉まったはずのフロアの扉がバンッと乱暴に開いた。
おかげで一気飲みを試みようとしていたコーヒーが気管に入り、盛大にむせる。
「おー! 悪ぃ! タイミングやばかったなー!」
「ゴホッ……藤沢、珍しいですね、こんな時間、まで、残ってる、なんて」
何回か本気でせき込んだ後、軽く水を飲む。
水を飲んだら少し落ち着いてきた。
「いやあー、一樹の送別会の幹事任されちまってさー。出席者確認とかしてたら遅くなっちまったんだよな!」
「あれ、てっきりうちの部署の人間が幹事やっているのかと思ってました」
「佐藤さんがさぁ、『同期で藤沢君が一番仲いいからね。よろしく頼むよ』って。ぜってぇ幹事が面倒だっただけだよなぁー!」
以前、佐藤さんは花見をやったときに幹事(というか場所取りだが)をやったときに散々な目にあっていた。だから藤沢に押し付けたようだ。
「断らなかったんですね」
「まぁ、一応佐藤さん先輩だし? この送別会、部長とか、各課の課長とか来るらしいし! 名前は売っておきたいじゃん?」
散々文句は言うくせにこういうところはちゃっかりしている。
先日、彼から成宮さんの転勤話を聞いた時よりは元気みたいだが、まだ本調子ではないのだろう。いつもより静か目に騒いでいるので6割空元気といったところか。
普段のうるさい藤沢に慣れると静かなのは逆にしっくりこない。
「幹事、私も手伝いますよ」
「え! マジ? そう言ってくれんのはうれしいけどさ。一樹の仕事、都と桂木さんに引き継ぎ来てんだろ?」
「そうですね。絶賛終わらなくて帰れなかったところです。けど、私も仲良しの同期の一人なので」
「えー! 都の貴重なデレじゃん! 超うれしー!」
「うるさいですよ、藤沢」
「よぉっし! それじゃあお言葉に甘えちゃうぜ!」
「はい。どうぞ。……あ、ちょっと待っててくださいね」
一旦、藤沢をステイさせて、PCのメモ機能に明日やることをメモして保存した。
キリが悪いとは思ったが、今日のところはこれ以上作業を進める気になれなかった。
「……都、サンキューな。」
「どういたしまして」
幹事を一緒にやることへのサンキューなのかはわからなかった。
けれど私の些細なアクションで藤沢が元気になってくれるのならそれに越したことはない。
「んっじゃ早速。名簿についてなんだけどなー」
一瞬見せたシリアスなムードが引っ込んで空元気6割の藤沢が帰ってきた。
参加者名簿をつくっている段階でかなりの大人数になることが確定したため、藤沢と私は店選びに頭を抱えた。
「どこもこの人数だと席の予約が難しそうですね……」
「だよなぁー。どーすっかな」
「あの、立食型はとうでしょうか? 椅子がない分たくさん人が入れますし、人数が増えても割と簡単に対処できますし」
「それ! それめっちゃいーな!! 採用!!」
土壇場で出た思いつきの提案だったが、二つ返事で了承された。
さすがノリから生まれ、ノリで生きている人間は決断の速さが違う。
その後、藤沢が店探しをしてくれるという運びになりそのまま帰宅した。
そしてその次の日。
藤沢はどこから見つけてきたのか、お洒落なイタリアンレストランで立食パーティの予約をすでに済ませていたのだった。
「こんなお洒落なところよく知ってましたね」
「いやあ、この間いい感じになった女の子と来たんだよ~!」
「へー」
「おいおい、俺の恋路にキョーミなしかぁ?」
「藤沢から報告がないので不発で終わったのかな、と思いまして」
「そうだよ! 当たりだよ! いい感じだと思ってたんだけどさぁ、いざ『俺ってどう? 自分で言うのもなんだけど、結構優良物件じゃね?』って聞いたらさぁー、『ノリが軽くて無理』とか言われたんだぜ!? ひっでぇよなあ~」
ぶーぶー言っている藤沢には申し訳ないが、ちょっとその気持ちはわからなくもない。
どうやら藤沢はこの店に頻繁に来ているらしく、店長さんに立食パーティーの話をすると快く話を引き受けてくれたそうだ。
◇
送別会はそれはそれは盛大に開始した。
成宮さんに関わりのある部の部長やら課長やらも出席し、参加人数は増えに増えざっと100人程度になっていた。……女性社員が多く見えるのは成宮さん効果なのか、はたまた気のせいなのか。
入れ替わり立ち替わり成宮さんに話しかける人間が後を立たず、成宮さんはずっと激励の挨拶をしてくる人たちの対応をしていた。
しかし皆酒が入り始めると各々好きなように話を始め、成宮さんを囲っていた人間がだんだんとはけていく。
ちょうど誰もいなくなった瞬間にスッと成宮さんに近づいた。
音もなく近づいてきた私に驚いた表情を見せたが、私だとわかった瞬間、人の良さそうな笑顔になる。
「成宮さん、元気ですか?」
「元気……ちょっと元気ないかも」
「ここ2週間、かなり忙しかったですもんね」
「都さんと桂木さんにも負担になっちゃって、ごめんね」
「とんでもない。それに、成宮さんが抜けた穴は人員補完があるみたいなので、そんなに心配しないでください」
「そっか、よかった。いつも都さんには助けてもらってばかりだったから。本当にありがとう」
「私の方こそ。成宮さんと、……不本意ですが、藤沢にも。二人にはいつも話を聞いてもらっていたので。本当にありがとうございました」
「ふふ、一生の別れみたいな挨拶だね」
「お互い様ですけどね」
「また東京に帰ってきたときは一緒にご飯食べに行こうね」
「はい。藤沢も一緒に」
そういうと成宮さんの顔が少し晴れた。
「そうだね。岳も一緒に、ね」
話の切間、成宮さんは他部署の課長さんに呼ばれた。
成宮さんは彼に短く応対した後、「それじゃ、都さん。また」と言ってそちらへと向かっていった。
彼の心はひさしぶりに晴れ間を迎えたようだった。
◇
パーティは盛り上がりの一途を辿っていて、各々話に花を咲かせていた。
仕事の話や恋バナ、本当にさまざまな話題があちこちから聞こえてくる。
「あれ? 成宮さん、どこ行っちゃったんだろー?」
成宮さんとお近づきになりたい女子達が一瞬成宮さんを探すそぶりをしたが、なんせ人が多い。
彼女たちは探すのを早々に諦めて恋バナの続きへと戻っていった。
……確かに、パッと見渡した限り成宮さんの姿が見えない。
先ほど課長に絡まれていたので、もしかしたら体調が優れず席を外しているのかもしれない。
おそらくいるとしたらみんなに迷惑のかからない店の外だろう。
本田さんの筋肉話を軽くスルーして私は店の外へと出た。
成宮さんはやはり店の外にいた。外、というよりか裏と言うべきか。
流石にこんなところに人がいるわけもなく、道も閑散としている。
誰かと話しているふうに見えたので遠くで様子を伺っていると、店の生垣から成宮さんを見ている夢子を発見した。
私の存在に気がついた夢子が、私が彼女に声をかけるよりも先に『しー!!』というジェスチャーを寄越してきた。
何が何だかわからなかったが夢子は懸命に首を横に振っている。……仕方がないので一緒に茂みに隠れることにした。
視線の先には藤沢と成宮さんがいた。
私たちの位置からでは何を言っているか分からないが、夢子は何を言っているのかわかっているらしく、「もう、じれったい……」とボソッと言っている。読唇術でも使えるのだろうか?
どうやら成宮さんが店にいなかった理由は藤沢と二人で話すためだったらしい。
夢子のあの様子から察するに、彼女が誰も来ないように周りを見張っていたようだ。……どういう経緯でそうなったのかはわからないが。
私が生垣仲間になった頃には話は大体終わっていたようで、成宮さんと藤沢は店へと戻っていった。
「夢子さん、なんでこんなところで見張りしてたんですか?」
成宮さんと藤沢が去るのをを見届けて、夢子に聞いてみた。
成宮さんを毛嫌いしているような反応をしていたのにどう言った風の吹き回しなのだろうか。
「ま、なんというかぁ。うーん。おせっかい、みたいなカンジですぅ」
おせっかいとはなんだろうか?意外にも成宮さんと夢子は仲が良かったのかもしれない。
藤沢的にいうなら「ツンデレってやつ!」と言ったところか。
そのあと藤沢の掛け声で、皆ラストドリンクオーダーを注文した。
各々飲み終わるかどうかぐらいで我が課の課長が成宮さんに対して激励の言葉を投げ、送別会は幕を閉じた。
二次会に行くか、と佐藤さんに聞かれたが丁重に断っておいた。
どうやら夢子も行かないらしい。
意外なことに藤沢、そして成宮さんも二次会にはいかないと伝えていた。
「同期で最後語り合うんで!」
「おいおい、都さんはハブかー?」
「いや、ちがうんすよ! 男同士の語り合いってあるじゃないっすかー!」
先輩からのからかいを藤沢はいつもの調子で流していた。
おそらく2人で飲みなおすのだろう。
成宮さんと藤沢は先輩や上司、同僚に軽く挨拶をすると、2人連れだってネオンの街に消えていった。
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