第46話 それ、ツンデレ?

「はあ……これからどうしよう」


 大学の敷地内のベンチで。

 一人寂しくつぶやいてみた。


 もう、妖子さんたちのところへは帰れない。

 でも、天狗たちも俺のことを必要ないって。


 裏切っておいてこの結末なんて、最低じゃないか。


 ……。


「あれ、須田っちやんどないしてん?」

「あ、つらら……」


 行く宛てがなくて大学に来た俺も悪いけど、できれば今は知り合いと会いたくはなかった。

 つららも、妖子さんと仲のいい一人だ。

 それにこいつは俺を一度殺そうとした。

 そんな女と仲良くなんてやっぱり……。


「なんや妖子ちゃんと痴話げんかでもしたんか? 話なら聞いたるで」

「……いい。お前、俺を氷漬けにして殺す気だろ」

「あはは、友達にそんなひどいことするかいな。須田っちはそれに大事な仲間なんやから」

「なか、ま……いや、その割にお前らの扱いひどすぎるぞ」

「いじり甲斐があんねんて。妖子ちゃんがあんなに固執するなんて随分惚れられたもんやで須田っちも」

「そういう冗談いいから」

「あーあ、ほんまにひねくれてしもとるやん。ええわ、うちがその心の内を解放させたろ。飲みに行くで」

「いいよ俺は。ほっといてくれ」

「あかん。そういうやつはほっといたらあかんねん。ほれ、いかなそれこそ氷漬けにすんで」

「……わかったよ」


 なんでこんな俺にかまうんだよ。

 ほっといてくれよ。


 そんなことを思いながら渋々、つららについていくと。

 いつぞや、妖子さんたちと行った壁に隠れたBARに連れてこられた。


「……なんか、懐かしいな」

「せやろ? よっしゃ今日は飲むで」


 もう、やけくそ気分で俺もビールを頼んだ。

 酔えば楽になるかもなんて、こんな年で酒に逃げてるのはどうかと思うけど。でも、おれだってやけ酒くらいしたくなる。


「ぶはー」

「須田っち、ええ飲みっぷりやな。で、なんがあったん?」

「……妖子さんと喧嘩した」

「あははは、やっぱりやん。どうせ須田っちが、俺をいじめるなーとかいって拗ねて出てきたんやろ?」

「だ、だけど。あろうことか天狗の側につくとか、いっちゃって……」

「ああ、優ちゃんはあんたを欲しがってたみたいやもんなあ。で、断られたんや」

「……力のない俺は不要だって。もう、必要ない人間なんだよ俺は」


 そうだ。

 妖子さんだって多分、俺の力とやらがあったから守ってくれてただけで。

 仕事として、使い勝手がよかったから仲良くしてくれてただけで。

 利用価値がない俺には、なんの価値もないんだ。


「力? なくなってへんでそれは」

「え、でも優さんが確かに」

「んなわけあるかいな。どうみてもエネルギーに満ちとるがな。どうせ、麒麟の持ってきた水でも飲んだんやろ」

「あ、確かに……で、でもそれならなんで」

「あほやなー須田っちは。恋する乙女が腹の内見せる思う? ちったあ考えや」

「恋する、乙女?」


 恋する乙女の気持ちとは。

 いったい誰のどんな気持ちだよ。

 そんなものと無縁な俺に、わかるわけないだろ。


「妖子ちゃんはね、あんたがみすみすあの女にとられるが嫌で、それであんたの力をあんな回りくどい方法で封印したんや。せやのに麒麟の持ってきた水なんか飲んで、力を復活させよったから怒ってたんやで。なんで優ちゃんがあんたを見逃したんかは知らんけど、多分妖子ちゃんとは旧知やから、その辺を察したんとちゃう?」

「妖子さんが、そんな……」

「麒麟はあくまで神や。妖怪とちゃう。せやから今回の抗争も蚊帳の外ちゅうか仲裁人みたいな立場や。やけど妖子ちゃんは違う。須田っちを向こうに持っていかれたら困るっちゅう気持ちも、理解したらな」

「……でも、そんなこと言われてない」

「それが鈍感やっちゅうてんねん。妖子ちゃんは須田っちがええねん。なんやかんや一緒におって楽しいねん。せやけどあの性格やから認めるわけないやろ。それを須田っちが察してやらな可哀そうっちゅう話やで」


 つららは、妖子さんが俺のことを好きだと、そう言いたいようだ。

 しかし、そんな話が信じられるか。

 俺のことが好き? あれで? 無理があるだろ。


「じゃあ、ゴミって呼ぶのをやめさせろよ。結構辛いぞあれ」

「須田っちが辛い思うんは、妖子ちゃんにちゃんと名前で呼んでほしいって願望があるからやろ。ほれ、両想いや。はよ仲直りしておいでや」

「……無理だよ。俺、またいつこうやって」

「そこまでよ」


 居酒屋の個室に、少し怒った口調で一人の女性が入ってくる。

 銀髪の、綺麗な女性だ。


「妖子さん!」

「つらら、勝手にあなたの妄想で私を語らないで。私がこんなゴミのことを好きですって? 冗談じゃないわ」


 言いながら妖子さんは、つららの隣に座る。

 そして入れ替わるようにつららは、「ほなお邪魔ー」とか言いながら席を立って外に。


「……何しに来たんだよ」

「優に捨てられたみたいね。ざまあないわ」

「ああ、そうだな。笑いに来たんなら笑えよ」

「笑わないわ。あなた、自分が何をしたかわかってるの?」

「……お前ら妖怪の事情なんか知らない。俺は、誰かに認めてもらいたくてこの仕事をやってるんだ。それなのに毎日ひどい目にあって。嫌になるのも当然だ」

「はあ。わかってないのねあんたって。いいわ、少し昔話をしましょうか」


 とりあえず、生を一杯。 

 店員に注文をした後で妖子さんは、片肘をついて遠い目をしながら、昔話を始めた。

 

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