(22)
銃声の
拳銃を構えるレオンツィオの顔は、ティーナが知らないものだった。金の瞳を細めて、大男を見るレオンツィオ。
再びの銃声。大男は形容しがたい悲鳴を上げて倒れ込むと、胎児のように背を丸めた。コンクリートには黒く見える血しぶきが散っている。大男が被弾したのは確実だった。ティーナはそっと息を吐く。
「連れて行け。すぐには殺すなよ」
レオンツィオが低い声でそう命じれば、うしろに控えていた彼の部下だろう男たちが、大男に駆け寄る。ティーナは彼らがミルコの二の舞になるのではないかと恐れたが、被弾したからだろうか、大男は戦意を喪失しているらしく、うつむいてすすり泣くばかりだ。
大男は泣きながら、「なんで」だとか「どうして」だとか意味不明な言葉を吐き出し続ける。そう問いたいのはティーナのほうであったが、大男にかかわりあいになりたくない一心で無視した。
安堵が体を駆け巡ると、青紫色の打ち身が出た部分が痛み、手足の先から力が抜ける。ティーナは座り込んだまま、こちらに近づいてくるレオンツィオを見上げた。
レオンツィオの顔を見て、ティーナは安心する己に気づいた。つい先ほどまでだってそうだ。ティーナはレオンツィオが助けに来てくれるはずだと、そうであって欲しいと心の底から願っていた。
――レオンツィオは仇敵だったのに。
だから、憎まないといけないのだと、憎まないのはおかしいのだと、言い聞かせていた自分に気づく。
もし憎悪を捨てれば、レオンツィオに殺された仲間たちを二度裏切ることになるのではないかと――そう、どこかで恐れている自分に気づいた。
「……ありがとう、ございます」
ティーナはかすかに震える声でそう言った。レオンツィオに助けられたのだから、礼を言うのは当たり前のことだ。けれども今までだったらまた憎まれ口を叩いていたかもしれない。
素直になろう、とことさら思ったわけではないものの、レオンツィオを心の底から憎めないくせに、そういう風を装うのは己に対する欺瞞でもあるのではないかと思った。
ティーナはレオンツィオを許せない気持ちはある。けれどもそれ以上に、彼との思い出と――想いを捨てられないでいる。
それらの落とし所はわからない。わからないが、わからないでも抱えて行くしかないのだ。双方とも、どうしたって捨てられない感情なのだから。
「無事……とは言えないようだね。ひどい打ち身だ」
レオンツィオは膝を突き、ティーナの腕を取った。途端に鈍い痛みが走り、ティーナは反射的に顔をしかめる。
「おっと。ごめんよ」
「いえ……」
「膝も擦りむいてるね。歩けそうかい?」
「それくらいは、大丈夫です」
レオンツィオが立ち上がったので、ティーナもそれに倣って脚に力を入れる。けれども腰が抜けているというほどではないにせよ、痛みのせいか安堵のせいか、上手く力が入らず立ち上がれなかった。
それをレオンツィオに見られていると思うと、妙に気恥かしくて頬にかすかな熱が集まる。
そうやって四苦八苦しているティーナを見たレオンツィオは、微笑んでまた膝を折る。
「ちょっと歩くのは無理そうだね」
「……はい……」
「それじゃあ抱き上げても?」
「え?」
ティーナがぽかんとした顔でレオンツィオを見上げているあいだに、レオンツィオはティーナの膝裏と腰に腕を回す。ぐっと急に近づいたレオンツィオの顔にティーナはおどろく。吐息が当たりそうなほどの距離だ。
そして浮遊感。いわゆる「お姫様だっこ」の状態でレオンツィオに抱き上げられたティーナは、思わずレオンツィオの肩に手を置いた。抱き上げられ、密着しているのでレオンツィオの体温がわかった。思ったよりも、温かい。
ときめきは感じなかったが、レオンツィオの腕の中にいるのだと思うと、少しは安心できた。
「ところで
「……バイト先の常連客です。でも、よくは知らないんです。名前とか、なにをしている人なのか、とか……」
「まあその辺りのことはこちらで調べておくよ。レオナは早く忘れてしまったほうがいい」
本当にティーナはなにも知らなかった。なぜ歪んだ好意を抱かれていたのかもわからないし、なぜ今回の件へと繋がったのかもわからない。ただ、今はそのことについてなにも考えたくなかった。ティーナは、大いに疲れ切っていた。
それでも聞きたいことがあったので、レオンツィオに問う。ただ、あまりに近すぎる彼の顔を見れなかった。
「あの……ミルコさんは」
「生きてるよ。酷い怪我だけれどね」
「そう、ですか。……あの、ミルコさんのこと、そんなに責めないでやってください」
レオンツィオの口元がかすかに動いたのだけはティーナにもわかった。
今回の件はミルコの失態でもあるだろうが、ティーナからすればあの大男をひとりで止めるのなんて無理だろうと思う。銃を構える隙すら与えられず、ドラッグでタガが外れた状態の大男を相手にすることになったのは、不幸に違いなかった。
「いえ……ミルコさんをどうするか決めるのはレオンさんだってわかっていますが――」
「……いいよ。レオナがそこまで言うなら不問とは行かないけれど、気は使ってあげる。私としても一度こっきりの失態でミルコを切り捨てるだなんてしたくないし」
「! あ、ありがとうございます」
レオンツィオの言葉にティーナはホッと胸を撫で下ろした。
「ところで……ミルコに惚れてるとか言わないよね?」
「それはないです」
「即答か~」
「仮に恋愛的な意味で好きであってもレオンさんには言わないです」
「そりゃそうだろうね。……それじゃあ私は?」
ティーナはわかりやすく言葉を詰まらせる。この前のような憎まれ口は出てこない。単純に己の心がわからなくて、だからなにも言葉にはならなかった。
「……まあ
レオンツィオの言葉にティーナは目を伏せる。今は、そうすることしかできなかった。
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