総本部と鷲本さん
公園から徒歩15分。そこには、鷲本さんが"会館"と呼ぶ『日本ガラパゴス学会総本部錬成道場』が佇んでいた。ここから見ると横幅が狭く、商用ビルのような見た目をしている。宗教の総本山のような厳かな雰囲気、華やかな装飾はみられなかった。平成初期特有の少々古臭い感じ、まさにガラケーそのものを表しているようだ。
「鹿島さん、緊張してますか?」
隣の少女は俺のことを心配してくれているようだ。
「いや、大丈夫です。案内していただき有難うございます。」
「いいんですっ。こちらこそ、来ていただいてありがとうございます!会員の皆さんは優しい人ばっかりなので、リラックスして入りましょう!」
自動ドアをくぐり抜けると、目の前には無数のガラケーが飾られていた。
「国内のガラケーコレクションです!古今東西のガラケーたちがショーケースの中に並べられています!ぜひゆっくり見ていってくださいっ」
初期のモデルから最新機種、大小様々なガラケーが並ぶ。奥の方にはガラケー黎明期の名機『F501i』、携帯端末のあけぼの、ショルダーフォンである『セルラーキャリーホンCP-201』などが飾られていた。よくそんな骨董品を集めたなぁと感心した。
それにしても、気になったのはこの館内に流れている音楽。夏祭りで聞く音頭を想起させるメロディである。とりあえず鷲本さんに聞いてみよう。
「これは、『嗚呼素晴らしきガラケー音頭 '21ver.』です!いい曲でしょう?」
思わず吹き出してしまった。何だよ、'21ver.って__。
「___何が可笑しいんですかぁ?」
彼女はまたも膨れ顔になっていた。怒らせてしまったかな。
「いや、すみません。とても良い曲だと思います。サブスク買っときます。」
彼女は機嫌を直してくれた。
「鷲本さんは、なぜガラパゴス学会に入ったのですか?」
「なぜ入ったのかですか…。やっぱりガラケーが好きだからですかね。」
案外単純な理由だった。
「鷲本さんは何でガラケーを使っているんですか?」
「あっ__。あの……私はちょっと前まではスマホを使っていたんです。でも、ある日、SNSで友達とのすれ違いが起きて…、悪口とかいわれちゃって…。その人は学校の"カースト"の上位にいたので、クラスメイトみんながそれを知って…私の敵になっちゃったんです。それで毎日、みんなから_______、」
これ以上聞けるわけがない。俺は早急に話をやめさせた。
「スマホは便利なツールです。私も分かっているんです。でも、そんなスマホひとつで簡単に友情が破裂します!ひとつ間違えただけで色々な人の人生が閉ざされます!だから、みんなが使っていない、そしてSNSの発達していない、ガラケーだけが私の味方なんです________」
そう言ったきり、彼女は黙ってしまった。悪い事を聞いた。慰めの言葉ならいくらでも思いつく。抱きしめるのも簡単だ。しかし、俺は何もできなかった。SNSを怖がり、ガラケーを使い続けるとさらなる孤立を招く。しかし、そんな孤立をも彼女は心地いいと感じてしまう。俺はひたすらにクラスメイトの奴らが憎い。カーストという言葉も大嫌いだ。
「あっすみません!すごく重い空気にしてしまって…」
「本当に……大変でしたね……」
『あなたを守り抜いて見せます』とか、『私がついている』とか、無責任なことを言いたかった。でも言えない。重すぎる。彼女は頑張りすぎているのだ。これ以上頑張れといってもかえって彼女を苦しませるだけだ。もう何も言えない。とにかく…
俺は、俺自身がたまらなく憎い_______。
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