感知
前回の復習
・魔素……空気中にある魔法の素。魔法を使うのに必要
・魔子……魔素を魔法を使うために適した形にしたもの。
・魔力……魔子の集合体。エネルギーみたいなもの
―――――
走り込み開始から一年が経過した。この一年間、ティアは走り込みと魔法の座学、そして呼吸の練習を並行して行っていた。特に走り込みには力を入れていたものの最初はまともに走り切ることさえできなかった。
道が凸凹している、上り坂と下り坂が交互に訪れるため走りづらい、などの悪条件に加えてそもそも三キロという距離が大きな壁である。いくら魔力の補助があるとはいえ、難しいことには変わりない。
とはいえ、人間やればできるもの。それに加え、ティアには熱意があった。目標を理解できれば、あとは量次第。数えきれないほどの練習が功を奏したのか、初めて六か月ほどでついに足を止めることなく完走できるようになったのだ。
そこからの成長は目覚ましいものがあった。隙間時間を見つけては走り込みをした結果、どんどんタイムが縮んでいく。そして、始めてから一年。ようやくサラよりも早くゴールにたどり着くことに成功したのだ。
そんなご機嫌なティアが先生に報告に向かう。
ようやくサラに勝った、だから魔法の修行を始めてほしいと嘆願するために。
部屋で報告を聞いたメルクは感心していた。
「ほう、こんなに速く勝ってしまうとはさすがは男子と言ったところですかね。昔の人は三日会わざれば刮目して見よなんて言っていたそうですが、貴方を見て納得しましたよ」
「ふふふ、でしょ!
じゃあ、魔法の修行をつけてくれますか!?」
「……そうですね。見たところ、最低限の魔力は備わってきたようですし、始めましょうか」
修行を始める。
その一言でティアは飛び上がるほどに喜んでいた。今までの修行……というより練習も強くなるために必要なことだとはわかっていた。
だが、やはり直接的に強くなる方法としては迂遠。
あの走り込みを行えばいずれ岩を壊す、魔獣を倒せるかと言えば否。だからこそ、それができるようになる魔法を早く教わりたかった。
そんなティアを横目に見ながら、サラが報告に来る。
「……こいつに負けた」
「はいはい、サラも魔力なしでよく頑張りました。枷を外しますか?」
「いいえ、走りこむときはつけっぱなしにして。身体能力でも、こいつに負けたくないから」
彼女はティアのことをキッとにらむと、先生にそのようへ報告する。そんなサラへ大きめなバングルを用意した。それをつけると彼女はさっさと出ていくのであった。ティアがそんな姿をボッーと見ていると、外に出ると言われた為ついていく。
こうして修行場。ティアとメルクは呼吸の練習ということで何回もこの場所に訪れているため、すでに見慣れた光景。
「さて今日から魔法の練習をするわけですが、約束事が三つあります。
一つ目は自分の頭で考えること。そもそも魔法というのは一朝一夕で身になるものではありません。基本的なものでも一年は当たり前、場合によっては五年、十年かかるものです。
よって、できないからと言って凹んだり諦めたりしないこと。できない時こそ成長への手がかりです。自分のみがその解決方法を持っています。ぜひとも自分で考えることを忘れずに」
魔法というのは体系化してそれなりに年月が経つが、だれでも等しくできるかと言われるとそうではない。なぜならイメージという過程がどうしても入るからだ。想像力次第で、結果までの道筋は何本にもわたる。
例えるならスポーツや勉強に近い。この二つは、どうやれば上手くなるかという方法論は人によって異なる。魔法もそれと同じだ。結局は個々人の努力とやり方によって差が出る。
「二つ目は、イメージすること。
魔法はイメージが重要です。これから何を、どういう機能を持ち、どんな形状で作り上げるのか、という風にきちんとしたイメージを持たないと形になりません。
予習復習はもちろんのこと、空いている時間に今行っている修行の意味は何か、目的は何かをきちんと意識しなさい」
魔法はイメージが重要だといわれる理由はここが一番と言われている。魔法は物質であるため、理論上どんなものでも合成できるとされている。
しかし、世の中そんな都合の良いものではない。DNAのように個人差のある魔子合成に加え、個々人の体内環境や状況によって合成できるものは大きく変わる。
それが適性なるものである。人間イメージできないものは形にできない。例えば炎一つとってもきちんと炎を観察しないとイメージできないの。その力が適性と換言することもできる。
他にも魔力が足りないだとか様々な問題があるが、要するにしっかりと目的をもって魔法を生成しなければ使うことができないわけだ。
「三つ目は一つ目と矛盾しますが、困ったらとりあえず私に聞いてみること。貴方の求める解答が答えるとは限りませんし、考えた方が良いことは考えさせます。
ただ一人で考え込むことはやめなさい。具体的には一週間に一回報告と連絡と相談はしなさい。特にあなたを一人にすると無茶をしそうで怖いですし」
そんな余計なことをつぶやく。ティアはなまじ賢い分余計なことまで考えてしまい、変に目標を掲げて努力を始める可能性がある。そういった理由でこんな条件を取り付けた。
そんな妙な扱いに色々不満があるティアだったが前歴がある分反論する余地がない。そのためしぶしぶ頷くしかなかったわけである。
「では、早速行きましょう。最初は感知です。復習がてらどういう魔法か言ってみなさい」
「はい、『感知』とは六つの基礎魔法のうちの一つです。これはその名の通り通常捉えることができない魔力を感知することが目的です」
「よろしい。魔法を使うにあたり、そもそも自身の魔力を知覚できなければ魔法も何もありません。なので『操作』の前段階としてよく練習する必要があります。これがstep1の感知です。
しかし、これの真髄はstep2の方です。これを使うと、なんと空気中や他の人が発している魔素を感知することができます。試しにやってみましょう。私が目をつぶりますので、正面以外の方向から私へ近づいて下さい」
目をつぶるのを確認したのちに彼は後ろへ回った。そして斜め後方の位置まで移動してから、先生の元までゆっくり歩き始める。すると、前方からストップという声が聞こえた。
「今貴方は私の正面を北として、南東の位置にいます。私との距離は……五メートルぐらいですか?」
「!? すごい、正解です。これが感知の力ですか?」
ティアの場所を視認せずにあてたメルク。これこそが感知の真髄と言われるもの。一般に感知と言われるのは二つある。
一つ目が自身の体内にある魔力を理解すること。
つまり、どこにどれくらいの魔力があるかを感覚的につかめるようになること。これができないとそもそも意図的に魔法が使えない。
二つ目は自身の体外にある魔素を知覚すること。
精度にもよるがメルクのような熟練ともなると方向、位置さえもこの感知によって言い当てることができる。
「戦闘ではこのstep2の感知を主に使います。ただ、今のあなたが戦闘に使えるレベルまで感知の練度を上げるには時間が足りません。それに、step1のほうを理解したのちに練習すれば自ずと練度は上昇するため、今日は1のほうを行いましょう。
肝心のやり方ですが、正攻法でいきます。私が教えた呼吸方法を覚えていますか? その呼吸の際、行為に集中するのではなく吸い込んだものに意識を向けるように」
そして修行が始まった。教えてもらった呼吸については毎日練習していたため、今では無意識にできる。だが、行為ではなく吸い込むものに集中しろということで目をつぶる。余計な感覚器官の使用を控えることでより集中するためだ。
口いっぱいに吐き出しながら、鼻で徐々に吸い込んでいく。それが心臓へと移り、体内へと循環することをイメージした。空気の循環については例の知識にある。だが、何か体内に特別なものがある感覚は全くなかった。
「だめです。最初は知覚できましたが肺に入った瞬間知覚できません」
そもそもただ集中をしただけで感知できるならば、この一年間のどこかで感知できていたはず。しかし実際そうなっていないということは、意識の切り替え一つでできるほど甘くはない。
「でしょうね、普通の人はそうですよ。では今日の課題はこの呼吸で取り込む魔素の意識化です。時間をかけて意識化すればいずれできるようになります。それまでは練習あるのみです」
「先生、この調子でやってもうまくできそうにないのですが、何かイメージすべきものとかありますか?」
「そんなあなたに一言。今は考える時間です。一週間考えて何もアイデアやイメージがわかなかった場合はヒントを差し上げます。とりあえず家にある魔法書等で調べると良いでしょう。
後これまでもそうでしたが、私は一週間に一日しかこの家にいないので、もし聞きたいことがあるならその時を狙ってください。それじゃ」
その場から立ち去っていくメルク。以前食事の席で魔獣についてギルドに調査を依頼されているらしく、その魔獣がいる場所に寝泊まりしていることが多い、とメルクが話していた。
彼女の修行スタイルは、思想にもよるものだが忙しい立場であることも起因している。手取り足取り行うだけの時間がないのだ。
そしてしばらく例の呼吸法で練習する特訓を行っていたが、何度やっても効果がない。メルクは時間をかければできるようになる、とは言っていたがいつ成果が出るかわからない。
ティアからすると、こういう特訓は苦手であった。なぜかというと、成長が全く実感できないものだから。走り込みは徐々に走れる距離やタイムを伸ばしていたため、成長を実感できた。
だが、今回のものは続けても全く成長がない。だからこそ何か違う方法を調べるべきだと思ったわけである。さすが無理やり修行を取り付けただけのことはある。そんな短気なティアは本を使うという手段に出た。
彼が向かった先は図書室。図書室の部屋は狭い。おおよそ部屋に大人三人も集まると窮屈に感じるほどのスペースしかない。
今までも許可を取っているため、ティアは自習の一環として本を読んでいたが多くの場合低年齢の子を対象とした本である。そのため、細かい知識は書いておらず魔法というもののざっくりとした知識しか得られなかったわけだ。
そして、今回の課題は『感知』においてどのように自分の魔力を感知するかというもの。しかし、ネットもないこの世界において、ドンピシャの内容をすぐに見つけられるわけでもない。よってティアは自分の知っている本から片っ端から探すこととなった。
そこから、彼の苦難の道が始まった。
寝食と家事、そして走り込み以外の時間はすべてこの感知の勉強に時間を使った。
いつまでも本を読むと身体がなまるため、たまに面白そうな方法を思いついては感知の練習を行った。しかしそのすべてが空振りに終わった。
自分のレベルに合いそうで、該当する本はすべて読み終わった。
じゃあ次はもっと難しい本だ! ということで専門書に向かう。だが、ここからが本番の地獄だった。
なんせ、書いてあることが全く理解できない。
文字なんて読めればわかるだろうなんて高をくくっていたが、そんなことはなかった。
なぜなら、よくわからない固有名詞が多すぎるからだ。文章において、三つ以上わからない単語があると、その分を解読するのは不可能と言われる。それと同様の現象にティアは陥った。しいて読み取れた内容は
「魔力と魔力は相互作用を生じる」
この文言だけである。異世界知識の一つに相互作用についての話があったからこそ、ギリギリこれだけ読み取れたのだ。だが、これだけでは全く役に立たない。
そんな感じで、約束の一週間が経過してしまった。
朝食の場に三人が集まる。
今日は修行の面倒を見てもらえる日。
ティアはこの日に魔法の修行について報告しなければならない……のだが、全く進展がない。それゆえ、何か報告できそうなことがないかと考えていると、メルクから𠮟責の声が飛ぶ。
「コラ、食事中は考え事をしない。食事は魔法師にとって重要なファクターです。生命エネルギーの源でもありますし、中には食事が趣味だという人もいます」
「趣味ですか?」
「魔法師は身体が資源です。なんせ、普通の人よりも生命エネルギーを余分に使うわけですから。食べたものが血となり肉となる(……)。だからおいしく食べたいのですよ」
そんな食い意地の張っているメルクの発言を耳の横に通り抜けるように聞いているティア。だが、そこでメルクの言葉に引っかかった。『血となり肉となる』というワード。
魔素、魔力。魔力相互作用。
この三つのワードが点として浮かんだ。それを先ほどの『血となり肉となる』というワードで線となっていく。
「あ!?」
「? どうかしました?」
「ごめんなさい、でもわかりました!」
一人納得したティアは目の前の食べ物を急いで食べ始めた。今度は暴飲暴食に対する説教が始まったが、それよりも重要な事実をみつけた彼にとっては聞く耳持たず。
そして、食器を片付けることなく自分の部屋にこもりノートを広げて思考を広げる。
今まで自分は勘違いをしていた。感知は自分の体内に入った魔素を知覚することだと思っていた。確かにそれを感知できれば、体内で合成する仮定も理解できるため自然と魔力も感知できる。
だがその方法は非常に難しい。異世界知識でいうと酸素が好例。人は呼吸によって取り入れた酸素を知覚できない。その原理と同様に、魔素も体内に入った場合わからないものである。
実際はこの感知というのは魔素すべてを感知するわけではなく、魔素密度が大きい場所を感知できるだけに過ぎない。そして、人は空気よりも多くの魔素を発する。
だから知覚できるようになるという寸法だ。
それはともかく、今の方針では無理を感じたティア。ゆえに方針転換に移った。
魔素を感知するのではなく、それが変化した形である魔力を感知するという風に。
魔素と魔力は名前が似ているが全く異なるものだ。要するに体内の中で魔法の最小単位を知覚するのではなく、魔力というかなり大きめなものを感知しようということだ。
とはいえ、これも今の発想では困難極まる作業と言える。なぜなら、確かに大きくはなったが現状知覚できていないものに変わりない。加えて魔素を知覚しないとなると、きっかけがない。
実際メルクがどうして魔素を知覚するように言ったのかというのは、魔素を知覚できるようにすれば魔力のきっかけがつかみやすくなるからだ。
なんせ、魔素から魔子が合成されそれが塊となって魔力となる。魔素を知覚できれば順に大きいものを理解できるという考え方。
だが、ティアは魔力でやるべき理由を見つけたのだ。それを本で探してメモを取っていく。昼前までには先生の元へ向かうために。
メルクは自分の部屋で仕事をしていた……が気がそぞろであまり仕事に力が入っていなかった。
その原因は一年前弟子入りしたティアである。
彼に感知のやり方について説明したが、その報告、連絡、相談がまだ来ないからだ。
正直不安でしかない。
貴重な男性ということもあり、お願いだから無茶だけはしないでほしいという気持ちでいっぱいだった。
実際のところ、感知の練習をしろと入ったがあの方法でできるとは思っていない。というより、あれでできたのはサラだけだ。彼女だけが一瞬でできるようになった。どうしてできるのか、と聞いたらなんか感覚でわかったと言っている。
才能。
魔法師は才能が重要になる。生まれ持った魔力はもちろんだが、それに対するイメージ構想力も才能の一つだ。サラはすべてを持ち合わせている。
一方、ティアは魔力最底辺。正直スレイブの中でも下から数えたほうが速い。だが、あの事件によって魔法師の才能に目覚めた。だからこそ育てようと思ったが、男を弟子にとったことのないメルクは気が気でない。
そろそろ昼ご飯の時間、というぐらいになった時扉がバンと大きな音を立てながら開く。後ろを振り向くと、待ちに待っていた人がいた。全速力で走ってきたからか、汗だくだったものの息切れはしていない。
「やっと来ましたか、それでは進捗を聞きましょうか」
「先生、頼みごとがあります! 自分の近くで魔力を放出して体内に作用させてみてください」
そしてティアはいきなりかみ合わない会話を始めた。いったい何の話をしているんだ、なんてメルクは思ったために指摘するとティアが慌てたように図を見せて説明を始める。
「先生のおっしゃる通り、図書館で調べながら自分で考えました。そこで、魔力と魔力はお互いに影響を与え合うということが書いてありました。なので、先生の魔力に宛てられながら体内を意識すれば魔力を意識できるようになるはずです!」
そういいながら先生の手を取り、外へ出ようとするティア。そんな姿に苦笑しながらもついていく。自分の目には狂いはなかったと、引き摺られながら思ったメルクであった。
そして、修行場につくとでは先生お願いしますと頭を下げるティア。その眼はワクワクと期待のまなざしであった。
「まあ待ちなさい。貴方の考え方、その理論の構成、すべてがほとんど正解です。ただ少し甘いところがある。実はあなたの言った方法よりも、もっと良い方法があるのです。せっかくならその方法を聞きたくないですか?」
そんな先生の発言でさらに耳を傾けるティア。完全にメルクの掌の上である。
「では、お教えしましょう。確かに私が魔力を発散すれば、あなたの体内の魔力がその影響を受けます。そこらへんは私と闘ったときの恐怖もそれが原因だったりします。
ですが、その魔力を実際に他の人の体内へ流したらどうなりますか?」
そんなことをいきなり聞かれて答えに詰まるティア。それもそのはずで、そこまで調べきれていない。一瞬考えた後にわかりませんというと先生はその返答に頷いた。
「では試してみましょう。右手を出してください」
そういわれたティアは右手を出す。それをずっと大きいが細い右手がつかむ。すると右手からいきなり何か無形のものが送られる感触に襲われた。自身の体内の何かが、それを押し戻そうと動いている。
だが量が多いこと、加えて体外の侵入物による違和感によって体全体に酩酊感としびれを覚え始めていた。もう立てないと思ったその時、右手が離れた。
その違和感はしばらくすると消えた。代わりに先ほど流れてきたものによって、右手が埋め尽くされる様な感覚に陥った。右手を握ったり開いたりして体操していると、ようやくしびれが取れた気がする。
「先ほど私が手を握った時、貴方の体内から右手に向かって液体のようなものが流れてきましたね? それが魔力の正体です。
今貴方の体内にない魔子が流れ、それを阻もうと貴方の魔力が攻撃していました。この感覚を忘れないためにもこれから練習を欠かさず行うように」
そういわれて再び意識する。すると、自分の体内に先ほどのような液体が流れていることを感じ取れた。今ならはっきりわかる。これが魔力だと。
こうして、たった一週間でティアは魔力の感知に成功するのであった。
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