第33話 二人目のステラ
「あなたを運んできた――」
すると、歩幅の小さな足音が廊下から聞こえてくる。
ぱたぱたと、まるで子供が近づいてきているような――しかし、扉を開けて入ってきたのは小柄でこそあったが、軍の制服を身に纏う、ショートカットの少女だ……。
自然と俺の眉間にしわが寄る。
「――グリットさんの意識はどうで……、あっ、目を覚ましましたか!」
「なんだお前」
思わず出た言葉に、すぐさま分厚いファイルが俺の頭に落ちた……。痛くはないがびっくりするからやめろ……っ。口で言えば俺も気を付けるっての……、すぐ手を出すなよ。
「……誰だよ、あんたは」
「グリットさんと同じ目線なのは新鮮ですね……、あなたが立ち上がったら私は見上げないといけないと思いますけど……、ふふ、ベッドにいる今だけは差がありませんね」
「だから誰……、」
同じ目線が新鮮? それ、まるで以前は俺を見下ろしていたみたいじゃ……。
「……あ、ロボット、の……」
「はい。アバターズの操縦者です。
アリン隊の隊長であります、リリー・アリンです」
綺麗な敬礼を見せ、にっこりと笑った少女――リリー・アリン。慣れた仕草であることが分かる……、真似をしただけの近所にいる子供ではないようだな……本物か。
遠隔操作ロボットの操縦者であり、兵士……。
そして、迷宮内で俺を何度も助けてくれた少女――。
「……本当に小さいんだな……。年下か?」
「成人してますよ!
でないとアバターズの神経を同期させるための手術に堪えられませんし!」
「それは知らんが……」
すると、彼女がはっとして、慌てて口を塞いだ。……ついつい、独占している技術について、些細だが情報を喋ってしまった、と気づいたらしい。
今更、口を塞いでも遅いし、それに未成年には使えない、という情報が漏れたところでなんてことない気がするが……。
些細な油断から大きな失敗へ繋がることを自覚していれば、こういった小さな針の穴も気にするべきか……。隊長なら尚更。まあいっか、では流せないことだろう……。
「グリットさんなら、まあいっか」
「いいのか……」
よくない気がするけど……彼女が納得しているならいいか。
「――で」
俺は視線を少女から女性へ向けて――そう、面影が残る、ステラの関係者? である女性だ。
途中で少女……アリンが部屋へ突撃してきたために遮られてしまったが、俺が知りたいのはこの女性が誰なのか、だ。……それと、この国のことも……。
正式な許可もなく、俺がここにいるのはまずいだろう……。
できれば早く、迷宮へ戻りたいが……。まだリッカの救出もできていないし――。
この国で不法侵入者として処理されるのだけは勘弁だ。
殺されなくとも、監禁くらいはされそうなものだしな。
「お前……じゃねえや、あんたは誰なんだ?」
さっ、とファイルが持ち上げられたのを見て、すぐに訂正をする……、染みついた癖はなかなか抜けない。思わずそう呼んでしまうほど、彼女はステラにそっくりなのだ。
「ステラの肉親なのか?」
「私の名前はステラよ――グリット、あなたが思い浮かべる子と同一人物ね」
「は? ……ふざけんな。俺が迷宮にいっている間にそこまで老けたとでも言うつもりかよ。
俺が知っているステラはもっと若い。俺と変わらねえ年齢だ――」
「分からないの?」
大したことないのね、とでも言われているような気がした。
……実際、彼女は足を組み、手に持つファイルをぺらぺらとめくっている……、会話ではなく目線を下に落としたのは、俺に『考えろ』、と言っているわけか……。
考えれば分かることなのか?
俺が知るステラと目の前にいるステラが同一人物であり――見えている年齢差……。いや、分かってはいたのだ、なんとなく……――だが、証拠がなかった。
もしも俺が考えている通りなのだとしたら、迷宮とは、国と国の間にある空間というだけじゃない……。左右だけじゃなく上下にも移動ができることを示している……――そう。
未来。
であれば、過去への行き来も可能なのか……?
「……未来の、ステラか……?」
「正解よ。……懐かしい、と言いたいところだけど、あなたは意外と老けないのねえ」
今のあなたとそっくりよ、と言った。……今の、俺……?
「あの……、博士……」
「ん?」
「もしかしてですけど……グリットさんって……その――」
アリンがちらちらと俺を見ながら、
「――先生、なんですか?」
「そっくりでしょ? 私たちからすれば、過去のグリットが、彼……。
ただ、彼がただ歳を取るだけで、あなたが知る『先生』に成長するわけじゃないけど――」
ちらちら、と見ているだけだったアリンが、今度は俺の顔をじっと見てくる……。
なんだよ、視線が鬱陶しいな……。
迷宮で俺の顔が見えていたお前は、珍しくもないだろう……。
俺の方がお前の見た目に視線が持っていかれているって言うのに――。
「……そうですね、確かに似ています。目つきの悪さが一緒です……、口を開けば偉そうな言葉と見せる態度も、今のグリットさんをもっと大げさにしたのが先生ですもんね」
この時代の俺は偉そうなのか?
……まあ、俺も自覚はある。
だが、それもリッカのおかげでだいぶマシに――。
「あ、ステラ」
「呼び捨て? いいけどね……、知人でも年上であることを忘れないように」
今更、「ステラさん」と呼ぶのは気持ち悪いだろ……、いや、それは俺だから思うことか?
ステラからすれば、俺のことは子供にしか見えないだろうけどな……。
ともあれ、気づいたことがある。
ここが未来の世界であり、ステラがいて、俺もいるのであれば……じゃあリッカもいる?
「いるわよ」
「そうか……怪童として、迷宮で死んだってわけじゃないのか……」
短命が多い怪童だが、ステラがこの年齢まで生きているのだ……、同年代であるリッカも、人並みの生活を送ることができたってことか……。
「現在進行形で迷宮にいるけどね……たぶんだけど、あなたは勘違いしているわよ?」
「あん? 勘違い?」
「この世界にリッカがいる……でも、あなたの時代に、リッカがいるわけじゃない」
「…………??」
いや、リッカはいた、間違いなく。
俺とペアを組み、迷宮へいき、秘宝を回収した……何度も何度も。
その経験が今更、全部が幻だったとでも? ……あり得ない。
リッカの声も手の温度も覚えている――リッカが、本当はいなかった、だなんて……、信じられるわけがねえ。
「あなたとこの時代のあなたは同時に存在しているわ……、たとえば過去の私がこの場にいれば、私は同時に二人いるということね……。でもリッカは違うわ……存在していない。
そして、その子――アリンも同じく、過去には存在していない……分かるわよね?」
「博士……? でも、リッカとはぐれたのはたったの――」
「迷宮を通り、時代を越えたリッカが、果たして私たちと同じ時間経過を体験しているとは思えないわね……、十日では足りないと思うわ……。
少なくとも、彼とリッカが出会ったところまで遡れば――今日までの時間が、リッカの中で過ぎていることになる」
……リッカは記憶喪失だった。
過去のことは一切知らず、故郷のことも、親も友人も、覚えていなかった。
……まさか未来の人間だなんて、記憶がないリッカが説明するわけもないのだ――。
あいつには自覚がなかった。
だから俺たちの時代で生まれ育ったのだと、誤解したまま――。
「……リッカは、俺たちの時代に事故でやってきた……未来人、なのか……?」
だとすれば当然、この時代の『俺』は、リッカとの出会いを経験してはいないのだ。
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