sideサタヒコ/新たなる発見
第23話 博士と先生 その1
白い壁に囲まれた医療室の扉が開いた。
「凱旋の連絡があったから飛んできてみれば……だいぶやられたみたいね」
「あ、博士!」
怪我の痛みなど忘れて、小柄な隊長こと、リリー・アリンが叫んだ。
……大きな声を出したせいで、「あうっ」とバランスを崩した彼女が床を滑る。
そんな彼女の頭が、ぽん、と撫でられる……。
部屋に入ってきた白衣の女性の、老いた手だった。
「酷い怪我なんだから、駆け寄ってくる必要なんてないの……ほら、ベッドに戻って。
あなたは回復に努めなさい。……それで、回収してきた秘宝は――あれね」
博士、と呼ばれた女性の視線は赤い宝箱と、地面に転がっているアイデアと技術の結晶を見つめる……、その名の通り、見た目を言えば結晶だ。
琥珀の中の虫のように、解読すれば、内容が分かる仕組みになっていた……技術の実現に必要なパーツも同じように。
ハンマーで丁寧に、中身を壊さないように周りを崩す必要がある……、内容だけを解読するなら難易度は下がるが、パーツを破損させないようにするのはかなり難しい……。
万が一、壊してしまえば、この世に一つしかない重要なパーツを失うことを意味する。
それはせっかく得たアイデアの実現ができなくなることなのだ――……まあ、迷宮探索をしていれば、いずれ似たようなパーツと巡り合うこともあるのだが……。
かなり長い目で見る必要があるだろう。
素人には絶対にさせられない作業だ。
そこで、博士である。
彼女は秘宝の解読と解錠のプロであった――繊細な作業はお手のものだ。
そして、博士と呼ばれるほどの豊富な知識がある。
「……これは……懐かしいわね、ナビぐるみの、応用版かしら……。
なるほど、あれを発展させたのね……」
「発展させたやつなら、博士側で発案できたんじゃねえのか?」
「できたとしてもパーツは別よ。ナビぐるみだって、元は迷宮から回収してきたものだからねえ……。出てきたパーツを複製したからこそ実現した量産化よ。
誰もがアイデアだけは頭の中にある……だけどそれを、みんなが簡単に使えて、迷宮と国を繋ぎ、長時間、通信を維持できる環境を整えることなんて、自力で発明なんかできないんだから」
なんでもできそうな気がするが、やはり博士でもできないことがあるらしい……当たり前か。
できないことの方が多い。
「ひとまず、中身を見てみるわ。
これが実現できれば……、迷宮探索がかなり楽になると思うわよ」
「どういうアイデアだったんですか?」
「遠隔操作のロボット。しかも人型の、ね……。私たちが昔使っていたナビぐるみは、手元のコントローラーで操作していたの……キーボードタイプもあったわね。
でも、これはそうじゃない。国の中であなたたちが動けば、その通りに迷宮内にいるロボットが動く……、あなたちの代わりにロボットが迷宮内部へ探索にいってくれるの。
これならマグマの中でも極寒の洞窟も探索できる。当然、国にいるあなたたちは一切、痛みも寒さも暑さも感じない……迷宮探索にいくことで怪我をする兵士がいなくなる――」
もしも、もっと早くこの秘宝を回収していれば――。
怪童の少女たちも、その数をうんと減らすこともなかっただろう。
……過ぎたことを言っても仕方ないが。
「……量産化なんてできんのか?」
ナビぐるみよりは難しいだろう……、人間の動きと一致するということは、探索に向かうロボットは人型である必要がある。
たとえば四足歩行であったり、旧式であるナビぐるみの操作感だけが、コントローラーではなく体の動きに変わっただけであれば、動かしにくくて仕方ない。
安全性があっても、操作に難があっては目的を達成できない……。
いくら戦死者が出ないとは言え、戦果が上げられなければ無駄な技術だ。
「それはおいおい、でしょうね。ひとまずは一体でもいいから作ってみて、試してみるしかないわ。ナビぐるみだって最初は一国の独占技術だったわけで……、だけど量産化できずに、悩んだ末、他国と交渉し、互いの技術を提供し合って完成に近づけた。
だからこそ全ての国が利用できる一般的な探索の仕方として浸透したわけだしね……それを、今度は私たちが、初期独占技術として他国にアピールするわけね。
もちろん、独占した技術で量産化できればいいけど……この国になくて他国にある技術はたくさんある。性能を上げるためには少なからずの取引は必要でしょうね……」
「……別の秘宝が必要かもしれないんですね……」
「まあ、そうね。安全を求めて危険な目に遭う――おかしな話よね」
博士が肩をすくめた。それから、彼女は結晶を宝箱に戻し、持ってきた台車に乗せて部屋を出ていこうとして――、隊長が呼び止めた。
「……リッカが……迷宮内に、まだいます……」
「……気づいていたわ。騒がしいあの子がいないもの……触れないようにしていたけど、そうよね、仲間を置いて戻ってくるのは、初めてじゃないものね――」
それは、隊のメンバーが落ち込んでいないことを自覚させるための言葉だったのか。
博士は、まるで見てきたように言い当てた――サタヒコのことを。
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