第18話 カスタマイズ

 言われたことによって具体的なイメージをしてしまった……、既に強制召喚がされている以上、新たなイメージはこの場にいる竜には備わっていないかもしれないが……。


 彼女が言った、召喚ではなく創造である可能性も、まだ捨て切れない……。


 リッカとの再会を望めば実現した――怪物が近くにいるかも――という『曖昧』なイメージで、対峙した彼女を召喚したとなれば……前者は現実と一致している。

 後者は曖昧だからこそ、現実にいる誰かで代用できたのだ……だが。


 具体的なイメージをし、しかしそれに当てはまる対象がいなければ……? 代用できる別のなにかを探すのではなく、最初からイメージに合ったように創造している可能性もあるのだ……――ギミックはなんでもありだ。


 迷宮には、なんでもある。


 だから俺がイメージし、創造した怪物が出てきても……そして、リアルタイムでイメージした要素が次々と足されていっても、あり得ない話ではない……、っっ。


 イメージをすればするほど強化されていく怪物が、すぐ傍まで、やってきて――!?


「やべえ……、こんな狭い一本道の通路で炎でも吐かれてみろ、逃げ場なく、オレたちは全員っ、丸焼きだ!」


「やっぱり、怪童でも耐えられないか!?」


「無理ですよ! 仮に耐えられても、先輩は間違いなく焼死しますッ!!」


 この際、俺のことなんかどうでもいいんだが……。


「それじゃ意味ないですからっ!!」


 そう言ってくれるのは嬉しいが……、俺のことまで考えていたら、逃げられたかもしれないのにチャンスを棒に振ることになる――。

 それでリッカが危険な目に遭っていたら、それは俺の本意ではない。


「一瞬の炎なら火傷で済みますけど、浴び続けていたら先輩と同じように、怪童だって骨だけになってしまいますよ! 危険度はあたしも先輩も変わらないんです!」


「じゃあどうする」


「先輩がイメージしたんですよね!?」


 イメージしたなら抜け穴も考えているはず、とでも期待していたか?

 残念だが、咄嗟に考えた浅はかな案だった……、案だなんて言えないか。


 反射的にイメージしてしまったのだ――アイデアを詰める前に、漠然と考えていたことが自然と頭の中で固まってしまい、それを、迷宮がイメージとして受け取った。


 そして、そのまま実現へ――という流れである。


 中途半端な案に対策もなにもない。


 自分のイメージに振り回されている……、そもそもこのイメージだって、狙って出したわけじゃない。状況に追い詰められて……。怪物という先入観から、脳の中の最前列にあったものを丸ごと抱えて引き寄せたようなものであり、引き出しを引っ張った覚えもないのだ。


 俺の脳内が引き金だが、しかし俺の意思が何割、ここに混ざっているのかは分からない……。


 半分もないだろう……、二割くらいか? ゼロかもしれない……。


 俺の脳内で生まれたものだから――これは俺の意思である、と決めつけているだけかもしれないし……。


『……迷宮は、横は分厚い壁に覆われていても、実は地下となると、意外と層は薄かったりするのよね……』


 と、呟いたのは傍観を決めていたステラだった……。いや、考えてくれていたのか……、俺たちとは違い、外にいるステラに命の危険はない。

 だから焦る俺たちよりも状況を見て冷静に対処できる――彼女の案は、最も現実的なものだ。


『リッカと、そこにいる銀髪の子で、地面を思い切り叩いて――穴を空けるの。

 ――そこに飛び込めば、炎の直撃は避けられるはず!』


「分かりました!」


 と、リッカが頷き、隣の少女も(銀髪だったのか……見えているステラにしか分からないことだった)、「チッ」と舌打ちをしながらも、リッカの手を引き、穴を空ける場所を共有する。


 二人で力を合わせて別の場所を叩いても時間が倍になるだけだ……、わだかまりはあるが、ここは手を組むのがベスト……。

 怪童二人の腕力で地面を叩けば、倍早く、地面に穴を空けることができる……!


「……なあ、通路の先が、ほんのり赤いのは……」


「炎が近づいきてんだろ――ッ、時間がねえッ、早くしろたんこぶ女!!」


「あたしのこと!? 誰がたんこぶ――って、これは髪型! お団子なだけ――」


『リッカッ、手が止まってる!』


 やべえ!? 迷宮内部を照らすだけだった赤い光が、今ははっきりと、炎として目視できる……ッ。

 あらゆる光を飲み込む迷宮の闇よりも赤い炎――。


 闇を燃やす赤い炎は、怪童も例外なく俺たちを燃やし尽くすだろう。


「地面、は、」


「あと一発だ!」


 踏み込めば沈む地面だが、まだ足りない。


 完全な崩落まで、あと一発……。


 落ちた先が無数の剣山という可能性もあるが、もうそんなのはあとだ。

 今は目の前の炎を回避することを優先する。


「おい、オレに合わせ、」


「見えてるそっちがあたしに合わせて! こっちはなんっっにも見えていないんだから!」


 聞き慣れた舌打ちが聞こえ、隣の少女がリッカの呼吸に合わせた。


 振りかぶり、空を切って落とされた拳が、地面を破壊する――そして。



 足場が割れた。


 重力に従い、俺たちは落下する……その下に、どんな罠があるかも知らずに。



 視界の端——俺たちの真上を、赤い炎が通り過ぎる……、しかし少量の炎は俺たちを追って真下に向かって伸びてきた。

 そんな俺の前に体を滑り込ませてきた――リッカが。


「あはっ……炎のおかげで、先輩の顔、迷宮で見れましたね……」


「リッカ……ッ、お前っ、背中に炎が!」


「大丈夫です……熱いですけど、死ぬことはないですから……」


 顔をしかめるリッカの表情がよく見える……。

 そんな顔を見せて、死なないから大丈夫だって、納得できるわけがないだろう!!


「先輩、このまま――」


「ふざ、」


「逆だったらもう、先輩は白骨死体になっていますよ?」


 ゾッと、恐怖したことを見抜かれ、リッカに、くす、と笑われる。


「だから守ります、先輩のことを」


「リ――んむ!?」


 俺の反対意見を聞きたくないからって――お前、こんなタイミングで唇を奪うかよ……っ、勝手なことを……ッ。こっちはまだ、ちゃんとお前の気持ちに答えてねえのに!!


「――ぷはっ」


 唾液が糸を引く。

 リッカの顔よりも、それが鮮明に、視界に映っていた。



「先輩、大好きっ」



 そして。


 俺たちは、赤い炎に飲み込まれた。

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