2周目異世界、洗脳付きでスタート。【完結】

優木凛々

プロローグ 最後に見たもの


剃刀のような三日月が仄暗く地面を照らす夜。


焼け焦げボロボロになった装備を身にまとった5人が、暗い森の中を走っていた。


彼等の背後には、空を赤く染め上げながら燃え上がる、古い砦(とりで)。

風にのって、轟轟と火が燃える音と共に、人ならざるものの叫び声が聞こえてくる。


先頭を走る、体格の良い男――この国の騎士団長カルロスが、後ろに向かって叫んだ。



「橋に向かうぞ!」



走りながら無言で頷く女性2人――魔法師団長ゾフィアと斥候アリス。

2人の後ろを走っていた赤髪の剣士アルフレッドが、後ろを振り返って叫んだ。



「大丈夫か。シオン。走れるか」



ヨロヨロと走りながら、何とか指でOKサインを作る、黒目黒髪の青年シオン。

彼は、太った体で必死に走りながら、心の中で呻いた。


(なんでだよ。なんで、こんなことになったんだよ)



――半日前。

異世界から召喚されたシオンは、仲間達と共に魔王を倒した。


魔王が討伐されたことにより、この世界を狂わせていた瘴気が消滅。

もう大丈夫だ、と、砦で体を休めていた時、事件は起きた。


真夜中の急襲。


襲撃してきたのは、消滅したはずの瘴気に侵された、ミノタウルスの大群。

彼等は、見張りの兵士達をあっという間に殲滅。

砦に雪崩れ込んできた。


もしも、シオン達が万全の状態であれば、何とかなっただろう。

カルロスとゾフィアはこの国屈指の手練れだし、アリスとアルフレッドも優秀な戦士だ。

何より異世界人であるシオンには、瘴気を浄化する光魔法がある。


しかし、魔王討伐直後だった5人の状態は、万全からは程遠かった。

満身創痍、魔力なし。

おまけに、シオンを強化していた魔道具も紛失。


5人に出来たのは、砦内部に火を放って逃げることだけだった。



ミノタウルスが暴れまわっている砦を背に、無言で走り続ける5人。

足場の悪い森の中を、ひたすら前に進む。

そして、ようやく森を抜けたところで、先頭のカルロスが突然立ち止まった。



「……やはり駄目か」



彼等の目の前には、目のくらむような深い谷。

5mほど先の対岸にかかっていたはずの頑丈な橋はなく、あるのは無残な残骸のみ。

両岸に用意されていたはずの予備の橋も、対岸に1つ残るのみ。


カルロスが、冷静に言った。



「さて、退路は断たれた訳だが、迎えが来る朝まで逃げ切れると思うか?」


魔法師団長ゾフィアは焦げた前髪を払うと、肩を竦めた。



「100万ゴールド賭けてもいいけど、無理ね~。追いかけっこは向こうが上。隠れてもニオイでバレる。逃げても隠れても、朝どころか夜明けまでもたないわ~」


「……アリスはどう思う」


「ん。私1人でも逃げ切るのは無理。相手が悪すぎる」



2人の回答を聞いて、考えるように目をつぶるカルロス。

そして、意を決したように目を開けると、強い目で4人を見回しながら、ゆっくりと口を開いた。



「……逃げれないならば、戦うしかない。これからミノタウルスの殲滅に向かう。―――ただし」



カルロスは、肩で息をしているシオンに視線を向けながら、静かに言った。



「――ーただし、シオン。お前はここに残れ」



シオンは目を見開いた。



「な、何故です?」


「ミノタウルスが、魔道具なしのお前に戦える相手ではないからだ」



グッと言葉に詰まって俯くシオン。

ゾフィアが大きな溜息をついた。



「カルロス! 言い方! ……まったく、あんたって人は最後の最後まで……。

――シオン、あんたはここに残って、助けが来たら事情を話してちょうだい。いきなり橋がなくて砦が燃え尽きてたら、みんなびっくりするでしょ~?」



シオンの顔を覗き込みながら、子供に言い聞かせるように話すゾフィア。

アルフレッドとアリスも、うんうん、と、頷いた。



「ん。それがいい。事情が分からなくて、うっかり砦に行ったら大変なことになる」


「だな! 誰かが残るなら、シオンが残るべきだろ」



明るい顔をして軽口を叩きながらも、彼等の顔に浮かぶのは、死の覚悟。



シオンの目に涙が浮かんだ。



「ごめ、ごめん……なさい。俺が、あんな魔道具なんかに頼っていなければ……、魔道具なんてなくて十分戦えるようになっていれば、こんなことには……」



絞り出すような声で詫びるシオン。

アルフレッドが、一瞬苦しそうな顔をすると、馬鹿なこと言うなよ、という風に、シオンの肩を叩いた。



「そんなの気にすんなよ。シオンがちょっと戦えたくらいで、この状況は変わんねえよ」


「そうだ。罪悪感を持つな。お前は俺達の勝手な事情に巻き込まれただけの被害者だ。怒りこそすれ罪悪感を持つのは間違っている」


「で、でも……」


「ま~ったく。シオンは、お人好しで優しいわねえ」



微笑みながら、シオンの肩を触るゾフィア。

その瞬間、シオンの体を軽い衝撃が走り、視界がグラリと揺れる。



「な、なにを……」


「いい? あんたが私達と一緒に来れないのは、私が魔法であんたを気絶させたからよ。朝には助けが来るから、それまで休みなさい」



何とか正気を保とうとするも、崩れ落ちるシオン。

その体を支えながら、アルフレッドが小さな声で言った。



「お前に会えて良かったぜ。親友。――元気でな」





* * *





―――どのくらい気を失っていたのだろうか。


気が付くと、シオンは暗闇の中にいた。

手を伸ばすと棒のようなものに手が当たる。

それらをどけ、恐る恐る起き上がって周囲を見回すと、そこは森の中。


立ち上がると、自分が木の根元にある小さなうろに詰め込まれていたのが分かった。

恐らく、上から枝や葉で隠してあったのだろう。


周囲に魔物の気配はなく、シンと静まり返っている。


上を見上げると、太陽は既に頭上。

どうやら半日近く経ってしまったらしい。


もしかして、もう助けが来て、砦にいるかもしれない。

みんな、砦で休んでいるかもしれない。


そんな淡い期待を胸に。

シオンは、あちこち痛む体を引きずりながら、ヨロヨロと歩き出した。


焼け焦げた森の間を通り、砦に向かう。


そして、ようやく砦が見える場所に出て。

シオンは、そのあまりの光景に呆然と立ち尽くした。


昨日まで立派だった砦は見る影もなく、破壊しつくされ焼け焦げ、廃墟と化している。

聞こえてくるのは、崩れた建物の間を通る風の音のみ。


シオンは思わず胸を押さえた。

心臓が締め付けられるような、とてつもなく嫌な予感。


荒くなる息を何とか静めながら、崩れた壁を乗り越えて、砦内に入る。


そして、中庭に出て。


彼は、両手で顔を覆って、喉を締め上げられるごとく呻いた。



「う……うあああああ!!!」



そこにあったのは、激しい戦闘の跡と、散乱するミノタウルスの遺体と。

最後の最後まで死力を尽くして戦ったであろう仲間たちの変わり果てた姿――。


シオンは、倒れるように膝をつくと、獣のように呻きながら己の頭を掻きむしった。

彼の中に沸き起こるのは、全身が震えるほどの、激しい後悔。


仲間を死なせてしまった。助けられなかった。


厳しい鍛練が面倒で、止められるのも気にせず、魔道具に頼った。

自分なんかが頑張ったところで結果は変わらないと決めつけ、努力を惜しんだ。

周囲の人々の優しさに甘え、面倒や大変な物から逃げた。

「勝手に召喚されただけ」を免罪符に、努力しないことを正当化した。



――その結果がこれだ。



大切な仲間達も、焦がれた女性も、無残に死なせた。



「俺の、せいだ。ごめん。みんな、ごめんなさい……」



物を言わぬ仲間達の傍らに跪いて、子供のように泣きじゃくるシオン。

音もにおいも消え、感じるのは、搔きむしられるような激しい後悔と、締め付けられるような心臓の痛みのみ。



―――何分、何十分。

一体どのくらい、そうしていただろうか。


もう涙も枯れ果てたころ、彼はふらりと立ち上がった。


そうだ。シャーロット王女。

せめて彼女の遺体を見つけなければ。


地面を踏みしめる感覚もないまま、ふらふらとした足取りで歩きだすシオン。

自分が憧れた美しい女性の姿を探し回る。


しかし、



ドゴッ



突然、鈍い音と共に、後ろから突如殴られるような衝撃。


それが何か確かめる間もなく。


シオンは、ドサリ、と地面に倒れ込むと、そのまま意識を失った。





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