第39話 凛水・やっぱりおかしい

あの日から2週間がたち、ついに夏休みがきた。

最近玲香の様子がおかしい。

とてつもなく元気なのはいつも通りだ。

でもいつもとは違う元気さ。

最近の玲香は、それはそれは不自然なくらいに元気なのだ。

玲香のそれが気になったのは、玲香がフルートパートに選ばれてから。

やっぱり亜理紗ちゃん関係で何かあったのではないか?

しかもその話をすると玲香は冗談めかして否定するが。内心かなり怒っているように見える。

明確な証拠もないから月樹に相談することもできないし……

今日も玲香は吹奏楽部で一日中練習するそうだが、大丈夫だろうか。

心配過ぎて居ても立っても居られない。


というわけで、今ストリートピアノを弾きに来たのだ。


「あっ」


不意に声がして、その方向を見ると、見覚えのあるストリートファッションの男の子がいた。


「君はあのときの……」

「お、おう。久しぶりだな」


彼は、いつかここにピアノを弾きに来た時に会った、ものすごくピアノの上手な人だった。

あの時のピアノの音色は忘れない。


「ねぇ君、名前は?あの時聞けなくて」

「俺?俺は……名前は言わねえ。カナトって呼んでくれ」

「わかった」

「お、お前の名前は?」

「リズって呼んで」

「おう、リズね。わかった」


家族だけに許すこの呼び名。

なぜかカナトには呼ばせてもいい気がした。

カナトはピアノの前に座る私に近づくと、口を開いた。


「あのさ、お前の演奏聞かせてくれよ」

「……いいけど」


カナトには絶対劣るけどね。

そう付け加えようとしてやめた。

私はピアノの鍵盤に手を置くと、即興で思いついたフレーズを曲にして奏でた。

♪〰〰〰〰〰〰〰〰

ゆったりしたテンポのバラードみたいな曲。

ピアノを弾いている間はこんなにも心地いい。

しばらくここにピアノを弾きに来ていなかったから、久しぶりの感覚に胸が躍る。


「お前ピアノ上手いな」


弾き終わって鍵盤からそっと手を離した私に、カナトはそう言って笑った。


「ううん」

「いや、上手い。指が鍵盤の上で踊ってるみたいだった」

「カナトの方が」


カナトは一瞬ピクリと動いた。


「……っ」

「何よ」

「俺の演奏を聴かれるなんて俺にとっては屈辱なんだ。もう俺のピアノの話はするな」

「でも」

「いいから黙ってろって。リズのピアノ、優しい音色で綺麗だったよ」


私はカナトの方を見上げてため息をついた。

もったいない。

あんなに感動するピアノを弾けるのに、人に聴かれたくないなんて。

もったいなさすぎるでしょ。


「ねぇカナト」

「なんだよ、急に」

「もう一回聴かせて」

「何をだよ、お前のピアノの感想を、か?」

「カナトのピアノを聴かせて」


カナトは一瞬面食らい、そして険しい顔になった。


「俺の気持ちを理解してくれ。俺の音は俺が求める理想とはかけ離れてる。俺はピアノなんて誰にも聴かせたくないんだ。これ以上言うなら帰れ」

「私にとってはカナトの音が理想だけどな。わかったよ。もう帰るから」

「ちょ……待てよ!リズ!」


私は早口で別れを告げると、険悪な表情のカナトを残してアパートを後にした。


------------


「たっだいまー!!」


夕方。料理をしている山脇さんの前で私が柚本先輩の小説を読み返していると、玲香の声が響いた。


「おかえり、玲香ちゃん」

「おかえり、れいっか。大丈夫?」

「え~?何が?私は超超元気だけど!」


玲香がヒーローみたいなポーズを決める。

やっぱりいつもと違う。

玲香は作り笑顔が下手だ。


「そっか。まぁいいよ。るきあはまだ帰らないのかな?」

「そうみたいだねー。るき兄、早く帰ってこいっ」


月樹は今日は昼から友達の家に遊びに行った。

そろそろ帰ってくるころだと思うのだが。


ところで、部誌に載せる小説はどうしよう。

柚本先輩みたいに面白い設定とかはないだろうか。

せっかくだから柚本先輩と同じで蛍を主人公にして統一しようかな。


うーん、ペンネームとかもどうしよう。

『音咲』にしちゃう?

それはちょっと危険かなぁ。

まぁペンネームなんてテキトーでいいや。


web上でできるルーレットで、『山』、『脇』、『凛』、『水』を入力し、ルーレットを回す。

そして、出てきた順番に並び替えてみる。


「『脇』『水』『山』『凛』かぁ……」


これじゃちょっとダサいな。

『脇』と『水』は合わせて『わきみず』だから『湧水』にしよう。

『山』と『凛』は『やまりん』かぁ。ちょっと不自然かもな。

『や』をとって『まりん』にするか。

漢字を検索すると、『真凛』が見つかったのでそれに決めた。


「よし、ペンネームは『湧水わきみず真凛まりん』っと」


うん。テキトーだけどいい出来だ。

パソコンで文書作成ソフトを開き、作者を書くところに『湧水真凛』と入力する。


そのとき、ドアがガチャリと開いた。


「ただいま」


月樹だ。


「おかえり、月樹君」

「おかえりーーるき兄!待ってたよ!」

「るきあ、おかえり」


私はパソコンをパタンと閉じた。

全員帰ってきたので、ご飯の時間だ。


「わーい!!ご飯だぁ~!」


元気すぎる玲香。

小説の構成を練ることで忘れていた、玲香への心配がまたどっと溢れてくる。

明日も玲香は一日中吹奏楽部にいる。

本当に大丈夫だろうか。

心配を胸に、私は食卓へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る