第34話 凛水・納得できない
インスタントコーヒーのお湯を沸かしていると、ギー……と音が鳴ってドアが開いた。
誰が帰ってきたのかなと思ってドアのほうを見ると、玲香が立っている。
「おかえり、れいっか」
「ただいま」
にっこりと笑う玲香。
……いや、これは明らかに作り笑顔だな。
玲香は小さい頃も嫌なことがあっても隠して笑っている子だった。
……そして玲香は作り笑顔が下手だ。
「どうかしたの?」
「え?どうもしてないけど。どうして?」
「だって笑顔作ってるじゃん」
「作ってないし。楽しいから笑ってるの」
「嘘つかなくていいから嫌なことあったなら言ってよ」
「ないって言ってるでしょ」
ぷいっとそっぽを向く玲香。
あ、そういえば今日はフルートのオーディションだったっけ。それがうまくいかなかったとか?
いや毎日あんなに練習していたんだからそれはないかなぁ。
「オーディションはうまくいかなかったとか?」
「う、うまくいったよ!でももうこれ以上詮索しないで」
「はいはい」
玲香は私に背を向けて荷物を整理し始めた。
たしかに詮索しすぎるのも悪いな。
私はマグカップにコーヒーの粉を入れた。
「そういえばリズ姉今日の夕飯何にするの?」
「あっまだ決めてなかった!大家さんに相談しに行ってくるね」
「わかった」
玲香が言ってくれて助かった。忘れるところだった。
とりあえずお湯をカップに注ぎ、私は玲香を残して部屋を出た。
-----------
「あ、凛水ちゃん。今日はどうしたんだい?」
「また夕食の相談をしたくて……」
「そうかそうか、じゃあ部屋に案内するからおいで」
二軒目のアパートに着くと、大家さんは温かく出迎えてくれた。
「今日はもう一人夕食の相談に来ているから同時に教えるね」
「わかりました」
もう一人いるのか。
大家さん、頼られてるんだな。
いいなぁ……。私も頼れるお姉ちゃんになりたいな。
そんなことを思っているうちに私たちは大家さんのキッチンに辿り着いた。
「さ、入るよ」
「はい」
キッチンに入ると、たしかにそこには人が座っていた。
私と同じくらいの年のポニーテールの女の子—―
「って、竹下さん?!」
振り返る竹下さん。
「フリーズドライじゃん、なんでここにいんの?」
「大家さんに夕食のこと相談しようと思って」
「へー、私も」
竹下さんは椅子から立ち上がって私たちに近づいてきた。
「君たち、友達だったのかい?」
「はい。友達じゃないけど同じクラスなんです」
竹下さんがハキハキと答える。
友達じゃないと宣言するところがさすが竹下さんという感じだ。
「そうだったんだね。まぁとりあえず始めようか。今日のメニューはどうしたいか決めているかい?」
「決めていません」
「私もです」
「ふむ、じゃあどうしようか……ご飯の時間までそんなに時間がないからなぁ……。よし、こんなメニューはどうだい?」
大家さんは棚から手帳を取り出してページを繰り、私たちに見せた。
『肉うどん、サラダ』
肉うどんか。うどんだけだと中学生の夕飯として軽すぎる気がするし、ちょうどいいかも。
「ありがとうございます、これ作りたいです」
「私もです」
竹下さんに続いてそう言うと、大家さんはさっそくレシピを解説してくれた。
持ってきたメモに素早くメモしまくる。
……ご飯食べたら玲香は元気になるかなぁ。
本当にどうしちゃったんだろう。
言わないと何もわからないし対処のしようもないんだから、正直何かあったならちゃんと言ってくれないとこっちが困る。
あとで竹下さんに聞いてみようかな。
「……というわけでこれで私流の肉うどんの完成だ。割とすぐできると思うから、今から家で作ってもごはんの時間には間に合うと思うよ」
「ありがとうございました!じゃあ私はこれで失礼します」
「私も失礼します」
レシピの解説が終わったのでメモをしまい、竹下さんとキッチンを出た。
「フリーズドライはなんで大家さんに夕食の作り方教えてもらいにきたわけ?」
「……言わない」
竹下さんに複雑な事情があってここにきていることは知っている。
でも私の事情を教えたら絶対混乱するだろう。
「あっそう。まぁいいわ。で、ところでまだ玲香に山中君のことどう思ってるか聞いてないらしいじゃん、早く聞いてほしいんだけど」
「あ、忘れてた」
ふっと心に影が差す。
玲香が月樹と付き合っている噂、結局どうなってるんだろ。
ってか、それより玲香のことを竹下さんに聞かないと。
「あ、レイちゃんには聞いておくけど竹下さんにも聞きたいことがある」
「何?」
「レイちゃんに今日学校で何か嫌なこと起こった?」
「何でそれをあんたに教えないといけないのよ」
狼狽える竹下さん。絶対何か知っているな。
「教えてくれないとレイちゃんに聞かない」
「はぁ?何それ。交換条件ってこと?」
「そう。早く答えて」
しばらく黙り込んだ後、竹下さんは口を開いた。
「そうだね。あんた玲香と仲いいし、教えてあげる」
「ありがとう」
「あのね、玲香は……」
そこでまた竹下さんは口ごもった。
何か言いにくそうなことを口の中で転がしているようだった。
「玲香は、フルートパートのオーディションに落ちたの」
「えっ」
「玲香、緊張しすぎて音をミスしちゃったの。でもちゃんと吹ききった。いい音だった。でも音を間違えたせいで、投票したときフルートパートに選ばれなかったの」
「嘘……れいっかに限って選ばれないなんてあるわけないじゃん」
「れいっか?何それ。まぁいいけど。で、フルートパートは私とあのクソムカつく猫矢亜理紗と古戸天音っていう人になった」
「え、でも……そんなの…」
「そんなのおかしいと思うでしょ?どう考えても音を間違えた以外は玲香がトップ……いや、古戸さんに次いで二番だったと思う。あれはただのミスだしあんな結果はおかしい」
「おかしいね」
「だから私、先輩たちに抗議したの。玲香がすごく頑張ってたこと知ってるもん。もし私が落ちて玲香が受かったとしても構わないから、正確な結果を出し直してほしいって」
「あ、ありがとう竹下さん」
「なんであんたがお礼言うのよ。それで、フルートパートの結果だけ明日に持ち越してもう一回話し合うことになった。でも玲香は今日の結果のせいで自信をなくしてしまったの。自分はやっぱりみんなよりできない人なんだって思い込んでる」
「そうだったんだ……。教えてくれてありがとう」
玲香がオーディションに落ちたなんて……
そんなの絶対に納得がいかない。
それに私、オーディションがうまくいったか聞いちゃった。
無神経にも程があるな。
家に帰って玲香にどう接したらいいんだろう。
大好きなピアノを弾く気にもなれず、私は冷めたコーヒーが待っている家に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます