第三章 「馨」
第24話 玲香・不運
――今日一緒に帰ろ!そのぉ……できれば、山中君も後で誘って三人で。
――うん!じゃあまた部活後にね。
三人でアパートに住み始めてから、初めての登校日。
沙月にそう答えてしまったのを思い出してはっとした。
……今日はリズ姉が先に帰って家事とかしてくれるって言ってたから、あとからるき兄と二人でアパートまで帰ろうって約束していたんだった!
どうしよう。今更どうやって断ろう。
るき兄にも答えにくいけど、沙月は絶対怒るはず。
「玲香ちゃん、今何か別のこと考えてたでしょ?」
「えっ……え??なんでわかった?」
「だって全然違う方向に歩いてたよ」
「そうだった?ていうか、フルートパート希望はどこに行けばいいんだったっけ」
「えっと、」
部活でできた友達の
「えっと、フルートは多目的室って書いてるよ」
「多目的室か。それってどこ?」
「えー、覚えてないの?文化部棟の最上階だよ」
亜理紗は太縁の眼鏡をくいっと押し上げると、ジト目でこっちを見た。
「あっそういえばそうだったね」
「それくらい覚えなきゃだめだよ?」
「はぁい。亜理紗は真面目だね……」
最上階へと続く階段を上りながら亜理紗と話していると、2階についたところで美術部の部室が見えた。
「あっ、亜理紗。ちょっと待ってて、美術部に少し用事があって」
「おっけー、待ってる」
沙月に嫌われるならるき兄との約束を今日は変えてもらうほうがいいだろう。
それが一番いい方法だ。
るき兄にはちょっと申し訳ないけど仕方ない。
美術部の部室を開ける。
「やっほー、るきいる?」
「あ、玲香」
名前を呼ばれたほうを向くと、長い髪をポニーテールにしたつり目の女の子。
――沙月だ!どうしよう。
「さ、沙月?!なんでここに……」
「山中君と帰りの約束をしようと思って来たんだけど、山中君今水を汲みに行ってるみたいだから待ってるんだ」
沙月がいるとるき兄と約束について話せない。
あー……今は多目的室に行ってあとで戻ってこようかな。
「そっか。私はるきがどんな絵を描いてるのかなと思って見に来ただけだよ。今いないならもういいや、部活に行ってくる。じゃあね!」
仕方ない、と部室のドアを開けようとすると、
「あれ??」
軽い力しかかけていないのにすっとドアノブが回る。
「うわぁぁっ?!レイ?!」
次の瞬間派手な音とともに誰かとぶつかった。
「いててて…って、るき?!」
「ごめんね、レイ、ぶつかっちゃって…」
「あっ、山中君!」
同時に、すくっと立ち上がる沙月。
――噓でしょ…なんでこう上手くいかないの…
「ほら玲香、山中君来たから戻っておいでよ」
「わかったよ、もう!」
「竹下さんもいるの?どうしたの?」
「あっ、あのね、山中君…その…」
あーもう、ほんとにどうしたらいいんだろう。
一度落ち着いて状況を整理する。
えっと、私はるき兄に二人で帰れないっていうために美術部にきて、そしたら三人で帰る約束をするために沙月がいて、仕方なく一旦帰ろうとしたらるき兄が美術部にきてしまったからそれとなく二人で帰れないって伝えなきゃいけないんだ。
うーん…
「今日、玲香と私と山中君の三人で一緒に帰らない?」
ここに乗ってそれとなく伝えればきっと伝えられる…はず!
「あ、るき、そのぉ…そういうことになったからさ…」
そんな私にるきは目くばせをした。
伝わったかな?
「竹下さんごめんね、僕ちょっと用事があって一人で帰らないといけないんだ。たしかレイもそうだったよね?」
…あれ?
まぁ一応そういうことにしておこう。
るき兄にはきっと何か考えがあるに違いない。
「う、うん。私、用事があって一人で帰らないといけないんだ」
「え、そうだったの?!じゃあ一緒に帰れないの?」
「うん、僕たち両方、今日は竹下さんと一緒に帰れないんだ。ごめんね」
「あ、わかった。山中君、玲香、迷惑かけてごめん。じゃあ私部活に戻るね」
そう言って沙月はどこかに行ってしまった。
結局るき兄との約束をなしにするんじゃなくて沙月との約束をなしにしてしまった気がする。
――これでよかったのか?
何かるき兄に勘違いされている気がする。
「ごめんねレイ」
「え?」
「どうせさっき僕がいない間に竹下さんに三人で帰ろうって言われて、でも僕と二人で帰る約束をしていたから断れなかったんでしょ?」
って、そんな勘違いをされていたのか。
断ろうと思っていたのはるき兄との約束だったんだけど……
で、結局一人で帰らないといけないんだろうか。
「もう僕が断ったから大丈夫だよ。今日は二人で帰ろう」
「え、二人で?」
「三人で帰っていたら、僕たちが同じ部屋に住んでるってばれちゃうかもしれないし」
「いや、そうじゃなくって……一人じゃなくていいの?」
「そんなのただの言い訳なんだから。二人で帰ろう」
「あー、わかった。じゃあ私ももう部活に戻るね」
「うん。いってらっしゃーい」
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「これでフルート志望は全員集まったかな。私は、パートリーダーの
だだっ広い多目的室に、先輩の声が響き渡る。
ふわふわと天然パーマのかかった栗色の髪を三つ編みにしている優しそうな先輩だ。
「今年もフルート志望の子は多いね~。人数が枠より多くなるとオーディションになっちゃうからね、そのときはみんな頑張ってね」
楽器を決めるためのオーディションがあるのか。
今ここにいるフルート志望の一年生は……10人。
さすがに10人も枠を取らないだろうから、きっとオーディションになるだろう。
「ねぇ玲香ちゃん、これオーディションになるかなぁ」
「なるんじゃない?10人もいるし」
「そう。まぁいいや。玲香ちゃんが受かるかは知らないけど、私は絶対受かる自信あるし」
なんだか亜理紗は自信たっぷりだ。
「私小学2年生からフルートやってるもん。玲香ちゃんはいつから?」
「よくわかんない」
「わかんないんだ。なんなら私がオーディションへの練習に付き合ってあげようか」
「いや、大丈夫。亜理紗は優しいね」
「ありがとう。まぁ頑張ってね」
こんなに自信を見せつけられるとこっちの自信がなくなってくる。
でも私はどうしてもフルートパートになりたい。
よし、練習頑張ろう!
「オーディションのことは置いといて、とりあえず今日はみんなに楽器に触れてもらう会にします!持っている人は自分のフルートを吹いたらいいし、持ってない人もあっちに学校のフルート置いておくから吹いてみてね~」
その言葉とともに、多目的室がざわめきだす。
実際に吹けるんだ!という未経験者の人たちの声。
ちなみに沙月も未経験者のフルート志望だ。
最初はサックスにしようと思っていたけど先輩が怖そうだったからやめたと言っていた。
隣を見ると亜理紗が銀に光るフルートをカバーから取り出している。
「玲香ちゃんも一緒に吹こうよ」
「そうだね」
窓辺へと歩いていく亜理紗を追う。
亜理紗はどんな音を奏でるのか、早く聴いてみたいと思った。
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