第30話 EX1-2ある町医者とCK

 機兵の足で30分ほど走った先にあったのは町と呼ぶにはいささか寂れた村と言った方が良い集落だった。集落に到着して開口一番に機兵は村人たちに医者の有無を尋ねるが、血濡れの機兵の姿に恐れた住民たちは家の門戸を固く締め家の中で息を顰めるばかり。


『誰か!怪我人がいるんだ手当てをしてくれ!』


 悲痛な機兵の声に応えたのは槍を手にした所々装甲に継ぎ接ぎのある灰白の機兵だった。


「ユーミルの機兵がこんな寂れた村に何の用だ」


 灰白の機兵から警戒した中年男性の声が青鉄色の機兵に投げかけられる。


『怪我をした子供がいるんだ。その子の手当てをしてくれたら、直ぐに俺はこの集落を離れる。だからこの子だけでも見てくれないか』


 自分のことは良いから怪我人を頼むと言う青鉄色機兵の姿は灰白の機兵のパイロットにはやけに人間臭く映った。その必死な姿に中年男性の警戒は解ける。


「分かった。怪我人は俺が見よう。ついでにお前も来い」


『え、俺も?』


 そう言うと灰白の機兵は戸惑う青鉄色の機兵の腕をつかむと村のはずれの方にぽつんと立っている倉庫のような建物へと引き釣り歩き始めた。



 倉庫の中はいたる所に整備機材が設置され、あまり片付いてるとはいいがたかったが、機兵が立ち上がっても十分な高さと標準的な大きさの量産機なら3体は優に待機できる広さを備えている。

 灰白の機兵は倉庫に入ると定位置のハンガーにその身を預けるとコックピットから声通りの野暮ったい黒ぶちメガネに無精ひげを生やした白衣の中年男性がワイヤー式の簡易昇降機に足をかけ地面に降り立った。


「で、患者はどこだ?」


 白衣の男性の問いに青鉄色の機兵は慌てて膝を降り、コックピットを開き少年を内から取り出すと男性の腕に預ける。少年を受け取った白衣の男性は機兵に「少し待ってろ」と告げると隣の部屋に続く扉へと消えていった。

 倉庫に残された子犬と機兵は静かに白衣の男性が戻るのを待った。


 30分ほどするとどこか安堵したような表情の男性が倉庫に戻ってきた。


『あの子は?もう大丈夫なのか?』


 心配げに機兵が尋ねれば白衣の男性は


「ああ、思ったより軽傷だった。明日の朝には目を覚ますだろう」


 と朗らかな笑顔で返した。


『良かった。それじゃあ、俺はこの村を出るから……』


 それを聞いて立ち上がり倉庫を後にしようとする青鉄色の機兵の腕をハンガーに待機していたはずの灰白の機兵が掴んでいる。


『貴方ニモ、マスターハ用がアリマス。コノママ待機シテイテ下サイ』


 まだ、片言でたどたどしさのある灰白の機兵の言葉に青鉄色の機兵は『あぁ、分かった』と素直に頷くと満足げに灰白の機兵はハンガーに戻っていった。


「お前、大分長いことまともなメンテナンス受けてないだろ?」


 睨みつけるような男性の視線に青鉄色の機兵の肩がびくりと震える。


「膝関節あたりから嫌な音立ててるぞ。ここじゃ、ちゃんとした整備は出来ないが応急処置くらいはしてやれるぞCKシーケー


 CK、そう呼ばれて青鉄色の機兵、CKは驚きで飛び上がりそうになっていた。


『なんで、CKだと分かった?』


 恐る恐る尋ねるCKに白衣の男性は呆れ笑いを浮かべる。


「そりゃお前、そんな特徴的なブレードつけてて、こんな人間臭い自立AIなんて特別機ナンバーズくらいだし、お前のことは何度か見てたからな。それにしても最強の剣がこんなところで何してる?」


 男性としては素朴な疑問を軽く投げかけたつもりだった。しかし、押し黙るCKに男性は地雷を踏んだかもしれないと内心後悔する。気まずい沈黙が流れる。男性の方が謝ろうと口を開きかけるより早く口を開いたのはCKの方だった。


『俺は……主を探してる。ある日、気づいたらいなくなってたんだ。でも、主は俺を一人で置いて行ったりしない。きっと……きっと、何か理由があってどこかにいってるだけなんだ。だからきっと主はどこかにいるんだ』


 今にも泣きだしそうなCKの声に男性は返答に窮した。おそらくCKの主は……。正直に話すべきか濁すべきか、男性が考えあぐねているとパタパタと倉庫の天井を打つ雨音がなり始めた。次第に雨音は叩きつける様な激しいものとなると赤く輝いていたCKのツインアイから光が失われ、脱力したかのように膝から崩れ落ちる。


「おい、CK」


 心配げに男性が声をかけてもCKは小声でうわごとを繰り返すばかり。


「おい、大丈夫かCK」


 再度男性が呼び掛けてもCKからの返答はない。男性はうわごとのようにつぶやかれる言葉に耳をすました。初めは呼びかけていた言葉は次第に泣きすがるものへと変わっていった。


マスター、いつまで寝てるつもりだ?もう、夕方だぞ。いい加減起きないと明日になるぞ』


『今日も起きないつもりか主。……どこか悪いのか?』


『……主、何で目を開けてくれないんだ?』


『主、お願いだから目を開けてくれよ!俺、何でもするから。だから……だから起きてくれよ』


 繰り返される呼びかけと慟哭は夜明け前に雨が止むまで続いた。

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