第6章 共に生きるには
第1話 魔女の変化
家の中に入ると、レンファは椅子に座っていた。その前のテーブルには湯気が出ているカップが2つ。
セラス母さんは台所にもたれかかるように立っていて、母さんの指にもカップが引っかけられている。ああ、じゃあ、テーブルの上にあるのは、レンファと僕のお茶か――そうか、やっぱり飲まなきゃダメか。
僕は母さんの横の台に拭きかけの皿を置いてから、覚悟を決めて椅子に座った。
レンファはまだちょっと泣いていたけど、しゃくり上げるでも声を上げるでもなく、ただ目から水が出ているって感じ。なんだか今日は、皆よく泣く日だなあ。
――とりあえず、嫌なことはさっさと済ませるぞ!
僕はカップをぐいっと煽って、思いっきり顔を顰めてからテーブルの上に突っ伏した。母さんがクスクス笑いながら「口直しに、牛乳100パーセントで煮出したロイヤルなミルクティーを淹れてあげるわ」って楽しそうにしている。
ロイヤルなミルクティーってなんだろう、ミルクジャムみたいなものかな。
「……それで? レン、一体何があったのよ。もしかして、さっきの地震のせい?」
「地震? いえ、たぶん地震が原因なのではなくて……地震の原因が私の家、だと思います」
「どういうこと? じゃあ、何もないのにひとりでに家が潰れたってこと? 突然?」
「何もなかった訳では……たぶん、アレクのせいです」
「えぇっ!? 僕、レンファの家を壊しちゃったの!? な、何が悪かった? 上から地下室にドスンッて落ちたせい……?」
僕は、またとんでもないことをしてしまったんだと思って怖くなった。
本当に僕のちょっとした言動が、何を引き起こすか分かったものじゃないんだ! どうしよう僕、家なんて建てられないよ! どうやって謝れば――。
ドキドキしながらレンファを見たけど、どうしてかレンファは泣きながらニヤニヤ笑っている。
「今まで何があっても壊れなかった、
「……僕が、呪いをめちゃくちゃにした!? それってレンファはどうなるの!?」
「めちゃくちゃにした――なるほど、言い得て妙ですね」
「イイエテミョーデスは分からないけど、何か大変なことになってる……?」
「――もしかして、アレクが〝正解〟だったってこと?」
目を丸めたセラス母さんに、僕は「え」って声を上げる。正解? もしかして〝ゴミクズ〟の?
じゃあ、レンファの呪いはめちゃくちゃになったんじゃなくて、解けた――?
「私と同じく決して朽ちることのなかった家が崩れたので、恐らくは――ただ、私自身の感覚としては特に何もないんです。何かが変わったとか、今なら確実に死ねそうだとか、そういうことは全く分からなくて」
「でも、今まで呪われていた時だってそうだったんでしょう? 「今死んでもまた生き返りそう」って思いながら繰り返してきた訳じゃないから……」
「ええ。だから、一応……念のために、ここへ来ました。試しに死んでも見るのもアリかと思いましたが、もしそれで本当に
サラサラーっとなんでもないことのように言うレンファに、母さんが「ちょっと、物騒なこと言わないでよ」って怒った。
そうか、結局レンファに呪いが残っているかどうか誰にも分からないんだ。確かめるには、実際に死んでみるしかない。
だけど、もし本当に終わらせることができたら。
そうなったら今度こそ魂だけになって、もう二度とこの森に
――それはきっと、レンファにとっての幸せ、安らぎ、みたいなものだろうな。だって、ようやく眠れるんだから。
だけど僕やセラス母さんにとっては、どうだろう? やっぱり、すごく寂しいことだと思うな。
だって、ちょっとずつ仲良くなってきて、まだまだもっと仲良くなれそうなのに。それがいきなり居なくなっちゃったら、嫌だよね。
「……どうせあと死ぬだけなら、僕と結婚しなきゃダメだよ」
もっと他に言い方があったような気がしたけど、僕はまるで、怒った――拗ねたみたいな強い口調で、ひとつも優しくないことを言った。
こんな風に命令して結婚したって、僕もレンファもたぶん幸せになれない。だけど何かで繋ぎ留めていないと、すぐに消えて飛んでっちゃいそうな気がして不安だった。
レンファは小さな両手でカップを持って、こくりとにんじんのお茶を飲んだ。そうして僕を見上げた顔は、もう涙が引っ込んでいる。
「…………アレクがもっと〝まとも〟になったら、考えなくもないです」
「えっ、嘘――本当に? 本当に僕と結婚しても良いの?」
「だから、まともになったらです。もし本当に呪いが解けていたとしたら君は恩人ですし、できるだけ願いは叶えてあげたいと思います。ただ、
「し、死んでもダメなんだ……」
「しかも超望み薄だったわよ、今の言い草」
僕はショックを受けて、また机に突っ伏した。でもレンファも母さんも楽しそうに笑っている。酷い。
母さんは笑いながら牛乳を鍋に入れて、火にかけた。そして「とにかく、家がないなら泊っていきなさいよ」ってレンファに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます