第6話 呪いの行方

 僕はお風呂から上がったあと、あの強烈な炎症止め――泥にんじんを飲んだ。

 口の中が酷いことになってしょんぼりしていると、レンファに背中をグイグイ押されて家の外まで連れて行かれた。何も言わなくたって、あのキツネ目を見れば分かる。心の底から「帰ってください」って念じているんだ。


「ねえレンファ、また遊びに来たらダメかな」

「二度と来ないでって言いましたよね」

「…………い、言ってたかなあ? 僕、聞いてない気がす――」

「ああ、さすが居空きの泥棒ですね。そうやってすぐに嘘をつく訳ですか、そうですか」

「ご、ごめんね、ちゃんと分かってる」


 レンファはジトーッてした目で僕を見上げてくる。可愛いけど怖い。


「君、だいぶウサギになって来ましたから……そろそろ街へ行ってみたらどうですか。街の女の子たちと会えば、普通の恋愛ができると思いますけど」

「ええっ、嫌だよ! 街は電気が流れていて痛そうだから」

「一体どういう想像をしているのか分かりかねますが、痛くはないと思います。君のそのアルビノだって、お洒落な個性と捉えられると思いますよ」

「うーん……でも僕、レンファが良いから。レンファと普通の恋愛ができるように頑張るね」

「……まあ、精々頑張ってください。ただ、もう二度と遊びには来ないで下さいね」


 レンファは、僕が勝手に地下室へ行ったことを本気で怒っているみたいだ。僕は結局死ななかったけど、もしかしたら死んでいたかも知れないっていうのが――すごく、嫌だったんだろうな。

 例え僕みたいなのが相手でも、呪いを解くために子供を犠牲にしたくないって言っていたし――セラス母さんのことだって気にしていた。


 僕はきっといつも自分のことばっかりで、周りがどう思うかを考えられないんだな。でも、たぶんそれは、今はまだ考えている余裕がないからだ。

 これから少しずつ大人になって、色んな〝普通〟を知って――愛したり、愛されたりを理解できるようになったら、いつかは考える余裕が生まれるかも知れない。


 たぶん僕は、今日のことを大人になってからも思い出すだろう。思い出して、懐かしんだり反省したりするはずだ。あの、蝶々の標本を集めていた男の子みたいに。


「――レンファ、死にたい?」


 左目が悪くなったことも、レンファに嫌われたことも――これから好きになってもらえば良いから、そんなに悲しくない。僕はただ、レンファの望みを叶えられなかったことだけが、どうしてかすごく悔しかった。

 レンファは大きな目をパチパチさせた後に何も言わずに俯いて、それから頷いた。僕は胸が苦しくなって、いつもセラス母さんがしてくれるみたいにレンファの頭を抱き締めた。


「……僕が絶対に、死なせてあげる。もう少しだけ我慢してね」


 ふわふわの黒髪からは甘い花の香りがする。ずっと僕より大きいと思っていた体は、意外と細いし小さくて、柔らかくて、なんだかドキドキした。

 そっと離れると、レンファはとんでもなくじっとりした目で僕を見上げている。


「……なんか君、どんどんヤバイ精神異常者になっていませんか」

「セーシンイジョーシャ……な、なんか格好いいね。ありがとう、帰ったらセラス母さんに自慢するよ」

「照れないでください。自慢もしないで」


 レンファはサッと家の中に入って行った。でもすぐに帰って来たかと思うと、乾燥したにんじんがこんもり載ったカゴを持っている。

 思わず後ずさると、レンファは「シッ! 退散!」って言いながら、まるで清めの塩でも撒くようにシナシナのにんじんをばら撒き始めた。

 ――なんて酷いことを! 僕がにんじん嫌いだって知っているくせに! そして、僕が食べ物を粗末にできないことも知っているくせに!


 僕は泣く泣く地面に落ちた乾燥にんじんを拾いながら「もう帰るからやめて! 本当はこんなの拾いたくないんだ!」って叫んだ。

 するとレンファは、勝ち誇ったように笑ってにんじんをばら撒くのをやめた。


「――君、村ではなんて呼ばれていたんですか」

「うん? ……アルだよ、それかアレクシス」


 あとは『化け物』とか『役立たず』とか『グズ』とか、他にもあるけど――コレは言わなくていいや。

 レンファはちょっと考えた後に「じゃあ」って笑った。


「もうここには遊びに来ないで下さいね――は、気が向いたら私が遊びに行ってあげます。アレク」

「……本当に!? 待ってるよ!」

「気が向いたらですよ」

「うん!」


 村で呼ばれたことのない新しい呼び方は、なんだか心地よかった。家に帰ったら、セラス母さんとゴードンさんにも「今日からアレクって呼んで」ってお願いしなくちゃ!


 僕は服の裾をぺろんとめくって袋みたいにして、拾った人参を入れた。そうして笑顔でレンファにぶんぶん手を振ったら、向こうも振り返してくれる。

 なんか「そのにんじんはセラスに言って、お茶にでもして飲みなさい」って言われた気がするけど、僕は絶対に頷かなかった。


 レンファの後ろに建っている家は、相変わらず緑だ。やっぱり呪いは解けなかったんだろうな。

 だけど絶対に僕がなんとかする。早くあの家――僕じゃない男の家から解放してあげなくちゃ。レンファには僕と一緒に死んでもらうんだから。


 ――ああ、でも。いつかレンファに「死にたくない」って言わせたいな。

 僕とずっと一緒に居たいから、だから死にたくないって。それくらい幸せにできれば、僕も幸せなのに。

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