第5話 美魔女

 商人っていうのは、色んな品物をお金と交換する人のことみたいだ。

 たぶんカウベリー村では、僕をこの森まで馬車で運んでくれたライアンが商人なんだと思う。村の皆が馬車をもてる訳じゃあなくて、荷車も馬も凄く高いものなんだって。

 小さいのを買おうと思ってもたくさんお金が必要で、物々交換だったら村の牛を5頭か6頭ぐらい渡さなきゃ難しいって聞いたことがある。


 そんなすごいものには一生乗ることないと思っていたから、今日馬車に乗れたことは、ちょっと嬉しかったんだよね。

 村でとれた牛乳や、鈴ベリーのミルクジャムを他の村や街のものと交換するためには、たくさん運ばなきゃいけない。だからきっと、馬車をもっているライアンは商人なんじゃないかな。


 ちなみに僕の父さんは木こりだった。森で育った木から順番に切って、長い時間をかけて乾燥させたら加工する。

 木は生えたまま放っておくとどんどん大きくなっちゃって、大きくなると影ができて森がすごく暗くなる。暗くなると新しい木が育たなくなるし、他の草や木の実もダメになって森が枯れるんだって。

 でも、切りすぎても木がなくなっちゃうから、木を切らない間は森にある食べ物を集めてくれていた。


 乾かした木は薪になるし、家や柵の材料にもなるし、家具にも炭にもできる。木を扱うのはすごく大変だから、街へ売るだけじゃなくて村の人がもっている食べ物や布といっぱい交換できるんだ。

 母さんは手先が器用で、木彫りをしてた。食べ物の器を作ったり、魔除けの置き物を彫ったり――彫った木と鳥の羽で、首や腕、髪飾りも作っていたかな。ああいうのって街では珍しいみたいで、よく売れるんだって。


 本当は僕も、そういう手仕事を教わりたかった。でも「呪われた人間が魔除けなんか作れる訳ない」って言われちゃって、ムリだったよ。


「――じゃあね、ゴードン。気を付けて帰るのよ」

「ありがとう。セラスとお嬢ちゃんも気を付けてな、何かと物騒な世の中なんだから」

「ちょっと、アレクシスちゃんは男の子というなんだから、やめてくれない?」

「あ、ああ、じゃあな坊主。ええと……男の子らしく、セラスを守るんだぞ」

「うん、頑張るよ! 今度どうやったら体が大きくなるか教えてね!」


 やっぱり僕がこんな服を着ているせいなのか、痩せすぎて体が小さいせいなのか――ゴードンさんまで僕のことを女の子扱いする。髪が長かった時ならまだしも、魔女に短く切ってもらったのになあ。

 いくら言っても信じてくれないから、もう面倒だし女の子ってことで良いや。これから体が大きくなれば、いつか分かってくれるはずだからね。


 ゴードンさんは困ったように笑って「女の子はそんなに大きくならなくたって良いのに」って言いながら、馬車に乗って帰って行った。

 もう太陽は山の向こう側に沈んじゃっていて、空が藍色に染まっている。セラスさんは「また「女の子」ですって、失礼しちゃうわよねー?」なんて笑いながら家の扉を開くと、僕をその中へ入れてくれた。


 家の中は、外と同じで薄暗い。でもセラスさんが部屋の中央にある机に置かれた大きなロウソクに火をつけると、橙色の優しい光が辺りに広がった。ちょっとだけ煙が出て、ロウソクの匂いもする。


「……あれ? このロウソク匂いが少ないね。色も白い」


 僕の家にあったものはもっと黄色く濁っていて、長さも太さもバラバラだった。煙からは魚みたいな匂いがしたり、牛の匂いがしたりする。

 昔はミツバチの巣からとれるミツロウっていうので作っていたらしいんだけど、今は違う。材料のミツロウが減った上に値段が高くなって、大きなロウソクを作るために動物の脂を混ぜるようになったんだって。


 カウベリー村には魚がとれる場所なんてないけど、街ではたくさんとれて値段も安いみたい。だから魚の脂が一番とりやすくて――でも、魚のロウソクは色んなところに匂いがついちゃうんだよね。母さんがちょっとだけ嫌がっていた。牛の焼ける匂いの方がまだマシだって。

 だけどこのロウソクは真っ直ぐだし白いし、動物の匂いがしない。


「動物性の脂が使われたものは苦手なの。でも、真っ暗で過ごす訳にもいかないし……だからこれはミツロウ製よ」

「へえ、母さんと一緒だね。やっぱり女の人は、動物のロウソクが嫌いなのかな? セラスさんは高いロウソクを使っているんだ」

「他にもアロマキャンドルっていう、花の匂いがするロウソクもあるわよ。あれはもっと高いから、滅多に使わないんだけどね」

「花の匂い? それは凄いね、花に脂なんてないのにどうやって?」


 セラスさんは、部屋の色んなところに置かれたロウソクに火をつけて回りながら答えてくれる。


「花や葉、種にだって脂はあるのよ。それを取り出すには、いくつか方法があってね……ただ絞るだけでとれるものもあれば、お酒みたいな作り方をするものもあるわ。蒸留って言うんだけど」

「……お酒って作るものなんだ!? お酒の実があって、その中に汁が入っているのかと思ってた」

「なんだかアレクシスちゃんって、教え甲斐がありそうな子ね? その発想は面白いわ、子供らしくて頭が柔軟」

「あ、うん、色々教えてくれる? 番人に会ったら、色んなことを教えてもらうつもりだったんだ」


 ロウソクをつけ終わったのか、セラスさんが中央にある机の椅子に座った。魔女の家と一緒で、ここにはセラスさんしか居ないのに椅子が2つある。

 ゴードンさんがよく来るって言っていたし、きっとお客様用なんだろうな。


「その前に、ご飯にしない? 好きな物や食べられない物があるか教えてくれる? ――あと、私に分かることならなんでも教えてあげる。伊達に50年も生きてないからね」

「ありがとう、僕にんじんと葉っぱと根っこ以外なら、なんでも食べるよ! ……うん? 50年?」

「ええ、結構おばさんでしょう?」


 悪戯っぽく笑うセラスさんに、僕はぽかんと口を開いて頷いた。


「うん、結構ちゃんと、おばさんだった……僕、セラスさんは30歳くらいだと思ってたのに」

「ふっふっふ……街では『美魔女』なんて呼ばれているんだから」

「ビ魔女! よく分からないけど、やっぱり魔女だったんだね、すごいや! ――あ、そうだ、じゃあコレの読み方を教えてくれる?」


 僕は『魔女』で思い出すと、ワンピースのポケットにしまっていた紙を机の上に広げた。

 クマになる方法はゴードンさんに教えてもらうとして、ビ魔女のセラスさんには文字の読み方を教えてもらうことにしたんだ。

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