第1章 不老不死の魔女

第1話 魔女の家へ

 家の前にカゴを置いて井戸まで戻った僕は、父さんに井戸水で頭から洗われた。僕はイケニエだから、少しでも綺麗にしなくちゃいけないんだって。

 全身びしょびしょのまま村の外に出れば、今の服を脱いで新しいものを着るように言われた。新しい服を貰うなんて何年ぶりだろう? ずっと同じ服を着ていたから、色んなところがきつくなっていたんだ。いくら僕が他の子と比べて小さいとは言っても、さすがにね。


 外で着替えるのは少し恥ずかしかったけれど、見ている人は父さん以外に誰も居なかったから我慢した。

 新しい服は嬉しい。でも新しい帽子はないみたいで、僕は白い頭を隠せなくなっちゃった。ずっと伸ばしっぱなしだった髪はもう僕のお尻より下まで長くなっていて、帽子がないと邪魔だ。でも仕方がないね。


 あーあ。だけど、せっかく貰った新しい服が髪のせいで濡れちゃう。長いとすぐに乾かないんだ。

 魔女は魔法で髪を切ったりするのかな? もし僕を食べる目的でイケニエにする訳じゃあないなら「切ってください」って言えば切ってくれるかなあ。


 村を出て少し歩くと、小さな荷台付きの馬車が停まっていた。

 凄いぞ、もしかしてこれに乗って魔女のところまで行くのかな? 僕、馬車なんて生まれて初めて乗るよ!


「――良いか? アレクシス。魔女から逃げて、村へ戻ってこようなんて考えるなよ。お前の居場所は、ハナからここにはないんだ」

「うん、分かった」

「もしお前が魔女から逃げれば、村の皆が呪われるかも知れない。そんな残酷で自分勝手な真似、アレクシスはしないよな」

「うん、しないよ」


 父さんは大きく頷くと、黒い布を手に取った。


「万が一にも帰り道を覚えられると、困るからな……馬車に乗る間は目隠しをするぞ。父さんは一緒に行かない、ライアンが魔女の家まで運んでくれるから、大人しくしていろ」

「はーい」


 僕はひとつも抵抗せずに、父さんになされるがまま全部受け入れた。そうすれば喜んでくれると思ったのに、僕に布を巻きながら「本当に気味の悪いヤツだ」って言われちゃった。

 やっぱり僕って呪われているんだろうな、やることなすこと全部裏目に出るんだから。僕はただ、喜んで欲しいだけなのにな。


「ライアン、悪いが後は頼んだぞ。アレクシスを魔女の家の前に置いたら、すぐに帰ってくるんだ。くれぐれも気を付けてな」

「ああ、任せておけ」


 僕は荷台に転がされて、ライアンって人が操る馬車の動き出した。すごく揺れて体が痛いけれど、でも楽しみだなあ。魔女ってどんなお姉さんなんだろう? どんな魔法を使うんだろう? 僕はどうなるのかな? 愛してもらえるのか、それとも――すぐに殺されちゃうのかな。どきどきする。




 目隠しのせいで何も見えないから、馬車がどのくらい走っていたのかもよく分からなかった。でも気付けば辺りはすごく森の香りが濃くなっていて、静かで、なんだか落ち着く。

 ガタンと大きく馬車が揺れたかと思ったら、ライアンに「起きろ」って言われた。ちょっとだけ乱暴に目隠しが取られて目を開けると、村の近くにあるのとは比べものにならないほど、深い森が広がっていた。


 どこを見ても緑で、病気で枯れて茶色くなった木も葉も見当たらない。コケやキノコもたくさんあるし、きっと土が栄養豊富なんだろうな。


「うわあ……すごい、ここに魔女が居るんだ」


 馬車が横付けされていたのは、壁がコケに覆われた緑色の古くて小さな家だ。屋根には煙突がついていて、白い煙が少しだけ出ている。

 壁だけじゃなくて窓まで緑のツタに覆われているみたいで、あれじゃあ外の景色は楽しめないだろうなあ。でも緑の森に緑の家、全部緑で楽しい。


「おい、逃げ出さずにちゃんと家の中に入るんだぞ!? 俺は帰るからな!」

「あ、はーい。ありがとうございました」


 僕がお辞儀すると、ライアンさんはまた馬車に乗って、慌てたように走り出した。

 ここはすごく深い森だけど、でも馬車が通れるだけの道は作られているみたいだ。車輪の跡も――わだちって言うのかな――くっきりついてる。

 やっぱりすごい魔女だから、色んな人が薬をくださいって言いにくるのかも。魔女は1人なのかな? だとしたら薬をつくるお仕事、大変そうだなあ。


 僕はしばらく魔女のお家を眺めてから、扉をノックした。小さい家だから中も狭いのか、扉はノックしてからすぐに開かれた。


 ――どんな綺麗なお姉さんが出てくるんだろう。わくわくしながら扉の向こうを見た僕は、思い切り首を傾げた。


「…………思っていたのと違うんだけど、どうしようか」

「――はい? ……どちら様ですか」


 鈴を転がしたような高い声。まるでお花みたいな良い香り。家の中から出てきたのは、綺麗な魔女のお姉さん――ではなくて、僕と変わらない年ぐらいの可愛い女の子だった。

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