第20話 仕掛け
重い空気が漂う中を、開耶は下手なことは言うまいと、口をつぐんで黙っていた。
あの流鏑馬の日に見た堂々として美しい大姫の姿はそこにはなく、ただ恋する乙女の姿があるばかり。妙なことに巻き込まれてしまったな、と思う。恐らく、幸氏は大姫を避けているのだろう。会わなければ義高の身代わりをしなくて済む。でも大姫はそれをよしと出来ずに人目も憚らずにこうやって会いに来たのだ。
「あなた、佐久姫って言うんでしょう? 木花媛とも」
下げていた顔を上げれば、大姫は開耶を憎々しげな眼差しで睨みつけていた。
「評判のまじない師なんですってね。姫の前が言ってた。幸氏が懸想しても不思議は無いって」
「……は、懸想?」
思わぬ言葉に、つい声をあげてしまう。
「それはありえません」
断固として答えるが、大姫の目はキツくなるばかり。
「私は頼まれてまじないを行っただけ。なんのまじないかは申せませんが、海野殿は大姫様のことをとても大事に想ってらっしゃいます。それ故……」
その途端、大姫の頬がパッと紅潮した。
ふと疑念が湧いた。開耶は向かい合って座る大姫に膝を寄せ、声色を変える。
「いかにも私はまじない師でございます。病の平癒に護身法、恋の成就、既にこの世にない死者との通信などを承って生計を立てておりました」
大姫がこくりと喉を鳴らす。
「それがどうして江間の館に入ったの? 幸氏と一緒になるためではないかと女達は噂してたわ」
開耶は頬を引き攣らせた。多分に姫の前の軽口の責任だろう。でも、おかげで真実が浮かび上がった。
仕方がない。開耶は母を探しているのだと大姫に告げた。同情を買う為に少しばかり誇張して。果たして大姫は素直に信じたようで涙を零し始めた。良心が痛むが我慢する。
「ごめんなさい、私ったら勘違いをして」
「だいじょぉ。大したことじゃありません」
開耶はニコリと笑った。大姫が顔を上げる。警戒を解き、素を見せた大姫の瞳を確認し、開耶は罠を仕掛けた。
「実は先日、海野殿に依頼されて義高殿の降霊を行いました」
「え」
「次は魂の交換を行います。成就すれば義高殿の魂が海野殿の身体を乗っ取ります」
「義高様の魂が……?」
「はい。それが海野殿のお望み。身代わりとなれれば本望だと」
嘘ではない。
でも依頼者の祝は本来明かしてはいけないもの。それがまじないの不文律。それを破る時、大いなる災いが起きると言われていた。それでも開耶は敢えて明かした。
大姫は一度大きく身体を震わせ、悲鳴のように叫んだ。
「駄目! やめて! 義高様はどこにもいらっしゃらないわ! 幸氏を身代わりになんかしないで!」
やっぱり。
開耶は大きく息をついた。大姫は義高でないことをわかった上で、幸氏のそらっことに合わせている。それは何故か。彼女のその恋する瞳を見れば、答えなど自ずから明らかなことだった。
「大姫君、死者に関するそらっことは魔との縁を強くしてしまいます。生き残った者は死者のために懸命に生きるべきです。それがお供養になりますから」
こんな言葉、きっと大姫は何万回も聞いているはず。果たして大姫はまた心を閉ざし横を向いた。
その時、戸が開いて誰かが駆け込んで来た。海野幸氏だった。
「何をしている!」
幸氏は開耶を睨みつける。
「勝手なことをするな」
怒りに満ちた声に、開耶は静かに横を向いた。
「幸氏、やめて」
大姫の腕が幸氏に向かって伸びる。それを受け入れ、強く抱きしめる幸氏。二人が誰よりも深く繋がっていることは明白だった。なのに二人はその間に義高を置こうとする。多分、義高に対する罪悪感と後悔から。それが大きく立ちはだかり大姫と幸氏の間をこじらせている。どうにかしてあげたいと思った。どうにかしなくては。このままでは二人の為にも兄の為にもならない。
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