第13話 石占
重隆の願いが通じたか、夏にやっと鎌倉は動き出す。奥州追討の院宣を出すまいと、のらりくらりとかわす朝廷の許しはもう待たず、頼朝自身が鎌倉を離れ、奥州への進軍を開始した。折しも秋の刈り入れ前の時期。だが、この時鎌倉が動員した兵の数は二十八万騎。重隆も強硬に兵を進める。鎌倉の勢力の強大さを見て家人達も肚を決めたのだろう。重隆に異を唱えるものはいなくなった。そして進軍より2ヶ月という短期間で合戦は終わる。平泉は陥落し、泰衡は首を落とされた。
その秋、開耶は数人の女衆を連れて鎌倉街道から少し外れたお堂の前にいた。
「石占や、よう見てくりょうしね」
静かに手を合わせてから顔を上げ、掌の中に籠めていた白い小石を鳥居に向かって投げ上げる。小石は綺麗な弧を描き、朱色の鳥居の上へと静かに乗った。
「願いを唱え、静かに鳥居の上へと乗せ参らせる。そればかりのこと」
たったそれだけのことだが、女達は皆、神妙な顔をして頷いた。開耶の声に従い、自らの念を込める小石を拾いに方々に散らばっていく。それらの背中を見ながら、開耶は鳥居の上に乗った白い小石と、その上の杉林の隙間から僅かに覗く高い空と薄い白雲に意識を飛ばした。
奥州での戦はあっという間に鎌倉軍の勝利で終結したと聞いている。でもまだ軍は鎌倉には戻っておらず、御台所も鶴岡若宮への参拝と神事を重ねて行っているようだった。無事に戻るまでは気を抜かないということだろう。それに圧勝だったといっても、怪我をした兵や命を落とした兵も少なからずいるはず。名のある御家人であれば、その知らせはすぐに鎌倉に届けられるだろうが、名も無い従軍兵の死者の名は告げられない。今回、開耶が連れて詣でに来た女衆の夫や恋人、息子らは、そんな名もなき兵達。無事に鎌倉に戻ってくるまではその安否が知れなかった。
奥州出兵より、女らは取り憑かれたようにお百度をし、石占をし、無事の帰還を祈願した。まるで何かそういうことをやらなければ夫が帰ってこないのでは思い込んでいるかのように。
占いもお百度も気休めでしかないことは開耶にはわかっていた。それでも想う相手が生死の境い目にいる場合には、名を呼ぶ声がその魂を三途の川よりこちらに呼び戻す力になる。だから開耶は心を込めて女らを導いた。
「石さ投げ上げた時、よそさまの上げた石を落とさぬように。よそさまの石を落っことすは人の不幸を望むことに繋がり呪いが返ります。でも故意でなく落ちたなら心配なし。その石もまた同じように乗せてさっしゃればよろし」
緊張した面持ちの女達に笑顔で向かう。
「さ。どなたさんも譲り合って、共に互いの想い人の無事を祈りましょ。神様はそげん女達の心映えにこそご加護をさるさかい」
それから少しいたずらな表情をしてみせる。
「こいは八幡様の鳥居でやっちゃあ、あきまへんえ。しょっぴかれまっせ。でも、こんな切通しの端のお堂さんの鳥居なら誰も文句ば言わんやろ」
女らはクスクスと笑い、互いに譲り合って順々に小石を投げ上げ始めた。
中に、何度やってもうまくいかない女がいて泣きべそをかきかける。でも周りの女衆が慰め励まし、その女はやっと石を乗せることが出来た。歓声が上がる。行きは知らない者同士が緊張して沈黙のまま開耶の後を連なってやってきたが、帰りは旧知の友のように笑顔でお喋りをして賑やかに鎌倉へと戻った。
去り際、開耶は自分が最初に投げ上げた小石に向かって祈る。
――どうか、どうか望月様が無事鎌倉に戻って来ますように。
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