第138話 「俺の夏は遥か遠く」

(蒼汰)

 夜中にメッセージの受信を知らせる振動で眼が覚めた。

 この時間は夜間モードになっているが、ひとりだけお知らせが鳴る様にしている。

 もちろん美咲ちゃんだ。


『蒼汰君。お休みなさい』


 普段こんなメッセージを貰った事は無いので、嬉しくて直ぐにお休みメッセージを返信した。

 今日はいったいどうしたんだろう?

 まさか一日会えなかっただけで、俺の事が恋しくなったのだろうか。

 有りえないけれど、嬉しくなってニヤニヤしてしまう。


 寝転んだまま周りを見渡すと、航の姿が無かった。

 まあ、トイレにでも行っているのだろう。

 気にせずに俺は再び眠りについた。




 翌朝、茜ちゃんに起こされて、豪勢な朝ご飯を頂き、おいとまする事になった。

 お婆ちゃんは、たった一日の滞在だったのに、ポロポロ泣きながら「また遊びにおいで」と言って見送ってくれた。

 俺らも思わず涙ぐんでしまった。


 帰りはお爺ちゃんが軽トラで駅まで乗せてくれる事になった。

 本当はダメなんだろうけれど、安全運転をしてくれて楽しかった。

 茜ちゃんも一緒に荷台に乗って、駅まで見送りに来てくれるらしい。

 軽トラの荷台に乗る時に、足でもぶつけたのか一瞬痛そうな顔をしていたけど、航が話しかけると、直ぐに笑顔になったから大丈夫そうだった。


 昨日と同じく二両編成の気動車きどうしゃが来て、茜ちゃんとお爺ちゃんとお別れの時がやってきた。

 発車間際にお婆ちゃんが作ったお弁当を渡してくれた。

 何度もお礼を言って気動車に乗り込んだが、航と茜ちゃんは見つめ合いながら頷きあっていた。

 まさかまた会う約束でもしているのだろうか。

 航、ここ滅茶苦茶遠いぞ……。


 ----


 二人が見えなくなるまで手を振り、俺たちは対面シートに腰掛けた。

 しばらくしんみりとしていたが、航が何だかニヤニヤしている。

 わざとらしく窓の外を遠い目をしながら眺めたり、俺たちに何か言おうとして止めたりしていた。

 茜ちゃんと今度会う約束をしたとか? まさか来週も行くぞ! とか言い出さないよな?

 そんな風に思って顔を見ていたら、航が急に胸を張って語りだした。


「そこの少年二人」


「ん?」


「何だ?」


「昨日は楽しかったな」


「う、うん」


「ああ」


「よしよし。それは良かったな」


「?」


「そこの少年二人!」


「だから、なんだよそれ!」


「なんで少年なんだ?」


「子どもは静かにしてくれ!」


「……」


「……」


「昨夜、俺は青年になった」


「!?」


「えっ?」


 それから航の昨夜の武勇伝を聞かされた。

 でも、どちらかというと茜ちゃんの武勇伝だった。

 両親が寝静まった後に、茜ちゃんが玄関の鍵を開けて、航を部屋に上げたそうだ。

 俺たちが蚊帳に喜んでいた時には、既にそういう話をしていたらしい。

 二人でもっと一緒に話をしたいというのが建前で、話をしていたけれど、もともとお互いにそのつもりだったので、そうなったそうだ。

 うらやましい限りだ。


「ということで、そこの少年二人……」


「いや、ちょっと待て」


 龍之介が航の言葉を遮った。


「そういう事で少年と呼ぶなら、そう呼ばれるのは蒼汰だけだ」


「えっ!?」


 りゅ、龍之介。お前もか!


 ----


「少年蒼汰よ。何か申し開きがあるか?」


「……ございません」


 俺はその後、散々お子ちゃま扱いをされ、仕舞には「来栖さんに土下座して頼んでみれば?」とか言われてしまった。

 追いつめられて、それも悪くない選択肢とか考えてしまう。

 もちろん、ダメだけどね……。


 突然「三人で夏を探しに行く事に決めた」と言いだした航は、旅先で素敵な夏を探し当ててしまった。

 あいつは人知を超えた嗅覚の持ち主なのかも知れない……。


 地元に戻り、美咲ちゃんと会えて凄く嬉しかったけれど、俺にはとても辛い一日になった。

 航や龍之介のせいで、そのことがずっと頭から離れなかったからだ。

 その上、何故かいつもより距離が近い美咲ちゃんに、もだえそうになる程苦しんでしまった。


 夏はまだ始まったばかりだけれど、俺の夏は遥か遠くに有る様な気がする……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る