第61話 「結衣の家」

(蒼汰)


「蒼汰君。大変だったわね。おばさん何もしてあげられなくて、ごめんなさいね」


「いえ、とんでもないです。いつも色々とお気遣きづかい頂いて……」


 結衣ゆいのお母さんと話をしていたら、涙ぐんだかと思ったら急に抱きしめられた。

 何故だか分からないけど、母親に抱きしめられるのは、こんな感じかと思って嬉しかった。

 言っておくが、母親年代の女性のお胸の感触まで喜んだりはしないぞ。


 大きい……。もしかして、結衣もこれからこのサイズまで……。

 いや、何でもない。

 そんな馬鹿な事を考えていたら、結衣が飛んできた。


「もう、お母さん! みんなの前で何やってるの!」


 結衣が怒りながらお母さんの腕の中から俺を引き離して、今度は自分が抱きしめた。

 俺はクマの人形じゃないんだから、取り合いしないで……。

 結衣のお胸が心地良かったから、黙ってそのまま抱きしめられていた。

 これは仕方が無い……。


 しかし、結衣の家に来たのは何年振りだろう。

 最後が小学生の時だったから、五年振りくらいかな。

 結衣の家は高校の通学路だと全く逆方向だが、小中学校が同じ校区だから、そんなに遠くはない。

 もちろん、わたるの家も結構近い。


 小学校の低学年の時までは、三人ともそんなに仲が良かった訳じゃない。

 結衣とはいつも喧嘩していたし、航とも友達の内の一人という程度だった。

 結衣とは喧嘩はしていたが、誰かが結衣をいじめたりしたら、そいつを絶対に許さなかったし、俺が片親という事を馬鹿にする奴がいると、結衣が容赦なくそいつらを殴りに行った。

 航はその両方のお供をして一緒に戦ってくれていたので、いつの間にか仲が良くなっていたのだ。


 もちろん他にも仲が良い奴もいたが、高校まで一緒だったのはこの二人だけだし、俺のこの面倒くさい性分しょうぶんを分かって、接してくれるのもこの二人だけだったのだ。

 有難い腐れ縁と言った感じだろうか。


 プレゼント交換では、アロマキャンドルが手元に来た。柑橘かんきつ系のいい香りがする。

 まあ、これを俺が使う事は無いので、来栖さんに買ったプレゼントと合わせて渡してしまおう。

 俺がプレゼント交換用に買ってきたキーホルダーは、何と美咲ちゃんの手元に行った。

 とても喜んでくれている。使ってくれたら嬉しいなぁ。


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 その後、龍之介りゅうのすけカップルがクリスマスデートと言って帰って行った。

 今日は冷え込むらしいから、爆発して俺らロンリーガイの心を温めてくれ。


 そして、四時になると美咲ちゃんも帰って行った。何とも寂しい限りだ。

 一応、初詣はつもうでに皆で行こうという事になっているので、一週間後には会えるが、そんなに長い期間会えないなんて寂しくて死にそうだ。

 やはり生徒会は年中無休で良くないか?


 俺は五時半頃に結衣の家を後にした。

 結衣がしつこく理由を聞いて来るので、父親と食事だと嘘をついた。

 『美麗先輩が意中の人にクリスマスプレゼントを渡すお供をします』なんて説明は絶対できないし……。


 ここからは港展望公園の最寄り駅には四十分程度で到着できる。

 少し早いけれど、美麗先輩の大事な日に絶対に遅れる訳にはいかないので問題ない。

 しかし、今日は本当に寒い。

 天気予報では「夕方過ぎには平野部でも雪になるかも知れません。恋人たちのホワイトクリスマスですね!」とか、アナウンサーが言っていた。


 俺には関係ない。寒いだけだ……。

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